第七話
クーファッシュとこの湖で出会ってから、何年たっただろう…ルキリアは、今期の魔族への犠としてライトシャイン王国から魔族へ差し出されることになった。
「すまぬな、ルキリア」
「クーといられるなら、私はかまいません」
ベッドの上で眠る、少し成長したルキアを眺めながらルキリアはこの太陽村の長であるおじいさまと話していた。
もう、ずっと抱っこしてなんていられないほど大きくなったルキアに、自分はもう必要ない。
「そうか…お前も魔族を選ぶか」
「魔族ではありません。私が好きなのは、クーファッシュです」
ーーーだから、私はクーのところにお嫁に行くの。
人間が生き残るための、魔族への捧げ物なんかじゃない。
ルキリアは穏やかに笑っていた。
☆☆☆
人間の姿のクーファッシュに連れられて魔族の領土に入ったルキリアは、よく魔王の城の書庫に入り浸っていた。
理由はというと、クーファッシュの魔王補佐としての仕事が終わるのを待つためだ。
昼間の仕事が終わると、彼と一緒に彼の寝床に帰る生活を続けていた。まあ、ルキリアを送り届けた後にクーファッシュはまた出掛けていることも多いのだが…。
「正義、記?…Ⅱ、かしら?」
魔王の城の書庫を毎日の日課のように探索していたルキリアは、今日もまた面白そうな本を見付けていた。
何故か人間サイズの城のはずなのに、中身は妙にサイズ違いを起こしているこのお城は、いったい何なのか。
「他にもあるみたいだけど…どうして背表紙も表も、刺繍された文字を黒いインクか何かで塗り潰しているのかしら?」
その疑問に答えてくれる者はルキリアの周りには誰もいない。クーファッシュもまだ魔王補佐の仕事中だ。
後で聞いてみようかなと思いながら、ルキリアは辛うじて見える数字を頼りにこの正義記という名の本を読むことにした。
「ジャスティス、さん?」
この手記を書いた人…いや、魔族と言うべきだろうか。何だか、読んでいてとてもおもしろい。
内容ではなく、書き方に惹かれる部分がある。
「何だかおもしろい魔族ね…」
クーファッシュが迎えに来るまで、まだまだ時間がある。
気軽に読むには少し大きな本だが、読みごたえはあるのだから…ルキリアはまたページをめくると彼のセリフに笑みを浮かべていた。
「魔王の座をかけて戦って、魔王の妻も魔族の女性同士が戦って決めるのね…」
何だか魔族は戦ってばかりだなと思いながら、ルキリアは早く続きが読みたくて仕方ない。
「…リア…ルキリア!」
突然に自分の肩の上に何かが触れた。驚いてルキリアはかるく悲鳴を上げた。
「驚かせた。何をそんなに集中して読んでいる?」
よく見ればクーファッシュだ。どうやら読むのに夢中になっていて彼に気付かなかったらしい。
「ここにはいろいろな本があるわね」
読んでいて楽しいと答えれば、クーファッシュの顔が優しく微笑む。
クーファッシュのそんな表情が、好き。
「そうか。だがもう日が落ちる」
今日の読書はここまでらしい。日が暮れたら魔族の領土は危ないと、クーファッシュは頑なに私を彼の寝床へ連れて行ってしまう。
あそこは現魔族のNo.2の縄張りだから、他の魔族は本能的に近付かない…らしい。
「今片付けるわ。クー少し待っていて」
テーブルの上に置いてある数冊の本をルキリアは片付けようと手を伸ばす前にクーファッシュが手を上に上げただけで一瞬で本達は片付けられて、椅子もしまわれる。
「いつ見ても魔法みたいね…」
「ただ片付けただけだ」
まだ慣れない。
クーファッシュが黒の魔力で散らかした本などを片付けてくれるのが嬉しいと思う半面、いつも片付けてもらうのが少し申し訳なく思う。
「クー?」
「気にするな。ルキリア」
本当にこの人は、私をどこまでも甘やかしてしまう。
クーファッシュがいなくなったら、私の方がダメになってしまいそうなのが少し恐いくらいで…本当にどうしようかしら。
「ルキリア?まだ読みたい本でもあるのか?」
扉の方から、クーファッシュの声がした。どうやら考え込んでしまっていたらしい。
急いでルキリアはクーファッシュのもとにかけていく。“何でもないの”と微笑めば、クーファッシュの表情もルキリアにつられるようにして優しく笑う。
「早く帰ろう、ルキリア。今日は出掛ける用事はない」
何もなければ…明日まで一緒にいられる。そう言うクーファッシュは、とても嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
クーファッシュとの生活にも慣れて来た頃、ルキリアは書庫に入り浸ることに飽きてきたため魔王の城の中を1人で探検していた。
どうやら…このお城には魔王と魔王補佐の2人だけが常に執務をしているらしい。
魔族の領土なのに、魔王の城なのに、他の魔族が何処にも見当たらないという不可思議な現象にルキリアは首を傾げていた。
「うわぁ…綺麗な、お花?」
気が付いたら、引き寄せられるように庭に出ていた。
左右対称に整えられた花壇に咲く綺麗な綺麗な…花々?
見たことがあるような無いような、色とりどりで、ゴツゴツ、ツルツルした花…これは花で合っている、のだろうか?
「また不思議のことね…」
どうしてだろう?こんなにも目が離せない。何処までも綺麗で美しい毒。
まるで魅了されて、吸い込まれそう。
「ルキリア!」
突然に、目の前で黒の魔力が弾けた。
いつの間にか、クーファッシュの顔が目の前にある。
どうしてそんなに焦ったような顔をしているのかしら?…待って、どうしてクーファッシュに抱き寄せられている、の?
「ルキリア、少しは正気に戻ったか?」
「クー?ええ…私、いったいどうしたの?」
「ルキリアは魔力結晶薔薇の魔力にあてられている」
この庭の花々は…いや、魔族の領土にある植物を含む自然物は常に魔族の強大な魔力を浴びている。だから、長い時間経過と共に空気中の魔力を吸い、溜める器官が発達したらしい。
そして、その濃すぎる黒の魔力は弱者を魅了し、その者の生気を少しずつすする…魔力結晶植物という、らしい。
「でも、とても綺麗で…」
もっと見ていたい。そう言えば、クーファッシュは複雑そうな表情をしている。
ああ、この顔は許してはくれなさそうね…魔族であるクーファッシュと一緒に暮らすには、彼の言うことはちゃんと聞かなくちゃ。
「ルキリアの体は魔力にあまり耐性がない。城や魔族の領土にある物に魅了されて体調を崩させるわけにはいかない」
ーーークーは私を心配してくれてる…
「ありがとう、クー!」
ルキリアは感謝を表現するように自分からさらにクーファッシュに抱き付き、ついでに彼の“存在”を密かに堪能していた。
クーファッシュはそれに気付きつつも、何よりも大切なルキリアのことを、何よりも最優先で考えて己の持てる力を最大限に使い、彼女の願いを叶えられるように自由にさせている。
「ルキリア。おれだけを見ていて欲しい」
これは彼の独占欲とか…そうだったらいいな、なんて思う。
それが何よりも恥ずかしくて、それ以上に嬉しい。クーファッシュの腕の中は、心臓がドキドキして、それでいて安心できて、とても心地いい。
「おれがルキリアの傍にいる時なら…ルキリアの視界の端になら、少しくらい花を見てもいい」
そう言うクーファッシュの顔は何処か嫌そうなのに、それでも私のことを考えて譲歩してくれる。そんな表情。
ーーーこれは、クーファッシュに愛されていると自惚れてもいいのかしら?
なんて、そんなことを考えつつルキリアはクーファッシュの腕の中で満足そうに笑っていた。




