間話 魔王ヴァイスの初恋/忘れられないお前の小さな手
真っ暗で、何もない黒い空間。
この空間に存在できるのは、この星の絶対的強者である“星の意思”と、生贄に捧げられた歴代のこの星の王の中でも精神力の強い者だけだ。後者は時間と共に星の意思に呑まれていくことしか許されない。
最期の魔王だった僕、ヴァイス・ファントム・イブリースもまだこの空間で抗っていた。
ーーールキアに逢いたい、ルキアに触れたい、ルキアと一緒にいたい…。
ただそれだけの、絶対的な僕の想いと、ルキアを星の意思から守ると約束した。
「ルキア…外にいる僕を傍に置け。星の意思の声は僕が遮ってやるから、僕を拒むな」
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昼下がり、ルキリアは自分の腕の中にまだ幼い従妹のルキアを抱っこして、いつもの湖に向かうために太陽村を出ようとしていた。
何故か朝からルキアはぐずり続けていて、ずっとルキリアは手をやいていた。
「ルキアはまだ寝ないのか?」
「どうしてもダメで…これからクーファッシュに会う時間だから、つれてきたの」
村を出たその途中で、おばあさまに出会う。ルキリアとあまり年の変わらない姿のおばあさまと一緒に、湖の方まで散歩に出掛けることになった。
朝から何故かずっと泣き止まないルキアを下ろすこともできず、クーファッシュとの約束の時間になってしまったために連れて出掛けるしかなかった。
「ルキアは何をそんなにぐずっているんだろうねえ」
「分からないわ…病気か何かかしら?」
「熱はないからねえ…体は元気そうだ」
上巫女としての眼で黒の魔力と白の霊力の流れを朝から定期的に視ているルイも頭を悩ませていた。
今日は何度繰り返したか分からない、そんな会話。この目の前にいる楽しそうに笑うおばあさまこと、島の人間と言われる特殊な一族として転生を繰り返しているルイの心の中を理解することは難しい。
「お前は本当にあの子を手懐けているよ」
おばあさまの視線の先には、クーファッシュが人の姿で佇んでいた。
まっすぐにルキリアを見詰める眼差しに、少しだけ照れる。
だって、クーファッシュのそういう視線は誰がいようと容赦がないのだから…。
「ルキリア、待っていた」
彼はいったい何時から待っていたのだろう?
今は冬ではない。だから、彼に雪が積もっていないから…推測もできない。
何故だか彼にはそんなところがある。そんな彼に呆れているのに、何故だかそんなクーファッシュを見るのは嫌じゃない。
「今日はルキアも一緒よ」
そう言って腕の中のルキアを彼に見せれば、クーファッシュはルキリアの腕の中のルキアを一別して視線をすぐにルキリアへと戻す。
「おれにはルキリアだけでいい」
「ダメよ!そんなこと言わないで…!」
叫ぶように言えば、今度はルキアが声を上げてぐずり始めた。
そんなルキアをあやすルキリアを見て、クーファッシュは気に入らないというような視線をルキアに向ける。
「幼子に嫉妬か。自分の子供が生まれても同じ男などすぐに捨ててしまえ」
「ルキリアと子供をつくる気はない。おれにはルキリアだけいればいい」
ぐずり続けるルキアとそれをあやすルキリアを置いて、2人は言い合いを始めてしまっていた。
これもまた、いつものことであるのだが…今日は何故か何かが違った。
「ルキリア」
突然に名前を呼ばれて、気が付けばクーファッシュの腕の中にいた。
すると、かなり強い風が吹いたかと思ったのにルキリアは全くそれを感じなかった。周りの木々が強風に揺られて悲鳴を上げているのに。
「なに?」
ルキリアが問えば、クーファッシュはその視線を嫌そうにルキリアから別の場所へ…彼の後ろへと移していた。
そこには、大きな大きな魔族の姿があった。
ーーークーファッシュじゃない、別の魔族…
「魔王が何用じだてぇ、ヴァイス」
「お前は……いや、お前はエヴィルの伴侶のルイだな」
「あたしを呼び捨てにするとは強気だな、ヴァイス」
たまにおばあさまは何を言っているのか分からない時がある。これは島の方言なのだと、おじいさまが言っていた。
「ルイお姉様!エヴィルには内緒で頼む!!」
勢い良く頭を下げ、両手の手のひらを合わせて頭の上にかかげて懇願する仕草は、人間でも魔族でも変わらないらしい。
え?いや、あの魔族はいったい何をしているの?
どうやらクーファッシュと一緒で、彼の魔族……ヴァイスと呼ばれた彼もおばあさまには頭が上がらない、らしい。
「あいつは現魔王、ヴァイス・ファントム・イブリース」
「ま、魔王?」
その肩書きに、その存在感にルキリアだけが驚いて恐怖していた。そんなルキリアを見たクーファッシュは腕の中のルキリアを守るように少し力を入れ、自分達をおおっていた黒の魔力も少しだけ強めた。
「ヴァイス。ルキリアが怯えている。その魔力を極限まで抑えろ。そして、姿を人間に変えろ」
「お前もエヴィルみたいなことを言うな!クーファッシュ」
2人…で合っているのかすら分からない。
彼らはお互いの目から視線を外さずに睨み合っている。おばあさまに至っては我関せずで、いつの間にか湖の辺りに座って何処から出したのか茶をすすっていた。
「うぎゃやあああーーー!」
そんな空気を遮ったのは、他でもない朝から機嫌の悪いルキアである。
魔王と言われる魔族の目が、ギロリとルキアを睨み付けてきた。
ルキリアには、どうすることもできない。ただできることは、隣のクーファッシュに助けてと視線を送ることだけだ。
「クーファッシュ、それは何だ?」
「ルキア。ヴァイス、ルキリアの大事なものを傷付けることは許さない」
それに…と続けられた言葉はヴァイスの行動によってクーファッシュの中で止められた。その代わりに、クーファッシュは黒の魔力の圧を一瞬で上げた。
あろうことか、ヴァイスは大きな大きな魔族の手でルキアに触れようとしたからだ。
「お前のその手でルキアに触れられると思っているのか?」
「やめてっ…!」
「何なんだ!!僕が悪いみたいに!」
魔族の姿のまま、ヴァイスが動く度に地面が揺れる。そこまではクーファッシュの魔力でも対応できないらしい。
それでも踏み潰されたりしないのはクーファッシュのおかげだ。
「暴れるなヴァイス。このあたりの地形が変わったらエヴィルが黙っていない」
「くそ!エヴィルの名前を出せば僕が大人しくなるとでも思っているのか!?」
さらに暴れるヴァイスによって、本当に地形が変わりそうだ。
クーファッシュが止めようと喋っているが、何だかその言葉は火に油を注いでいるようにも聞こえる。
それに呼応するように、ルキアの泣き声も大きくなっている。
「もう、ケンカはやめなさい!」
どれくらい大きな声で叫んだだろう…この魔族達相手に、人間であるはずのルキリアが声量と気迫で勝っていた。
おばあさまは、面白いものでも見るように笑っている。
「…っ、白の霊力か。なかなかの威圧だ」
そう言ったのは、現魔王であるヴァイス・ファントム・イブリース。
何気にダメージをくらっているらしい。
そんな力が自分に在ることさえ、知らなかったルキリアはただ驚くことしかできていなかった。
いい加減にしなと、おばあさまはヴァイスとクーファッシュに言うと、いつの間にかルキリアの傍まで来ていた。これは、瞬間移動か何かだろうか?
「ルキリアはエヴィルよりあたしに似たんだよ」
「え?私…おばあさまと同じ白の霊力を持っていたの?」
「ああ、お前は白の霊力の方が強いし、扱えるのもそれだけだろう。それに、ルキアはどっちも持つけど、どっちの能力も弱い子だ」
「どっちも?でも、黒の魔力と白の霊力は交わらないって聞いたような…」
「すでに交わったものは変えられないものだからね」
ルキリアが理解できていないまま、いつの間にか目の前には知らない男性の姿があった。さっきまで暴れていた魔族の姿は無い。
「クーファッシュ、これは何だ?」
「おれの話を聞いていなかったのか?ルキアだ」
知らない男の手がルキアに伸びる…ルキリアはその手が恐くて信じられなくて、クーファッシュの背中に隠れるようにしてルキアを隠した。
「っ、さわらないで…!」
「なっ…クーファッシュ!!お前が言うように人間の姿になったのに、この得たいの知れない生き物に触れられないじゃないか!」
「お前がルキリアに嫌われているだけだ」
「おい!僕にもその意味の分からない生物をよこせ!」
クーファッシュでは話にならないと思ったのか、ヴァイスは標的を自分より弱いルキリアへと変えてきた。
それでも、近付こうとする度にクーファッシュの魔力に手を阻まれ続けていたヴァイスは、また頭に血が上ったらしくキレ散らかしていた。
「やめろ、ヴァイス。暴れるな」
この星、暗闇の星で今現在の頂点とNo.2の黒の魔力同士がぶつかり合っていた。
誰もそれを止められない。そのはずなのに、それを止めたのはただただひとつの小さな手だった。
「ルキア?」
ピトリとヴァイスの腕に触れたルキアの小さな手は、ニギニギと恐いものなど無いと云うようにヴァイスの人間の姿になった皮膚をさらに掴んでは放しを繰り返していた。
いつの間にか、ルキアはすごく笑っていた。
「ゔぁい…ゔぁい!」
それは、ただの赤子の言葉。だけど、その音はここにいる誰もが“ヴァイス”を呼んでいるように聞こえた。
本人もまた驚きながらも、満更でもないような表情をしている。
「ルキアといったか?初対面でこの僕を呼び捨てにするなんて、生意気な奴だ」
ルキリアを守るため、間接的にルキリアの大事なルキアを守るために出されたクーファッシュの黒の魔力を通り抜け、無意識的に黒の魔力を纏ったままでルキアに触れようとしたヴァイスの黒の魔力をも気にしないルキアの能力の色はいったい何色なのか。
「何だその変な顔は…」
「うるさい!どんな顔だ!?」
静かになったのは一瞬。だけど、ルキアはまだルキリアの腕の中から上機嫌でヴァイスに手を伸ばし続けていた。




