第十四話:朝廷の威光と、自治区侵攻(前編・足立自治区)
本蓮沼の陀下門と常盤台のゆるるによる執念の「泥沼防衛線」により、西側への侵攻が完全に足止めされていたチーかま軍。
北区の本陣にて、冷酷な参謀・紋派は、前線の停滞にも全く焦りの色を見せていなかった。
「……本蓮沼と常盤台の抵抗は想定以上。ならば、無理に西の固い城壁を叩く必要はありません。あちらの戦力を足止めしつつ、我らは東の広大な肥沃地帯へ矛先を変えます」
紋派が指し示したのは、これまで朝廷が「原住民たちの手による統治」として放置に近い形で自主管理を認められていた足立自治区であった。
「足立へ打って出る大義名分は……ちくわ天皇陛下より賜りましょう」
千代田の朝廷本部。
「えぇ〜〜〜!? 足立自治区に攻め込む〜〜!?」
ちくわ天皇は、紋派から差し出された「足立討伐令」の密書(当然、紋派が事前に完璧に代筆したもの)を前に、情けない声を上げていた。
「だってあそこ、原住民の人たちが勝手に平和に暮らしてるだけじゃん! 攻め込む理由なんてないよ〜〜!」
「陛下。足立の原住民どもは近年、朝廷への年貢を怠り、北区の境界付近で不審な動きを見せております。これを放置すれば朝廷の威光は地に落ちましょう。……それとも、品川のペンネ上皇様に『ちくわ天皇は足立の反乱も抑えられぬ』と報告いたしましょうか?」
紋派の冷徹すぎる一言に、ちくわ天皇は「ひっ……! 母上には言わないでぇ!」と即座に降参。言われるがままに朝廷の印をポンと押してしまった。
「よし。これにて我がチーかま軍は『朝廷の命を受けた正義の治安維持部隊』として足立自治区へ入る」
朝廷の威光という最高の大義名分を得たチーかま軍は、怒涛の勢いで東へ向け大軍を動かした。
平和を享受していた足立自治区の原住民たちは、突如として押し寄せてきた「官軍」の旗を掲げるチーかま軍の圧倒的な物量と、完璧に統制された陣形に大混乱に陥る。
「な、なんだ奴らは!? 朝廷の使いだと!?」
「我らは朝廷の命により、この地の秩序を正しに来た! 抵抗する者は朝廷への謀反とみなす!」
巧みな情報戦と圧倒的な軍事力により、足立自治区は瞬く間にチーかま軍の主権下へと呑み込まれていくのだった。
だが、この足立への大規模な軍事活動こそが、チーかま軍の戦線を極限まで拡大させ、都の東端――江戸川自治区の緊迫感を最高潮へと跳ね上げることになる。
そしてその地下深く、江戸川海底都市では、サ・バ・ンナと海底民族の兵たちが地上からの激震を感じ取り、静かに長槍を握りしめていた。




