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明日の俺から死亡報告が届くので、今日のうちにダンジョンを攻略する  作者: 空乃 カナタ


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第6話 正しい地図の捨て方

環はまず、自分の端末を久世へ渡した。


「遠隔操作を疑います。私が触らない状態で記録してください」


次に観測機を停止し、紙の地図と鉛筆だけを机へ置く。


「《軌跡視》は止められません。でも見えたものは全部、声に出します」


疑われる側が、検証手順を一番多く出した。


十五時十五分。


情報センターの出口は四つあった。完成地図は北の非常口だけを緑で示している。


「選ばせたい表示です」


俺は三つの出口へ位置標識を投げた。


東は標識が戻ってくる。西は音が消える。南は標識だけが床へ貼り付いた。


北から、人の足音が聞こえた。


環が《軌跡視》を使う。


「一人。私と同じ歩幅。十分前から建物の中を回ってます」


北扉が開いた。


黄色い観測ベスト、丸い保護眼鏡、栗色の髪。


もう一人の白瀬環が立っていた。


本物の環が息をのむ。


借殻は彼女の顔で笑い、手にした端末を操作した。


俺たちの足元から、帰路を示す黄色い標識が消える。


「裏切り者は白瀬環」


未来の俺は、あれを見てそう思ったのだ。


借殻が走る。


本物の環も同じ方向へ駆けた。


「待って!」


止める声より先に、二人は書架の向こうへ消えた。


どちらを追えばいい。


澪は迷わず床を見た。


「軌跡は?」


青白い線が二本、左右へ分かれている。一方は滑らかで、一方は途中に細かな揺れがある。


「本物は揺れてるほうです」


俺は答えた。


「なぜ」


「環は怖いとき、歩幅が狭くなる。借殻は見た形を同じ間隔で繰り返す」


三人で揺れた線を追う。


資料庫で、本物の環が黒い糸に足を取られていた。久世が糸の張力を壁へ逃がし、澪が切断する。


「偽物は?」


「南の出口へ。私の《軌跡視》を使ってるふりをしてました」


十五時二十三分。


完成地図から最後の帰路が消えた。


環が床へ座り込み、自分の描いた紙地図を破る。


「全部、読まれてる。私の正しい線を追うから、先回りされる」


俺は破れた地図を拾った。


「なら、正しく完成させない」


「地図なのに?」


「試験手順も、相手が知っていれば回避される。途中で更新する前提にする」


環は破片を並べ替え、余白だらけの新しい地図を作った。


十五時二十七分。


南出口が閉じ、借殻の環が俺たちの退路を消した。


だが俺たちは、そこを帰路に選んでいなかった。


*


ー正しい地図の捨て方ー


環の新しい地図には、線の代わりに条件が書かれていた。


音が右から聞こえたら左。


同じ机を二度見たら階段。


青い軌跡が濃くなったら停止。


道順を固定しない。観測するたび次の一手だけを決める。


借殻は完成した行動を写せても、まだ選ばれていない判断は写せない。


「北から足音」


環が言う。


「南へ」


「南の軌跡が濃い」


「停止」


黒い影が目の前を横切る。俺たちが予定どおり南へ進んでいたら、正面からぶつかっていた。


久世が低く笑った。


「間違いだらけの地図も悪くない」


「更新中と言ってください」


環は鉛筆を走らせる。


情報センターの中央へ戻ると、借殻が完成地図の前に立っていた。画面上では、俺たちの位置が北出口へ向かっている。


実際の俺たちは南から来た。


借殻の首が不自然に傾く。


「偽物は、あなたの能力まで持ってない」


俺が言うと、環が観測機を床すれすれに飛ばした。


借殻は機体を避ける。そこへ澪の槍が入った。


黒い身体が後退した先で、久世の白い印が光る。壁へ逃がされた衝撃が返り、借殻の足元を崩した。


環は最後まで自分の地図を完成させなかった。


その余白へ追い込まれた借殻は、次に何をまねればいいか分からず、灰色の粒子へ崩れた。


画面の完成地図も消える。


死亡報告は回避へ変わった。


「裏切り者、無罪」


環が言った。


「最初から有罪にしてません」


「でも、疑わなかったわけじゃないでしょう」


否定はできない。


「疑った。だから本人へ見せた」


「それ、結構いい答えです」


建物の出口が一つだけ開いた。


外の街の音が戻る。


俺たちが近づくと、出口側から金属を三度叩く音がした。


救助要請の合図。


だが音は、開いた出口の反対側から聞こえていた。


環の表情が変わる。


「地図上、そっちは壁です」


もう一度、三度の音。


今度は天井から。


次は床下。


音の方向が、鳴るたび逆さになっている。


完成地図を捨てても、孔界はまだ終わっていなかった。


*


ー音が逆さに届く場所ー


救助要請は、規則正しく三回ずつ鳴った。


右、左、天井、床。


「折鐘です」


環が端末の記録を開く。


「音の方向と距離を反転させる残響体。近い音ほど遠く、右は左に聞こえる」


「記録どおりなら、な」


久世が床へ耳を当てる。


音を信用できないなら、振動を見る。


彼は床と壁へ白い印を付け、指先で床を一度叩いた。《分圧》で同じ衝撃が四方向へ走る。


環の《軌跡視》には、振動に驚いて動いた残響体の線が見えた。


「地下じゃない。二階の資料庫」


俺たちは音と逆の方向へ進む。


階段は途中で上下を入れ替えたが、環は自分たちの軌跡だけを追い、久世は壁の荷重から本当の床を判断した。


資料庫の中央に、若い警備員がしゃがんでいた。


その頭上へ、黒い鐘の形をした残響体が浮かんでいる。


「助けて」の声は、建物じゅうへばらまかれていた。


澪が手信号を出す。


声を使わず、俺は右へ回る。久世は左。環は入口で退路を観測。


折鐘が揺れた。


耳元で爆音がしたように感じたが、棚の紙一枚動いていない。偽の音圧だ。


俺は目を閉じ、床から伝わる振動だけを数えた。


一、二、三。


鐘が澪へ向いた瞬間、警備員の側が空く。


俺は走って腕をつかんだ。


「立てますか」


頷く。声は使わない。


久世が棚の倒れる衝撃を四面へ逃がす。澪はその間を抜け、救助槍で鐘の内側を突いた。


黒い鐘は音を放った。


俺には無音に聞こえた。


代わりに、胸の奥で過去の痛みが一斉に鳴る。崩落、圧迫、槍。実際には受けなかった三つの死が、身体の内側から俺を倒した。


膝をつく。


警備員を支える手が離れそうになる。


澪が振り返った。


俺は「中止」と言うべきだった。


だが声が出ない。


折鐘が落ち、天井の梁が外れる。


俺と警備員の真上だった。


澪が救助槍を捨て、手を伸ばす。


「《定着》!」


梁が空中で止まった。


三秒。


その三秒を、岳と環が走り始めた。

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