第15話 報告のない作戦会議
最後の報告を、俺たちは四人で読んだ。
06:00 報告はこれで終わる。
次は、お前が決めろ。
「これ、誰が書いたんでしょう」
環が尋ねる。
死亡報告は、死ぬ直前の俺が認識した情報だ。
だがこの文には、事故がない。俺という言葉すらない。
「第一核が接続を切る予告かもしれない」
榛名が解析結果を送る。
「収束後は未来が一本になる。報告を返す別の分岐がなくなる」
「罠の可能性は」
澪が問う。
「ある。安全という意味ではない」
俺は最後の二行を記録庫へ保存した。
報告のない朝を、俺はずっと望んでいた。
なのに、目隠しをされたように怖い。
「作戦を今日へ前倒しする?」
久世の提案に、俺は首を振った。
「しない。休息不足で成功率が落ちる。未来が見えない不安だけを理由に計画を変えない」
自分で言えたことに驚く。
澪が小さく頷いた。
その日は、過去の全報告を読み返した。
最初の文面は赤い傘を原因に見せ、実際は誘導だった。澪の槍は殺傷ではなく救助。環の裏切りは借殻の模倣。九本目と十本目は、介入後には役に立たなかった。
死亡報告は一度も正解をくれなかった。
くれたのは、失敗した地点だけだ。
そこから直したのは、いつも今の俺たちだった。
夜、端末を充電器へつなぐ。
「眠れそう?」
隣の簡易寝台から澪が聞く。
「無理かもしれない」
「じゃあ眠るまで話す」
内容のない会話をした。環の朝食の好み、久世の娘の宿題、孔界が消えた後に行きたい場所。
未来と関係のない予定ばかりだった。
いつの間にか眠った。
翌朝、目覚ましが鳴る。
午前六時。
スマートフォンは、何も表示しなかった。
胸の返信先だけが、最後に一度冷たく脈打った。
*
ー報告のない作戦会議ー
通知が来ない。
画面を再起動しても、黒い報告は現れなかった。
「確認は一度でいい」
澪が俺の手から端末を取る。
「故障試験なら三度です」
「今のあなたは故障を願ってる」
そのとおりだった。
俺は端末をしまい、白板へ向いた。
最終目標は四基の中継器を同時停止し、第一核の外殻を三秒固定。その間に返信先を閉じること。
未来の失敗ログはない。
代わりに、過去の失敗がある。
追路犬は選ばなかった道を追う。
借殻は外形だけを写す。
折鐘は音を反転させる。
未選巨人は迷いを腕にする。
明日保証塔の防衛は、それらを組み合わせるはずだ。
「環は変動路を地図化。完成させない」
「了解」
「久世さんは中継器の構造荷重を担当。壊すのでなく停止まで支える」
「任せろ」
「澪は救助路。途中で取り残された市民と、俺たちの回収」
「あなたは」
「中央路から第一核へ。全員の情報をまとめる」
俺は白板の最下段へ書いた。
達成条件:四名生還
環が赤字で囲む。
「ログ係本人が書きました。証拠保存」
久世が四つの小型通信器を配った。
「別々の道でも、判断は共有する」
澪は俺へ伸縮警棒と位置標識を渡す。
「死ぬ時刻は分からない」
「はい」
「だから、危険を言葉にする。痛みも、怖さも」
「了解」
午前七時、避難所を出る。
明日保証塔へ続く道は一本だった。
俺たちは入口で四方向へ分かれた。
一本道へ、四つの違う選択を持ち込むために。
*
ー全員が違う道を行くー
環の変動路は、同じ階段を二度通らない道だった。
久世の構造路は、壁の内側を進む保守空間。
澪の救助路は、固定未来に取り残された人々を避難させながら進む地上階。
俺の中央路は、何もない直線だった。
真っすぐ第一核へつながっている。
簡単すぎる道は疑う。
十メートルごとに位置標識を置く。三つ目から、背後の標識が消えた。
『追路犬、そちらへ集まってます』
環の声。
「俺が通らなかった三経路を追ってる。予定どおり」
四人が別の道を選んだことで、残響体は一人を追えない。
黒い犬の群れが壁から現れる。
俺は戦わず、標識を左右へ投げた。群れが分かれる。
その先で借殻が澪の姿を作った。
「朔、こっち」
声まである。
以前より精密だ。
「質問。昨日、俺が眠るまで何の話をした」
借殻は答えない。
警棒で足元の核を払う。黒い姿が崩れる。
『借殻、声を持ちました』
共有する。
『でも理由はまだ写せない』
澪が返す。
別経路から衝撃が伝わる。久世が中継器一基へ到着した。
『構造路、準備完了』
環も続く。
『変動路、到着。地図は未完成のままです』
澪の背後では、最後の市民が避難路へ入る。
『救助路、完了』
俺だけが中央核へ届いていない。
廊下の奥に、新しい残響体が現れた。
細い幹から無数の口が開き、四人の声を同時に発する。
枝喰い。
未来の分岐が多い者を狙う残響体。
これまでは俺だけを追った。
今は四本の枝が、別々の道へ伸びている。
『全員が標的です』
環の声。
「全員に選択肢が戻った証拠だ」
俺たちは別々の道で、同時に武器を構えた。
*
ー失敗から作った一手ー
枝喰いは、四人の迷いを先に読んだ。
環が完成地図を求める可能性。
久世が衝撃を一人で受ける可能性。
澪が三秒で全員を救おうとする可能性。
俺が自分を囮にする可能性。
黒い枝が、それぞれの弱点へ伸びる。
「予定変更」
俺は通信へ言った。
未来の失敗ログはない。それでも、変更理由を共有できる。
「環、地図を完成させて」
『えっ』
「偽の完成図を枝喰いに読ませる」
環は四経路が中央で交わる地図を描いた。枝喰いが線を食べ、存在しない中央室へ枝を集める。
「久世さん、分圧を一面だけに」
『壊れるぞ』
「壊す。ただし中継器じゃなく、枝の接合部」
久世が受けた衝撃を一点へ返す。黒い枝が自分同士でぶつかった。
「澪、三秒を俺に使わないで」
『何へ』
「四基の停止信号」
彼女の《定着》は位置だけでなく、動き始めた状態を短時間留められる。四本の信号線が中央で重なる瞬間を固定する。
「俺は囮にならない。枝が集まった場所へ標識を置く」
位置標識を偽の中央へ投げる。
枝喰いは、俺がそこへ行く未来を読み、全身を伸ばした。
「今!」
環の偽地図が消える。
久世の衝撃が枝を束ねる。
澪が停止信号を三秒固定。
俺は四基の停止キーを同時に送った。
一秒。
中継器一、停止。
二秒。
二、三、停止。
三秒。
四基目が抵抗する。
環の観測機が、借殻の使った保守回線の軌跡を送る。俺は主回線を捨て、その裏口から停止命令を入れた。
四基目、停止。
枝喰いは光を失い、灰色の粒子へ崩れた。
塔の一本道が、無数の廊下へ戻る。
「全員、状態報告」
『環、無事』
『久世、無事』
『澪、無事。朔は』
「無事。中央核へ入る」
扉の向こうに、霧生統真が一人で待っていた。




