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明日の俺から死亡報告が届くので、今日のうちにダンジョンを攻略する  作者: 空乃 カナタ


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第14話 明日がなくても会いたい

現実へ戻った俺を、澪は一度だけ強く抱き締めた。


すぐに離れ、両肩をつかむ。


「何を見た」


「俺が四年前に死んだ未来。みんなが安全に暮らしてた」


「それで残ろうとした?」


頷く。


澪の手に力が入った。


「救助の料金に、自分の命を置かないで」


「でも俺が原因なら」


「原因と責任を分けるって、誰が言った」


潮見で彼女が言った言葉だ。


「あなたが生き残ったことは、支払うべき借金じゃない。私たちを助けるたび、自分を減らす必要もない」


久世と環も追いつく。


久世は俺の背を軽く叩いた。


「全員で帰る。達成条件を勝手に三人へ変えるな」


環は新しい地図に、俺の現在地を大きく記した。


「消したら、何度でも描きます」


俺は息を吐いた。


胸の痛みを含めて、身体が自分のものへ戻る。


「作戦条件を追加します」


「何」


澪が聞く。


「雨宮朔も生還する」


「最初から入ってる」


「俺の中では、今入りました」


澪は怒ったような、泣きそうな顔をした。それから額を俺の肩へ一瞬だけ預けた。


「遅い」


地下道の奥で、古い駅の発車音が鳴る。


壁が左右へ開き、使われていないホームが現れた。


四年前、第一孔界が発生した地下ホーム。


線路の先に、巨大な黒い結晶が脈打っている。


始まりの場所が、俺たちを待っていた。


*


ー始まりのホームー


旧ホームには、四年前の広告が残っていた。


時間だけが災害の日で止まっている。


壁の時計は十八時四十二分。


第1話で俺が死ぬはずだった時刻と同じだった。


「第一核が、接触者の記憶から空間を作ってる」


榛名の通信がかすかに届く。


線路へ降りると、黒い雨跡が俺の足元へ集まった。


記憶が開く。


四年前、俺はここで柊木を捜していた。崩れた壁の奥に黒い結晶を見つけ、素手で触れた。


――もう一度だけ、間違いを見つけさせてくれ。


願った瞬間、結晶から細い枝が胸へ入った。


俺は忘れていたのではない。


思い出せない未来として、第一核へ預けていた。


「返信先ができた瞬間」


榛名が言う。


「核はあなたを、分岐を報告できる観測者として登録した。明日保証塔が再起動するまで、通信は眠っていた」


赤い傘の残響体。


借殻。


追路犬。


全部、俺たちが選ばなかった未来の形だった。


ホームの向こうから、霧生の声がした。


『ようやく同じ場所へ来ましたね』


第一核の内部に、彼が立っている。


妻と娘の幻が左右にいた。だが霧生は二人を見なかった。


『私は個人的な過去を取り戻したいのではない。誰も同じ喪失を経験しない未来を固定したい』


「その未来では、誰も違う道を選べない」


『危険な道を選べないだけです』


「危険かどうかを、誰が決める」


『結果が決める』


彼の背後で、無数の光の枝が一本へ集まる。


都市収束率、九十二パーセント。


榛名が別の図を送った。


返信先から第一核へ戻る一本の黒い線。その接続点は、俺の胸にある。


「ここを壊せば、報告は止まる」


『同時に、あなたが回避してきた死の記録も失われる』


霧生の声。


『それでも、未来を知らずに選べますか』


今は答えなかった。


残る時間は四十八時間。


答えを作るため、俺たちはいったんホームを離れた。


*


ー霧生統真のたった一つー


霧生は通信を切らなかった。


撤退する俺たちへ、第一核の記録を見せ続けた。


回避されなかった事故。


間に合わなかった救助。


偶然、一本違う道を選んだ人々。


「可能性は希望だけではありません」


霧生の声が旧ホームへ響く。


「選べる限り、人は誤る。誤りのたびに誰かが支払う」


妻と娘の最後の記録が一秒だけ映る。


二人は予定を変え、中央駅へ来た。


「一つの安全な未来が分かるなら、ほかを残す理由はない」


俺は黒い枝を見た。


「あなたの計画にも誤りがあった。中止権を消し、俺を危険へ置いた」


「完成前だからです」


「完成したら直せない」


霧生は黙る。


品質保証で最も危険なのは、不具合がない製品ではない。


不具合を報告できない製品だ。


「あなたが欲しいのは、失敗しない未来じゃない。失敗と呼ぶ人がいない未来だ」


第一核が大きく脈打った。


霧生の表情が初めて崩れる。


「それで救われる命がある」


「ある。だから迷う。でも、選び直せない安全は牢獄だ」


通信が切れた。


榛名は返信先の破壊方法を解析した。


四基の中継器を止め、第一核の外殻を三秒固定し、その間に俺が接続を拒絶する。


「拒絶って、具体的には」


環が問う。


「死亡報告を受け取る位相痕を、自分の意思で閉じる。二度と開けない」


「残痛は」


「接続ごと消える可能性が高い。ただし能力も消える」


「それでいい」


即答した俺を、澪が見た。


「よく考えて」


「考える。能力を失う怖さも含めて」


死ぬ未来が分からなくなる。


それは普通のことだったはずなのに、今は暗闇へ戻るように感じる。


収束まで、残り二日。


俺たちは地上の避難所へ戻り、食事と睡眠を取ることにした。


未来を守る前に、今日を使い切らないために。


*


ー明日がなくても会いたいー


避難所の屋上で、澪と二人になった。


街は同じ灯りを繰り返している。遠くの信号が赤、青、黄と変わり、また同じ順番へ戻る。


「能力を失うのが怖い」


俺から言った。


「死ぬ時刻が分からない生活へ戻るだけなのに」


澪は柵へ背を預けた。


「私は最初から分からない」


「どうして現場へ行ける」


「怖いから準備する。分からないから仲間に聞く。それでも駄目なら、また直す」


俺が仕事でしてきたことと同じだ。


完全な仕様を待たず、失敗を記録し、更新する。


「未来が分からなくても、明日ここで会えますか」


「ここは固定されるかもしれない」


「場所の話じゃない」


言い直す前に、澪が俺の手を握った。


「会う。あなたも戻って」


「作戦条件です」


「それだけ?」


困った。


死亡報告より短い言葉が、うまく出ない。


「会いたいから戻る」


澪の指に力が入る。


「私も」


抱き締めたのは、どちらからだったか分からない。


三秒では終わらなかった。


警報が鳴るまで、互いの呼吸を確かめた。


屋上から見える明日保証塔が、黒い光を放つ。


市内の道路、建物、孔界が一本の光路へ変わり、中央駅へ集まり始めた。


収束率、九十九パーセント。


霧生が予定を早めた。


「戻ろう」


澪が手を離す。


温度は残った。


未来がなくても、戻りたい理由はもう分かっていた。


*


ー天ヶ瀬市、収束ー


天ヶ瀬市が一本の道になった。


東へ走っても西へ逃げても、全員が中央駅へ近づく。


建物の扉は同じ避難所へ開き、窓の外には明日保証塔が立っている。


「収束率、九十九・七」


榛名の声。


残響体は人を襲わなくなった。人々を一つの経路へ並べ、外れようとする者だけを元の位置へ戻す。


安全で、静かで、息苦しい。


俺たちは避難所の中央に、あえて四つの出口を作った。


環が異なる地図を配り、久世が簡易壁で視線を分け、澪が人々へ好きな避難区画を選ばせる。


小さな分岐が生まれるたび、街の光路に揺らぎが走った。


「まだ完全じゃない」


俺は言った。


選択肢は残せる。


だが今夜の突入は無理だった。中継器は最大出力で、残痛も強い。全員が消耗している。


「一度休む」


以前の俺なら言えなかった判断を、俺から出した。


誰も反対しない。


最終作戦は翌朝。


簡易寝台へ横になり、端末を胸の上へ置く。


明日も死亡報告が来るだろう。


最後に使える失敗ログかもしれない。


それを期待する自分と、もう来ないでほしい自分がいる。


午前六時。


端末が震えた。


黒い画面に、これまでで最も短い文が現れる。



06:00 報告はこれで終わる。

次は、お前が決めろ。




時刻も場所も死因もない。


未来の俺が知らなかったのではない。


報告する未来そのものが、ここで終わる。

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