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明日の俺から死亡報告が届くので、今日のうちにダンジョンを攻略する  作者: 空乃 カナタ


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第10話 救うほど迷宮は深くなる

第一核の画像は、巨大な樹木に見えた。


幹は中央駅地下。枝は俺が死を回避した場所へ伸び、潮見区の十二孔界まで届いている。


榛名が時系列を重ねた。


「回避された未来は消えていません。第一核の内部で、現実にならなかった経路として保存されています」


「残響体の材料」


環が言う。


「おそらく。追路犬は通らなかった道、未選巨人は選ばなかった動作を使った」


俺の残痛も同じだ。


現実にならなかった死が、第一核と俺の両方へ残っている。


会議室の扉が開き、霧生統真が入ってきた。


「証明できましたね」


彼は黒い樹形図を見ても驚かなかった。


「あなたは知っていた」


澪が立ち上がる。


「仮説でした。今日の救助で確信へ変わった」


「八百人を実験に使ったのか」


「救助を止めていれば、被害が出た。皆さんと同じ選択です」


穏やかな正論が、部屋の空気を冷たくする。


霧生は俺の前へ一枚の同意書を置いた。


「救うほど分岐は増え、第一核は育つ。ならば、最初から犠牲のない経路を一本だけ選べばいい」


明日保証計画。


市の交通、警報、避難指示を第一核の予測へ接続し、全員を最も生存率の高い行動へ導く。


「人が従わなかったら」


俺は尋ねた。


「従える環境を作る」


「選択肢を消すということですか」


「死ぬ選択肢に価値がありますか」


答えられなかった。


柊木が人を助けに戻った選択は、結果だけ見れば死ぬ選択だった。


だが、あいつの行動を無価値だとは言えない。


「今すぐ署名はしません」


同意書を持ち上げる。


「でも計画の中を見せてください。中止権と全データ共有が条件です」


澪が俺を見る。


「入るの」


「外から止める方法がない。残痛を増やさず救える可能性もある」


「一人で決めない約束」


「だから相談する。四人で監視して、危険なら四人で出る」


久世が同意書を読み、環が項目を記録する。


最後に澪が言った。


「あなたを装置にする兆候が一つでもあれば、私が連れ出す」


「了解」


霧生は、左手の結婚指輪へ触れた。


「誰も死なない三日間をお見せします」


その言葉は希望のようで、予告のようでもあった。


署名を鞄へしまいながら、俺は自分の判断を疑った。中止権も共有条件も整えた。それでも、外から見張れない場所へ自分を置くことに変わりはない。榛名の樹形図を見た瞬間から分かっていた。これは対策ではなく賭けだ。負けたとき失うものが、俺一人では済まない賭けだった。


*


ー明日保証計画ー


明日保証塔の最上階には、窓がなかった。


壁そのものが画面になり、市内の道路、鉄道、人の流れを一秒ごとに描き直している。


中央の椅子だけが空いていた。


「雨宮さんの席です」


霧生が言う。


椅子の前へスマートフォンを置くと、第一核の予測と死亡報告を照合できる。俺の死を基準に、危険な分岐を早く消す仕組みだ。


「条件を確認します」


俺は書面を読み上げた。


「班の四人が全データへアクセスできる。俺と御影さんに即時中止権。意図的に危険を作って報告を発生させない」


「同意します」


「口頭ではなく記録へ」


霧生は電子署名した。


澪も監視席へ座る。


「最初の対象は?」


画面に翌朝の通勤時間帯が表示された。


八時十四分、天ヶ瀬西駅で孔界発生。現状経路では二百人が構内に残る。計画は全端末へ一つの迂回路を配信する。


「別経路は」


環が尋ねる。


「表示しません。選択肢が多いほど、予測から外れる」


久世は避難路の構造図を確認した。


「南通路に荷重が集中する」


「許容範囲です」


「計算上は、だろう」


霧生は反論せず、補強班を追加した。


修正を受け入れる姿だけを見れば、理想的な責任者だった。


俺は中央の椅子へ座り、端末を接続する。


胸の返信先が冷たくなる。


画面に無数の細い道が現れ、そのうち一本だけが緑へ変わった。ほかは暗く消える。


残痛はない。


死亡報告も来ない。


拍子抜けするほど静かだった。骨の奥で構えていたはずの痛みが、どこにもない。安堵している自分に気づいた瞬間、俺は同じくらい強く警戒した。楽になりたいという気持ちは、判断を鈍らせる。品質保証で一番怖いのは派手な事故じゃない。「異常なし」の表示を、疑わず信じてしまうことだ。


「これで明日、誰も死なない」


霧生の声に、願いと確信が同じ重さで混ざっていた。


俺は緑の道を見つめた。


一本しかない経路は、試験できない。


比較対象がなければ、それが本当に最善か確かめられない。


「明日は現場班も配置します」


「必要ありません」


「必要かどうかを確かめるためです」


霧生は少しだけ笑った。


「あなたは、徹底して品質保証担当なのですね」


「未来の話だからこそ」


計画は翌朝、始動した。


*


ー百パーセントの避難経路ー


翌朝八時、天ヶ瀬西駅の全端末へ同じ通知が届いた。


混雑回避のため、南通路をご利用ください。


人々は疑わず流れを変えた。


八時十分、ホームはほぼ空になる。


八時十四分、線路上へ黒い水面が開いた。


残響体がホームを走ったが、そこに人はいない。補強された南通路も荷重に耐えた。


八時十七分、孔界閉鎖。


負傷者ゼロ。


死亡報告なし。


残痛なし。


「成功です」


管制室に拍手が起きた。


俺も安堵した。


方法が不気味でも、誰も傷つかなかった事実は本物だ。


霧生は拍手を止めさせず、画面の記録を保存した。


「これを全市へ拡張します」


澪が言う。


「一件で決めない」


「もちろん。三日間の実証です」


二件目は交差点の陥没。三件目は小学校近くの孔界。どちらも事前に人流を変え、無傷で終わった。


午後、俺たちは推奨経路の現地確認へ出た。


配達用自転車の男性が、同じ角を三度曲がっていた。


「どうしました」


「この先の届け先へ行きたいんですけど、工事だったかな」


道は開いている。封鎖表示もない。


男性がもう一度角を曲がる。


五十メートル進み、反対側から同じ場所へ戻ってきた。


環が《軌跡視》を使う。


青い線は円を描いていない。まっすぐ進み、途中で折り畳まれて始点へ重なっている。


「推奨外の経路が閉じてます」


俺の端末で計画地図を開く。


男性の届け先は、今日の安全経路から外れていた。


「一時的な孔界変動だ」


同行した研究員が言う。


「計画の仕様ではありません」


「でも計画の開始後に起きた」


俺が記録を要求すると、研究員は渋々送った。


霧生へ報告する。


返事はすぐ来た。


安全確保のための収束現象。実証期間中は監視を継続。


不具合ではなく、機能だと書かれていた。


配達員には別の経路を案内した。


荷物は届いた。


だが、最短の一本以外を選べない街が、少しずつでき始めていた。

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