第三話 数字を見る者
第三話です!!新しく出てきた青年は誰で何なんだ!?
見慣れない番号から届いたメッセージを見つめながら、俺は駅前の雑踏の中で立ち尽くしていた。
お前にも数字が見えるのか?
たった一文。それなのに、心臓を掴まれたような感覚があった。
どうして相手は俺が数字を見ていることを知っているのか。そもそも誰なのかも分からない。朝霧さんの数字のことで頭がいっぱいだったはずなのに、そのメッセージは別の意味で不安を掻き立てた。
震える指で返信を打つ。
誰だ?
送信してから数秒もしないうちに既読が付き、すぐに返事が返ってきた。
明日の放課後
北三条公園
一人で来い
それだけだった。
名前も説明もない。質問に答える気すら感じられない文章だったが、それでも俺は画面から目を離せなかった。
数字を見る人間が他にもいる。
その可能性だけで、行かないという選択肢はなくなっていた。
⸻
家に帰ったあとも落ち着かなかった。
夕食を食べながらもスマホを気にしてしまい、母さんに「何かあったの?」と聞かれたほどだ。
「別に」
そう答えたものの、自分でも声に力が入っていないのが分かった。
数字を見る能力。
父さんの死。
朝霧さんの『2』。
そして謎のメッセージ。
数日前まで普通の高校生だったはずなのに、急に別の世界へ迷い込んだような気分だった。
夜になり、ベッドへ寝転がる。
天井を見つめながら考えていると、スマホが小さく震えた。
画面を見る。
朝霧さんからだった。
神谷くん
今日はありがと
思わず目を瞬く。
ありがと、という内容に心当たりがなかった。
何のお礼?
すぐに返す。
すると、
なんか心配してくれたじゃん
という返信が来た。
俺は少し考えてから文字を打った。
お節介だったかも
ごめん
数秒後。
そんなことないよ
ちょっと嬉しかった
その文章を見た瞬間、胸の奥が妙にざわついた。
朝霧さんは何も知らない。
自分の頭上に数字が浮かんでいることも、その数字を見て俺が怯えていることも。
だからこそ余計に思う。
もし本当に残り二日しかないのだとしたら。
俺はどうすればいいんだろう。
⸻
翌朝。
教室へ入った瞬間、真っ先に朝霧さんの席へ視線が向いた。
窓際の席で友人と話している姿が見える。
その頭上に浮かぶ数字も。
――1。
予想通り数字は減っていた。
しかし、実際に目にすると想像以上に重かった。
あと一日。
もし数字が死を意味するのなら、明日には。
「おはよう、神谷くん」
朝霧さんがこちらに気付き、軽く手を振る。
朝の光を受けた黒髪が柔らかく揺れた。
昨日と何も変わらない笑顔だった。
「おはよう」
「なんか疲れてる?」
「寝不足」
「勉強?」
「そんな風に見える?」
「全然」
即答だった。
朝霧さんは楽しそうに笑う。
俺も笑い返したが、その視線はどうしても頭上の数字へ向いてしまう。
なぜ彼女なんだ。
何が起きるんだ。
考えても答えは出ない。
⸻
放課後までの時間は異様に長く感じられた。
時計を見るたびに針はほとんど進んでおらず、授業内容も頭に入らない。気付けば朝霧さんの方を見てしまい、そのたびに数字が変わらず『1』であることを確認していた。
ようやく終業のチャイムが鳴った時には、張り詰めていた糸が少しだけ緩んだ気がした。
「神谷くん」
帰り支度をしていると朝霧さんが声をかけてくる。
「また何か心配事?」
「顔に出てた?」
「ちょっとね」
そう言って彼女は首を傾げた。
「相談なら聞くよ?」
その一言が妙に嬉しかった。
だけど話せるわけがない。
君の頭上に数字が見えていて、それが死を意味するかもしれないなんて。
「ありがと。でも大丈夫」
「そっか」
朝霧さんは少しだけ残念そうに笑った。
その表情を見ていると、余計に助けたいという思いが強くなる。
何が起きるのか分からない。
それでも。
何もしないまま終わるのだけは嫌だった。
⸻
北三条公園に着いたのは、夕陽が傾き始めた頃だった。
公園の木々は赤く染まり、吹き抜ける風が葉を揺らしている。子供たちの姿もほとんどなく、静かな空気が広がっていた。
指定された時間より少し早く着いたはずだったが、公園の奥にあるベンチにはすでに一人の青年が座っていた。
年齢は俺と同じくらいだろうか。
黒いパーカー姿で、どこか気だるそうな雰囲気をまとっている。
「来たか」
俺に気付くと青年は立ち上がった。
その瞬間、思わず息を呑む。
頭上に数字が浮かんでいたからだ。
赤い数字。
――365。
間違いない。
俺に見えているものと同じだった。
「やっぱり見えてるんだな」
青年は俺の表情を見て小さく笑った。
「お前……誰なんだ」
「自己紹介は後だ。それより確認したいことがある」
青年は真っ直ぐ俺を見た。
「朝霧結衣に数字が見えてるな?」
心臓が大きく跳ねる。
なぜその名前が出てくる。
なぜ知っている。
「……なんで分かる」
「やっぱりそうか」
青年は小さく息を吐いた。
そして、まるで当たり前のことを言うように続ける。
「なら急いだ方がいい」
「何をだよ」
「お前は勘違いしてるからな」
「勘違い?」
青年は頷いた。
公園の木々が風に揺れ、夕暮れの光が長い影を落とす。
「数字は死までの時間じゃない」
その言葉に思わず眉をひそめた。
「そんなわけないだろ」
「どうしてそう思う?」
「実際に死んだ人を見たからだ」
「何人?」
答えに詰まる。
父さん。
そしてサラリーマン。
二人だけだった。
青年はそんな俺を見て苦笑した。
「二人見ただけで決めつけるなよ」
「だったら何なんだよ」
「それを調べてる」
静かな声だった。
けれど嘘を言っているようには見えなかった。
「俺もな」
その言葉を聞いた瞬間、背筋が冷たくなる。
俺だけじゃない。
数字を見ている人間がいる。
しかも数字の意味すら分かっていない。
思っていたよりずっと大きな話なのかもしれなかった。
青年は空を見上げる。
夕焼けは少しずつ群青色に飲み込まれ始めていた。
「一つだけ教えてやる」
「何だ」
「数字を見る人間は、お前以外にもいる」
その言葉に息を呑む。
だが青年の話は終わらなかった。
「ただし、全員が同じ数字を見ているとは限らない」
「どういう意味だ?」
問いかける。
しかし青年は答えず、背を向けて歩き始めた。
「待て!」
思わず呼び止める。
すると青年は出口の前で立ち止まり、こちらを振り返った。
「明日になれば分かる」
「何がだよ」
沈みかけた夕陽が青年の横顔を照らしていた。
その表情はどこか諦めにも似ていた。
「朝霧結衣の数字が0になる意味だ」
それだけ言い残し、青年は去っていった。
残されたのは静かな公園と、胸の中に広がる不安だけだった。
数字は死を意味しない。
数字を見る人間は他にもいる。
そして明日、朝霧さんの数字は0になる。
増えたはずの情報は、かえって謎を深くしただけだった。
夕焼けの最後の光が消えていく空を見上げながら、俺は強く拳を握る。
明日、何が起ころうと目を逸らさない。
父さんの時みたいに、何もできずに終わるのだけは嫌だった。
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