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第二話 残り三日の少女

第2話です!よろしくお願いします!

昼休みのチャイムが鳴る。


 教室は一気に騒がしくなり、あちこちで机を寄せる音や弁当箱を開ける音が響き始めた。


 そんな中、俺だけは落ち着かなかった。


 窓際の席。


 朝霧結衣。


 同じクラスだが、まともに話したことはない。


 そして彼女の頭上には、相変わらず赤い数字が浮かんでいた。


 ――3。


 昨日見たサラリーマンと同じ数字。


 そしてその男は三日後に死んだ。


 偶然だと思いたかった。


 けれど現実はあまりにも出来過ぎている。


 俺は深呼吸をして立ち上がった。


 もし本当にあの数字が死を意味しているなら、見ているだけなんてできない。


 もう二度と。


「朝霧さん」


 声をかけると、彼女は弁当箱から顔を上げた。


 窓から吹き込んだ風が長い黒髪をさらりと揺らす。


 その向こうで赤い数字が静かに光っていた。


「えっと……神谷くんだっけ?」


「覚えてたんだ」


「同じクラスだからね」


 少し意外そうな顔で笑う。


 その笑顔を見ていると、なおさら信じられなかった。


 こんな普通の女子高生が、あと三日で死ぬかもしれないなんて。


「何か用?」


「ちょっと聞きたいことがあって」


「なに?」


「最近、変わったことなかった?」


 朝霧さんは首を傾げた。


「変わったこと?」


「事故に遭いそうになったとか」


「ないよ」


「体調悪いとか」


「元気」


「誰かに恨まれてたり」


「それはドラマの見過ぎじゃない?」


 思わず吹き出される。


 自分でも何を聞いているんだと思う。


 けれど他に方法が分からない。


「神谷くんって結構変わってるよね」


「最近よく言われる」


「最近?」


「ここ数日で」


「何があったの」


「それが言えたら苦労しない」


 朝霧さんは少しだけ不思議そうな顔をしたあと、小さく笑った。


「面白い人なんだね」


 そう言われると何だか調子が狂う。


 もっと警戒されると思っていた。


 だが、その頭上の数字は変わらない。


 赤く、不気味に。


 まるで俺だけに見える警告みたいに。



 放課後。


 空は夕焼けに染まり始めていた。


 校門を出た朝霧さんの後ろ姿を見つけ、俺は少し離れて歩き出す。


 完全に怪しい行動なのは分かっている。


 でも放っておけなかった。


 商店街を抜ける。


 信号を渡る。


 夕方特有の柔らかな光が街をオレンジ色に染めていた。


 自転車が通り過ぎ、どこかの店から揚げ物の匂いが流れてくる。


 何気ない日常。


 けれど朝霧さんの頭上に浮かぶ数字だけが、この景色から切り離された異物のようだった。


「神谷くん」


 突然呼ばれ、心臓が跳ねた。


 顔を上げると朝霧さんが立ち止まっている。


「やっぱり付いてきてるよね?」


「いや、その……」


「言い訳聞こうか?」


 完全にバレていた。


 当然だ。


 同じ制服の男子がずっと後ろを歩いていれば気付かない方がおかしい。


「ごめん」


「素直だね」


「否定できないから」


 朝霧さんは呆れたようにため息を吐いた。


 けれど本気で怒っている様子ではなかった。


「何がそんなに気になるの?」


「それは……」


 言葉に詰まる。


 頭上の数字が見えるなんて言ったところで信じてもらえないだろう。


 いや、むしろ病院を勧められる。


「友達が心配してるみたいな感じ?」


「まあ……そんなところ」


「変な人だなぁ」


 彼女は苦笑しながら再び歩き始めた。


 俺も隣に並ぶ。


 少しだけ距離を空けながら。



 駅前にある小さな花屋の前で、朝霧さんの足が止まった。


 店先には白いカスミソウが並んでいる。


 夕陽を浴びて、まるで淡く光っているようだった。


「好きなの?」


 俺が聞くと、朝霧さんは少し驚いたように花を見た。


「うん」


「カスミソウ?」


「父が好きだったから」


 その言葉に思わず黙る。


 朝霧さんは花を見つめたまま続けた。


「去年亡くなったんだ」


 風が吹いた。


 花びらが小さく揺れる。


 夕焼け色の空がビルの窓に映り込んでいた。


「ごめん」


「なんで謝るの?」


「いや……」


「大丈夫。もう一年経ったし」


 そう言って笑う。


 だけど、その笑顔はどこか寂しそうだった。


 俺は知っている。


 時間が経っても消えないものがあることを。


 父さんが死んでから十二年経った今でも、俺はあの日を忘れられていない。


「人ってさ」


 朝霧さんが空を見上げる。


「急にいなくなるよね」


 夕暮れの光が横顔を照らしていた。


 その言葉が妙に胸に刺さる。


 俺は何も返せなかった。



 駅の改札前。


「じゃあね、神谷くん」


 朝霧さんが軽く手を振る。


「また明日」


「ああ」


 そう返した直後だった。


 頭上の数字が目に入る。


 俺は息を呑んだ。


 ――2。


 確かに減っている。


 昨日は3だった。


 今は2。


 サラリーマンの時と同じだ。


 背筋が冷たくなる。


 夕暮れの雑踏が遠く聞こえた。


 やっぱり見間違いじゃない。


 数字は減る。


 そしてあの男は死んだ。


 なら。


 朝霧さんも。


「そんなの……」


 思わず拳を握る。


 認められるわけがない。


 もし本当に残り二日しかないのなら。


 何としても助ける。


 理由なんて後でいい。


 俺はもう、大切な人を失うのを見ているだけの子供じゃない。


 そう決意した瞬間だった。


 ポケットのスマホが震える。


 見慣れない番号からのメッセージ。


 首を傾げながら開く。


 そこに書かれていたのは、たった一文だった。


『お前にも数字が見えるのか?』


 全身の血の気が引いた。


 画面を握る指に力が入る。


 誰だ。


 なぜ知っている。


 そして何より――なぜ俺のことを知っているんだ。


 夕暮れの駅前で、俺はしばらく動くことができなかった。

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