誘拐
[5章]
深夜の住宅街に、赤色灯が静かに回っていた。
由美はリビングで、二人の刑事と向き合っていた。
一人は山根刑事という若い男性。
もう一人は三十代半ばほどの白木という女性刑事だった。
「落ち着いてください」
白木が静かに言う。
だが由美は、落ち着ける状態ではなかった。
「夫が春人を連れて消えたんです……!」
「DNA鑑定も……」
由美は震える手で、検査結果を差し出す。
若い刑事はそれを見て、僅かに眉を動かした。
だが。
正直、まだ事件性は薄かった。
夫婦喧嘩。
育児ノイローゼ。
父親の家出。
その範囲にも見える。
深夜一時。
警察内部でも、
“子どもは父親と一緒にいる可能性が高い”
という判断になり始めていた。
山根刑事が、引き上げる準備を始める。
「また連絡が来たら、すぐ――」
その時だった。
ピロンピロン。
由美のスマホが光る。
非通知。
部屋の空気が変わる。
由美は震える手で通話ボタンを押した。
「タケルなの!?」
「今どこにいるの!?」
叫ぶような声。
数秒の沈黙。
そして。
電話の向こうから、タケルの声が聞こえた。
異様なほど冷静だった。
『……由美』
その声に、由美の身体が震える。
『スマホをスピーカーにして』
由美は戸惑いながら、言われた通りにする。
刑事達が一斉に近づいた。
女性刑事が無線へ手を伸ばす。
タケルの声が、部屋へ響く。
『いいか、そこにいる全員よく聞け』
静かな声。
感情が無い。
『今後、俺の言う通りにしないと』
短い沈黙。
『春人を』
『子どもを殺す』
プツ。
通話が切れる。
「っ――!!」
由美が絶叫した。
白木刑事が無線へ怒鳴る。
「犯人から要求がありました!」
「誘拐事件発生!」




