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見破る男  作者: パンジ
6/22

疑問

あれから、三ヶ月が経っていた。


「はい、春人こっちー!こっち見て!」


リビングへ、タケルの明るい声が響く。


カメラのセルフタイマーが点滅している。


テーブルの上には、小さなケーキ。


一本だけ立てられたローソク。


春人の、一歳の誕生日だ。


タケルは春人を抱き上げる。


「たかいたかーい!」


春人が声を上げて笑う。


由美は少し離れた場所から、その様子を見つめていた。


幸せな光景だった。


誰が見ても。


理想の家族にしか見えない。


だが。


由美の心は、ずっと重かった。


あの日以来。


タケルから責められる事は一度も無かった。


疑われる事も。


怒鳴られる事も。


何も無い。


タケルは、以前と変わらない。


優しくて。


明るくて。


春人を愛していて。


由美にも笑いかける。


それが逆に、怖かった。


何度か由美から聞こうとした事はある。


「タケル、あの時の事……」


だがタケルはいつも笑って話を逸らした。


『もういいんだよ』


その笑顔を見るたび、由美は聞けなくなった。


変わった事があるとすれば、一つだけ。


タケルが長期の育児休暇を取った事だった。


最初、由美は監視されるのだと思った。


疑われ続けるのだと。


だが違った。


タケルは家へ居る時間が増えるほど、自分の部屋へ籠るようになった。


パソコン。


ノート。


大量の資料。


時折、何かを調べているらしい。


しかし、由美が入ると、すぐ画面を閉じる。


だがタケルは笑う。


『仕事の勉強だよ』


その笑顔が、由美には怖かった。


もしかしたらタケルは。昔の話をしたがらないように


今の生活そのものを、心の中から消そうとしているんじゃないか。


そんな嫌な予感が、ずっと胸に残っていた。



数日後。


由美のスマホが鳴った。


画面には、“愛美”の名前。


「もしもし?」


『由美ー?』


明るい声だった。


愛美。


学生時代からの友人。


数少ない、“何でも話せる相手”。


『久しぶりにランチ行かない?』


由美は一瞬、言葉に詰まる。


窓の外を見る。


リビングでは、タケルが春人へ絵本を読んでいた。


だが由美の胸には、まだ重いものが残っている。


「うーん……」


『なによその反応』


愛美が笑う。


「ちょっと予定確認してみる」


本当は違った。


由美は迷っていた。


――外出して大丈夫なの?


そんな事を思ってしまう自分がいた。


その日の夕食。


タケルは春人へ離乳食を食べさせていた。


由美はタイミングを見ながら口を開く。


「今日、愛美から連絡あって」


タケルが顔を上げる。


「ランチ誘われたの」


一瞬だけ沈黙。


由美は無意識に、タケルの反応を待っていた。


だがタケルは、少し笑っただけだった。


「わざわざ僕に断る必要ないよ」


「気にせず楽しんで来なよ」


由美はその言葉を聞いた瞬間、心の底から安堵した。


「……ほんと?」


「うん」


タケルは春人へスプーンを向けながら頷く。


由美は胸を撫で下ろす。


あの日から三ヶ月。


仕事。


家事。


育児。


それ以外の事を、何もしていなかった。


自分もまた。


ストレスに押し潰されそうになっていたのだと気づく。


そして翌日。


由美は久しぶりに外出の準備をした。


玄関で靴を履く。


タケルは春人を抱いたまま、いつもの笑顔で見送る。


「いってらっしゃい」


由美は少しだけタケルを見る。


本当に大丈夫なのだろうか。


そんな不安が、一瞬胸をよぎる。


だがタケルは、ただ穏やかに笑っていた。


由美は春人の頭を撫でる。


「いい子にしてるのよ?」


春人が小さく笑う。


由美はそのままドアを開け、外へ出て行った。


タケルは静かにドアが閉まる音を聞いていた。



ホテルの喫茶店は静かだった。


窓から柔らかな光が差し込んでいる。


「由美ー!」


愛美が大きく手を振る。


由美は思わず笑った。


「久しぶり」


学生時代から変わらない。


愛美は明るく、人懐っこい。


由美は席へ座る。


すると愛美がすぐ顔を覗き込んだ。


「なにその顔」


「悩み事?」


由美は苦笑する。


「色々あって……」


二人は昔から、何でも話してきた。


だから由美は、アキラとの事も愛美だけには打ち明けていた。


愛美も、自分の不倫を隠さない。


コーヒーが運ばれてくる。


愛美はストローを回しながら聞いた。


「で?」


「タケル君にバレたの?」


由美は静かに頷く。


「……でも、全然怒らないの」


愛美が眉をひそめる。


「それ、逆に怖くない?」


由美は小さく笑った。


「怖い」


「タケル、何考えてるか分からないの」


愛美は少し考え込み、冗談っぽく笑う。


「もしかしてタケル君も浮気してたりして」


「だってあんな優良物件だよ?私が不倫したいわ」


由美は吹き出す。


「変な冗談やめてよ」


いつのまにか、夕方になっていた。


ホテルを出た二人は、駅へ向かって歩いていた。


「久しぶりにいっぱい話したねー」


愛美が伸びをする。


由美も少しだけ笑った。


その時だった。


突然、愛美が由美の腕を掴む。


「お願い、もう一軒だけ!」


「えぇ?」


「いいから!」


半ば強引に連れて行かれたのは、駅前のバーだった。


薄暗い店内。


低い音楽。


由美は時計を見る。


帰宅時間が気になって仕方ない。


「ごめん、やっぱり私……」


席を立とうとした瞬間。


愛美が、無表情な目で由美を見た。


「……何をそんなに怖がっているの?」


由美の動きが止まる。


愛美はグラスを回しながら続けた。


「タケル君?」


「それとも、自分の気持ち?」


由美は何も言えなかった。

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