疑惑
夕方。
タケルはワゴン車へ乗り込み、帰路につく。
窓の外では横浜の夜景が流れていた。
その時だった。
ふと。
タケルの脳裏に、アキラが最後に言った言葉が浮かぶ。
『床に映る光まで計算したデザインは、もはや芸術だってなぁ!!』
タケルの表情が止まる。
ステンドグラス・・・
タケルの目が大きく開く。どうして・・。
信号が青へ変わる。
だが。
タケルの車は動かなかった。
後ろからクラクションが鳴る。
一回。
二回。
三回。
それでもタケルは、ハンドルを握ったまま微動だにしない。
顔から血の気が引いていく。
「そんな……」
タケルの喉から、掠れた声だけが漏れた。
深夜0時。
タケルはようやく自宅へ戻った。
住宅街は静まり返っている。
窓の灯りもほとんど消えていた。
車を降りる。
タケルの足取りはふらついていた。
手には、半分以上空になったウィスキー瓶。
玄関へ近づいた瞬間。
ドアが勢いよく開く。
「ちょっと!」
由美だった。
慌てて飛び出してくる。
「こんな時間まで何してたの!?」
「電話も返さないし!」
由美は心配そうにタケルを見る。
だが。
タケルは何も答えない。
「……一人で酒飲んでた」
それだけ言う。
アルコールの匂いが強かった。
タケルは靴も揃えず、そのままリビングへ入っていく。
「ちょっと、その状態で運転してきたの?」
「ねぇ、聞いてる?」
由美が後を追う。
タケルはソファへ崩れ落ちるように座った。
ぼんやり虚空を見つめている。
由美はタケルの手からウィスキー瓶を取ろうとした。
その瞬間。
バシッ。
タケルは大きく腕を振り払った。
「っ……!」
由美が固まる。
出会ってから今まで。
タケルが由美へ暴力を振るった事など、一度も無かった。
だが。
タケルは謝らない。
由美は怯えたように数歩下がる。
それでも視線は逸らさなかった。
「何があったの?」
声が震えている。
「ちゃんと説明して」
タケルはゆっくり顔を上げた。
目が虚ろだった。
そして。
静かな声で言った。
「……アキラさんってさ」
「この家に来たの、完成した時だけだったよな?」
由美の眉が動く。
「……それがどうしたのよ」
「今日、アキラさんが言ってたんだよ」
「うちのステンドグラスの光を取り込んだデザインが芸術だって」
由美の表情が止まる。
「床に映る光まで計算してるって」
沈黙。
由美は口を開く。
「……それが」
だが。
その言葉の途中で、固まった。
タケルはソファに座ったまま、ゆっくり顔を上げる。
そして。
どこか壊れたように、薄く笑った。
「……三年前の夏」
「この家が完成した時」
タケルは虚ろな目でステンドグラスの窓を見る。
「材料が間に合わなくて」
「最初は、普通の透明な窓だったよね?」
由美は何も言わない。
タケルは続ける。
「けっきょく、ステンドグラスが完成したのは冬だった」
由美が言葉を遮る。
「まだアキラさんとの事、疑ってるの!?」
その声には、怒りと悲しみが混ざっていた。
「昨日、何もないって説明したじゃない!」
沈黙。
タケルはゆっくり由美を見る。
「なら、どうしてアキラさんはステンドグラスのことを知ってる?」
由美の呼吸が浅くなる。
「それは……」
タケルは言葉を重ねる。
「この家に来てるからじゃないのかい?」
次の瞬間。
パシンッ!!
由美の平手が、タケルの頬を叩いた。
「いい加減にして!!」
由美の目には涙が浮かんでいた。
「アキラさんには、写真を見せただけよ!」
「どうして私を信じられないの!?」
タケルはそれでも由美から目線をそらさない。
「写真? あの人が、写真を見ただけで芸術なんて表現するかな?」
由美は何も言い返さない。
かわりに由美は荒く息をしながら立ち尽くす。
その後ろでは、春人が目を覚まし、小さく泣き始めていた。
由美は慌てて春人を抱き上げる。
そして。
タケルを睨むように見たあと、そのままリビングを出ていった。
向かった先は、自分のアトリエだった。
ドアが閉まる音。
春人の泣き声。
タケルは後を追わなかった。
ただ。
ソファに座ったまま。
ステンドグラスの窓を見つめ続けていた。




