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見破る男  作者: パンジ
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2/22

嫉妬

帰りの車内。


アルコールを飲んでいない由美がハンドルを握っていた。


湘南の夜景が、フロントガラスの向こうをゆっくり流れていく。


ラジオは小さくKポップを流していた。


「楽しかったわね」


由美が笑う。


だが助手席のタケルは、どこか浮かない表情。


窓の外を見たまま、小さく息を吐く。


「なんかさ」


「現実見せられた感じだよ」


「現実?」


由美がちらりとタケルを見る。


「僕が、いくら営業トップでもさ」


タケルは苦笑する。


「今日いた人達には全然敵わないなって」


投資家。


経営者。


それにアキラ。


自分とは違う世界の人間達。


由美は呆れたように笑った。


「なに言ってるの」


片手で軽くタケルの肩を叩く。


「タケルは全然負けてないわ」


タケルは小さく笑う。


その横顔を見ながら思う。


自分の妻ながら、今日も綺麗だ。


黒髪のショートボブ。


笑うと少し幼く見える目元。


出産をしてからも何も変わらない。


その時だった。


ふと。


タケルの頭に、さっきの光景が浮かぶ。


夜風の吹くバルコニー。


由美の笑顔。


アキラさん。


タケルはなるべく自然を装って尋ねた。


「そういえばさ」


「ん?」


「バルコニーでアキラさんと何話してたの?」


由美は少しだけ考える。


だがすぐに笑った。


「うーん……」


「昔の仕事の話だったかな」


「別に大した話じゃないわ」


タケルは「ふーん」とだけ返した。


だが。


その表情には、小さな疑いが残っていた。


「……何よ?」


由美が笑いながら横を見る。


「どうしたの?」


タケルは少し迷ったあと、小さく口を開いた。


「いや……」


「なんか、雰囲気良かったからさ」


由美が一瞬きょとんとする。


「アキラさんと」


タケルは続ける。


「なんか、距離近かったし」


そこまで言って、タケルは黙り込む。


自分でも子供っぽいと思った。


数秒後。


由美は吹き出した。


「なにそれ!」


肩を震わせて笑う。


「もしかして妬いてるの?」


タケルはむっとする。


「だってさ……」


だが由美は笑いが止まらない。


「やだもう」


「タケルってほんとわかりやすい」


「いや、別に……」


タケルは視線を逸らす。


由美はまだ笑っていた。


その笑い方は、タケルの知っているいつもの由美だった。


その時。


「しまった!ベビーシッターに間違えた時間を伝えた!」


タケルが慌てる。


「えぇ!?」


由美も慌てる。


車内の空気が一気に変わる。


「ごめんごめん!」


タケルが慌てて頭を抱える。


「パーティー終わる方の時間を教えちゃった!」


由美はハンドルを握ったまま呆れた顔をする。


「いつになったら、しっかりしてくれるのよ……」


タケルは返す言葉がなかった。


ただ。


少しだけ。


さっきまで胸に残っていた違和感が、薄れている事に気づいていた。



車は深夜の住宅街へ入っていく。


やがて、タケル達の家が見えてきた。


白い外壁。


大きな窓。


吹き抜けのあるデザイナー住宅。


車を停めると、二人は慌てて玄関へ駆け込んだ。


「ごめんなさい!!」


タケルが頭を下げる。


ベビーシッターは冷たい目で二人を見る。


そして無言でベビーベッドを指差した。


「十分前ネタトコロ」


カタコトの日本語。


「サワガナイ」


「はい……」


タケルは小さくなる。


多めのタクシー代を受け取ったベビーシッターが帰り、玄関のドアが閉まる。


家の中に静けさが戻る。


二人はそっとベビーベッドへ近づいた。


小さな寝息。


柔らかな頬。


小さな手。


春人は静かに眠っていた。


タケルは思わず顔を緩める。


「かわいいなぁ……」


そっと触ろうと手を伸ばす。


「起きるでしょ」


由美が小声で止める。


「いや、ちょっとだけ……」


「ダメ」


タケルは渋々手を引っ込める。


だが。


二人とも笑っていた。


ほんの少し前までの不安も違和感も、今はどこか遠く感じる。


その夜。


二人はキングサイズのベッドの中にいた。


間接照明だけが灯る寝室。


窓の外では、遠くの車の音が微かに聞こえる。


タケルは枕へ寄りかかりながら、スマホでネットニュースを眺めていた。


その時だった。


突然。


由美が、スマホとタケルの顔の間へ割り込むように頭を突っ込んできた。


「ねぇ、タケル?」


目の前に由美の顔。


黒髪が頬へ触れる。


由美はわざとニヤニヤしながらタケルを見ていた。


タケルは平静を装う。


「……なに」


由美は楽しそうに笑う。


「さっきの話、もういいの?」


「さっきの話?」


タケルが聞き返す。


「アキラさんとバルコニーにいた事よ」


タケルは一瞬、言葉を詰まらせた。


「それは……」


由美はその反応を見て、さらに笑う。


まるで面白いおもちゃを見つけた子供みたいに。


そして、そのままタケルへ体重を預ける。


柔らかい髪が首元へ触れる。


由美は耳元で、小悪魔みたいに囁いた。


「タケルったら、ヤキモチ妬いちゃったんだもんね」


「かわいい♡」


「やめろって……」


タケルは恥ずかしくなり、由美を引き剥がそうとする。


だが由美は離れない。


逆に、タケルの頬へ両手を添えた。


そして真っ直ぐ目を見つめる。


「馬鹿ね」


由美が小さく笑う。


「私が愛してるのは、タケルだけよ」


タケルは何も言えなかった。


由美の目は、嘘を言っている時の顔じゃなかった。


タケルはゆっくり目を閉じる。


そして、そのまま由美へ唇を重ねた。


窓の外では、静かな夜が続いていた。

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