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見破る男  作者: パンジ
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プロローグ

住宅街に、白いワンボックスカーが滑り込んだ。


助手席から降りた青年は、


ネイビーのスーツの襟を整え、


新しい玄関扉の前で深く息を吸った。


伊藤タケル、三十歳。


横浜の不動産会社に勤める営業マンだった。


タケルは振り返り、


後部座席の家族に柔らかく微笑む。


「こちらです。まずはリビングへどうぞ」


新築特有の木の香りが、


訪れた家族を優しく包んだ。


小学生の男の子が目を輝かせ、


夫婦も思わず感嘆の声を上げる。


タケルはそんな彼らの反応を丁寧に観察しながら、


穏やかに言葉を続けた。


「ここなら、二人目のお子さんが大きくなっても十分に遊べますよ」


金額の壁を感じて困ったような奥さんの表情に、


タケルは笑顔で空気を変えた。


突然リビングの床に大の字に寝転がり、家族を誘う。


「えっ?」


「家族が川の字に寝ても、これだけ余裕があるんです」


夫婦が恥ずかしそうに横になると、


タケルは静かに言った。


「家は、家族が毎日帰る場所ですから。投資する価値があると思うんです」


夫婦の表情が、少しだけ明るくなった。


夕方。


店舗に戻ったタケルは今日も契約を決め、


店長から肩を叩かれた。入社五年目で横浜エリアの売上トップ。


彼には特別な営業トークがあるわけではなかった。


ただ、人の懐に自然に入り込む才能があった。


顧客も同僚も、気づけば心を許してしまう。


ただ一つ、難点があった。


家庭を優先しすぎることだ。


郊外の白を基調としたデザイナー住宅には、


妻の由美と一歳になる息子・春人が待っている。


由美が設計したその家を、タケルは何より愛していた。


夕方、帰宅準備をこっそり始めたタケルに、後輩が小声で声をかける。


「先輩、また早いですね」


「今日はホームパーティーなんだ。遅れると由美に怒られるからな」


午後六時。定時のチャイムと同時に、タケルは爽やかに店を出た。


白いワゴン車に乗り、鼻歌を歌いながら夜の横浜を走る。


夜七時三十分。


タケルのワゴン車は、湘南エリアの高級住宅街へ入っていた。


海沿いの緩やかな坂道。


街灯に照らされた並木道。


その一角に、まるで別世界のような邸宅が立っている。


真島アキラ邸。


高い塀。


黒いアイアンゲート。


ガラス張りの二階。


庭には間接照明付きのプールまで見えた。


空気そのものが違う、そんな家だった。


タケルは車を降りる。


スーツの襟を軽く直し、インターホンを押した。


数秒後。


低い電子音と共に、鉄の門がゆっくり開く。


真島アキラ、タケルより十歳ほど年上。


複数の事業を手掛ける実業家という肩書だが、実際は何をやっているかよくわからない。


派手で、人脈が広く、金払いもいい。


元々は、タケルの妻・由美がデザイナーとして独立する前、取引先として知り合った人物。


由美が会社を辞めフリーになった後も、仕事上の付き合いは続いている。


今夜も、アキラ主催のホームパーティーへ招かれていた。


集まるのは、経営者やクリエイターなどの超お金持ち。


タケルから見れば、住む世界が違う人達だった。


タケルは小さく息を吐きながら、ライトアップされた庭を歩いていく。


窓の向こうでは、既に何人もの男女がグラスを片手に談笑していた。


笑い声。


ジャズ。


アルコールの匂い。


家へ入ると、そこは別世界。


吹き抜けの高い天井。


巨大なシャンデリア。


ガラス張りのワインセラー。


奥にはアイランドキッチン付きの広いダイニング。


十人以上の男女が、グラスを片手に談笑していた。


年齢層はやや高め。


経営者。


投資家。


有名建築家。


それにハリウッド女優のようなドレスを着た女性。


服装も、時計も、纏う空気も違う。


いかにも“金を持っている人間達”だった。


やっぱり場違いだな。


そんな事を思う。


すると。


タケルが周囲を見渡すより先に、後ろから腕を引っ張られた。


「ちょっと」


小さな声。


振り向く。妻の由美だった。


タケルより二歳年上。


黒髪のショートボブ。


落ち着いた服装なのに、どこか少女っぽい雰囲気が残っている。


年齢より若く見える顔立ちをしていた。


由美はタケルのスーツの襟を掴み、小声で怒る。


「ちょっと!なんでまだ会社のベスト着てきてるのよ!」


タケルは自分の胸元を見て固まった。


「あ……しまった。着替えるの忘れてた」


由美は額を押さえ、呆れたようにため息をつく。


「あんた一人だけ完全に浮いてるじゃないの!」


主催者の真島アキラが豪快に笑いながら現れ、タケルの肩を抱いた。


「紹介します!横浜中の家を売りまくってる超有能営業マンのタケルです!」


「数年後には不動産王になっているかもしれません。

皆さま、よく覚えておいてください!」


会場が笑いに包まれる、


そして、タケルはいつものように自然と輪に溶け込んでいった。


パーティーが始まって、二時間ほど経っていた。


ダイニングの空気は、さらに賑やかになっている。


笑い声。


グラスの音。


アルコールで赤くなった顔。


タケルは、参加者達と笑顔で名刺を交換していた。


その時だった。


ふと。


タケルは由美の姿が見えない事に気づく。


「あれ……」


タケルはグラスを持ったまま周囲を見渡した。


いない。


そして。


ガラス越しのバルコニーで、人影が見えた。


由美が、夜風に髪を揺らしながら誰かと話している。


タケルは自然とそちらへ歩き出す。


だが。


数歩進んだところで、足が止まった。


違和感。


由美の表情に、思わず視線を細める。


由美が笑っている。


柔らかく。


口元を緩めながら。


だが。


タケルが今まで知っている笑顔と、少し違う。


甘えるような目。


相手を見上げる仕草。


どこか距離が近い。


タケルの胸に、小さなざわつきが走る。


……誰だ?


タケルは気づかれないよう、反対側へ回り込む。


ガラス越しにバルコニーを見る。


そこにいたのは――


真島アキラ。


片手にグラス。


ラフに笑いながら、由美と談笑している。


タケルは立ち止まる。


別におかしな光景じゃない。


アキラは元々、由美の仕事関係だ。


付き合いも自分より長い。


それでも。


タケルはなぜか、二人の間へ入れなかった。


夜のバルコニー。


笑う由美。


その横顔を見つめるアキラ。


タケルの胸の奥に。


説明のつかない胸騒ぎだけが、静かに残った。

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