心理
取調室のドアが開く。
田中刑事が、重い足取りで廊下へ出てきた。
その瞬間。
壁にもたれていた男が顔を上げる。
吉井刑事だった。
ボサボサの髪。
無精髭。
「……裏で聞いてたのか?」
吉井は小さく頷いた。
「愛美」
「共犯の可能性あるな」
田中の手が止まる。
「どうしてそう思う?」
吉井はタブレットを差し出した。
「ここ一ヶ月」
「愛美名義で、レンタカーとウィークリーマンションが複数契約されてる」
画面には契約記録がずらりと並んでいた。
「タケルは多分、それを利用して隠れている」
田中が資料を見る。
静かに頷く。
「……なるほどな」
「それに」
田中が続ける。
「タケルと春人が消えた日」
「愛美は、由美と会っていた」
吉井が田中を見る。
「ただの人質って感じじゃないよな」
しばらく沈黙が流れる。
吉井がぽつりと言った。
「それにしても……」
「タケルがここまでする意図が分からん」
田中は煙草へ火をつける。
「まあ普通なら」
煙を吐く。
「妻か浮気相手に直接、危害を加えて終わりだろうな」
「もしくは無理心中か」
「だが、あいつは妙に回りくどい」
吉井は苦笑する。
「わざわざ警察をあおり、爆弾まで使う」
「意味分かんねぇな」
田中は黙っていた。
そして小さく呟く。
「……常人には理解できない何かに執着してるんだろうな」
吉井が顔を上げる。
「由美に会わせてもらえないか?」
「タケルの考え、少し理解できるかもしれん」
田中は吉井を見る。
「その前にシャワー浴びてこい」
「臭ぇぞ」
吉井はボサボサの頭を掻きながら笑う。
タケルの自宅。
二階のゲストルーム。
カーテンは閉められ、部屋には薄暗い空気が漂っていた。
由美はソファへ座っている。
顔色は悪く、髪も乱れていた。
ここ数日で、一気に痩せたように見える。
向かいには吉井刑事。
軽く挨拶を交わしたあと、吉井は早速口を開こうとした。
だが。
由美の方が先だった。
「……これ以上、何なんですか?」
由美が吉井を睨む。
「私は全部話したはずです!」
「だったら早く春人を探してください!!」
叫び声に近かった。
由美は、完全に精神の限界へ近づいていた。
だが。
吉井は表情一つ変えない。
「今、聞きたいのは」
「あなたの気持ちの方です」
由美が息を呑む。
吉井は静かに続けた。
「一つ目の質問です」
「あなたは」
「夫のタケルさんを、心のどこかで見下していた」
「違いますか?」
由美の身体が、ぴくりと反応する。
「そんな……」
「そんな事ないです」
吉井は淡々としている。
「失礼ですが、調べさせて頂きました」
「年収も、育った環境も、社会的立場も」
「由美さんの方が上だ」
由美が顔を強張らせる。
「男は意外と気にするものですよ」
由美は少し強い口調になる。
「だからって」
「私は彼を責めた事なんて――」
「二つ目の質問です」
吉井が言葉を遮った。
「由美さん」
「本当は、タケルさんを信用していなかったんじゃないですか?」
由美の言葉が止まる。
「それは……」
吉井は静かに続ける。
「仕方ないでしょう」
「タケルさんは、自分の過去を一切明かそうとしない」
「しかも、それが原因で離婚寸前にまでなったとか?」
由美は俯く。
何も言い返せない。
吉井の声だけが静かに響く。
「あなたが浮気を続けた理由」
由美がゆっくり顔を上げる。
「……タケルの隠しているものが、怖かったからなんじゃないですか」
「だから、自分だけが“信じる側”になるのが嫌だった……とか?」
長い沈黙。
やがて。
由美は小さく頷いた。
「……だとしても」
涙声だった。
「タケルは、どうしてこんな事を……」
吉井は窓の方を見る。
そして、低い声で答えた。
「それは、わかりません」
「でも、タケルが隠していた扉を」
「あなたが開いてしまったという事でしょう」




