第三十二話 円陣
響く獣の遠吠えと、ざわめく森の不穏な影に満ちた夜闇の中で。
不安そうに辺りを見回すハロウェの手を、今一度しっかりと握り直します。
家のドアにも鍵をかけてから、周囲の警戒に当たっている皆へ声をかければ、そう時間もかからずに集合することができました。
「あなたは……見つけたんだな、カヤさん」
「ええ。彼女がハロウェ。私の話していた冒険者で、間違いないです」
「すごいな、まさに君の読み通りじゃないか」
「えっと……何? どういうこと?」
こちらへ駆け寄って来てくれたヨウハさんと、エンデさんの様子を見て困惑した様子のハロウェ。
彼女がほんの少しだけ心を開いてくれたことは確かですが、事情の説明は終わっていません。
ひとまずは簡易的にでも、状況を説明すべきでしょう。
「ハロウェちゃんで、いいんだよね?」
「え、ええ……そうだけど」
「私はシャラ。詳しい説明はあとでするけど、今夜この辺りは危険なんだ。今すぐにここから脱出しないと、魔物の大群に飲み込まれちゃうよ」
「それって……まさかスタンピード? だったら、なんで……」
そう言って彼女はこちらを向いて、随分と訝しげな顔をしました。
言葉は途中で途切れていますが、言いたいことはわからないでもありません。
この辺りが危険地帯だとわかっているのなら、どうしてわざわざ踏み込んできたのか。その答えはわかり切っていますが、伝えなければ伝わりようがありません。
「目的は既に達成しました、ハロウェ。あなたが生きていてくれたおかげで」
「まさか……カヤあなた、バカじゃないの!?」
ハロウェはそういって私に掴みかかりますが、それっきり勢いを失ってしまいました。彼女もわかっているのでしょう、私たちが今すぐに駆け付けなければ、この家がどうなってしまっていたか。
家の中で私を待っていた、ハロウェ自身がどうなってしまっていたか。
「……ありがとうなんて、絶対言わないから」
「それで構いません。今はただ、生きて帰る方法を考えましょう」
俯いて、目線を外したハロウェの顔に映るのは、自責の念なのかもしれません。
出来る事なら、これは私のわがままでハロウェは何も悪くはないのだと、そうやって説明して見せたいところではあります。
ですがもう、時間が無いのです。一刻も早く脱出しなければ、私たちはスタンピードの到達と同時に、命を落とすことになる。
「さて、今から全力で走って帰る以外に、なにかアイデアはあるか? リーダー」
「リーダー? ああ、そうだね。今はカヤちゃんがリーダーだ」
言いながらエンデさんとシャラさんは、軽くストレッチを始めてくれています。
ヨウハさんも決意に満ちた顔で私を見て、一歩歩み寄ってから一言。
「前は俺が切り開く。今からどうするかは、あなたが決めてくれ」
そんなことを言われてしまっては、不安など抱きようがありません。
頼もしき仲間たちの激励を受けて、もたついてなどいられません。
例え、私の決断が皆の生死を分けるとしても、悩んでいる時間などありません。
それでも、たとえそうだとしても……。
「でしたら、少しだけ時間をください」
これだけは絶対に、今やっておかなければいけないことだから。
「ハロウェ」
「……なによ」
「やっぱり私たちは、仲間でいるべきだと思います」
「……突然、なによ」
私がそう言って、隣に立つハロウェの手を握った瞬間、彼女は一瞬眼を見開いて、私から目を逸らしてしまいました。それでも、彼女がもう一度、私の方を見てくれるまで……私は言葉を続けなければいけません。
「ありがたいことに、私には、今こうして仲間でいてくれる方々がいます。ヨウハさん、エンデさん、シャラさん。そして、できることならハロウェにも、ずっと仲間で居てほしいと思っています」
「そんなの、私じゃなくてもいいってことじゃない」
「……そう、見えますか? 私がハロウェ以外でもいいと、そう言っているように見えますか?」
そんな言葉をかけてみせても、ハロウェは私から目を逸らしてしまいます。
どうしようもなくも寂しい顔をして、それでも強がろうとしているように見えます。
その寂しさに蓋をして、何も見ないようにしてしまっても、ハロウェは生きていけるのかもしれません。
ですがそれは、この場を切り抜けることができればの話です。
「ハロウェ。たとえあなたがそれを望まないとしても、この作戦には、あなたの協力が不可欠なんです」
「……どういうこと?」
「今からみんなに説明します。だから今だけはどうか、私の話を聞いてください」
たとえあなたが望まないとしても……。
ハロウェに生きていてもらうためには、こうするべきだと知っています。
だからどうか、今だけは、私の言葉に耳を貸してください。
「皆さん、お待たせしました。今から作戦を説明します」
そうやって見渡した、仲間たちがこちらへ頷いてくれたことを確認して。
私は大きく息を吸い、本当に馬鹿馬鹿しく思えるほど、単純な作戦を説明します。
「今から全員、全力で、街まで走って帰りましょう」
「ちょっとカヤ……正気なの!?」
そういってハロウェは私に詰め寄りますが、私はあくまで堂々と、真っ直ぐにハロウェの顔を見ます。
彼女は意味が分からないと言った様子で、不安そうに目を逸らしますが、おかげで気がついてくれたようです。
他の三人が、全くもって動揺していないことに。エンデさんの質問を丸切りなぞった私の発言を、現実的な案として受け入れてくれていることに。
「悪くないアイデア……だよね? エンデ氏」
「まあ、少なくともここでじっとしてるよりはいいだろ」
そうやって頷く二人は知っています。
目的地を定めて以来、私たちがどのようにしてこの場所へ駆け付けたのか。
この家に駆けつけるにあたって、私が何を使ったのか。
「まずは、肉体疲労を軽減する癒術を使います。みんな、手を重ねてください」
そうやって、私が目の前に手を差し出せば、その場に円陣を組むように、皆が順番に手を重ねてくれます。
それでもハロウェはまだ躊躇しているようです。
彼女の言いたいことはわかります。今から走っていくよりも、家の方に籠城していたほうが安全な可能性もありますから。
それでも今回のスタンピードには、地形を作り変える魔物が居ると言う話ですから……そういったヤツらに見つかってしまえば、生き延びることは難しいでしょう。
だから私はハロウェを見ます。
彼女の不安を拭ってみせるように……決して迷いを見せぬように。
「お願いです、ハロウェ。私を信じて」
瞬間、彼女の不安そうに揺れた眼は、ただ一点を見張るように。
迷いの色を捨てたハロウェは、私たちの円陣に加わり、手を重ねました。
私は握った杖に意識を集中し、魔術を練り上げ始めます。
「自然に漂う無垢なる魔力よ。巡る地脈と我が身を繋ぎ、揺ぎ無き活性の法を成せ――! 強壮陣!」
瞬間、指先から皆々全身を駆け巡って瞬く、若草色の魔力の光。
私の癒術が全員に行き渡ったら、順番に役割を説明しましょう。
中でも、ハロウェの役割は、全員の命運を決めかねないものです。
ですが、私は信じています。
ここまで一緒に来られたみんななら、きっとこの困難も切り抜けられるはず。
素直になれない彼女だって、きっとみんなに応えてくれるはず。
「それでは、役割を説明します――」
歪でもいい、間に合わせでもいい。
あるいはもういっそのこと、この場だけの一時的なものでもいい。
それでも確かに自分たちが、確実に役割を果たすことができたなら。
全員が、確かな信頼を結ぶことができたなら――。
絶対に、全員で生きて帰れると。
心の底から信じられたら――後は走って、帰るだけ、です。




