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第三十三話 たどり着け

 ごうごうと音を立てて風を受ける松明の炎を携えながら。

 迫る樹木や茂みの群れを躱すように全速力で森の中を突っ切り、五人分の足音の他に、獣たちの駆ける音が混じり始めた夜闇を走り続けます。


 既にかなりの距離を走り抜けたこともあり、気配はすでにあちこちで蠢いています。

 それがスタンピードから飛び出したごく一部なのか、あるいはすでに本隊が私たちを補足しているのか、私たちにはわかりません。

 それでも一度飛び出してしまった以上、足を止めれば襲われるだけ。

 であれば、仲間たち全員の無事を祈りつつ、精神を研ぎ澄ませて進み続けるしかありません。


「らあああっ!」


 私のすぐ目の前には、進路を妨げる障害物に向け、両手の剣を振るいながら走るヨウハさんの姿があります。

 彼は宣言通りに先頭を引き受けて、文字通り道を切り開いてくれています。

 私たちは彼の通った道をそのままなぞるように、隊列を組んで走り続けます。


「後ろの気配が増えてきた! そろそろ何匹か来そうだぞ!」


 殿しんがりを引き受けるエンデさんから声が掛かっても、ヨウハさんは動じず、前へ前へと進み続けます。事前に打ち合わせていた通り、後方の脅威に応ずるのは彼ではありません。

 そう思って私は横を向き、目線で合図を送ります。


「結構な距離は稼げたけど、しょうがないね……出番だよ! ハロウェちゃん!」

「くっ……わかったわよ!」


 私のすぐ横を走るシャラさんに、ピッタリと背中を合わせながら……。

 背負い袋を破いて作り上げた即席のハーネスに、固定される形で背負われたハロウェが、不服そうに杖を構えます。


「極海より来たりし凍てつく魔力よ!」


 言うまでもなく、全速力で移動しながら魔法を使うのは至難の業です。

 であれば、最初から自分の足で走らなければいい。そんな乱暴な考えの元、ハロウェはシャラさんに背負われる形で、魔法を作り上げます。

 

「この身をしるべの岩礁と成し、今冷厳なる氷海の一波を浴びせよ! 氷撃波ッ!」


 彼女が魔法を放ったことを直感し、背後に少し目をやれば、突如として現れた輝く大波が、私達の背後を走り、草木や枝葉を飲み込んで氷結します。


「ねぇ! やっぱりこれ以外の方法ってなかったの!?」

「いやーまあ、走りながら魔法撃つならこれが一番でしょ?」

「だとしても……もう!」


 ハロウェその足を投げ出すようにバタバタと振りながら、不満の意思を露わにしていますが、実際のところ、この戦略は想像以上に有効でした。

 彼女の得意とする氷術――氷撃波は、進路上の全てを氷結させるだけでなく、そこから創り上げた氷の波が、敵の進行を阻塞する効果もあります。

 広範囲をなぎ倒し、障害物すら作り上げることのできる彼女の魔術は、今回のような状況では、それはもうとんでもない頼もしさです。


「今ので追手は大体やったらしい。俺の出る幕はなさそうだ」

「本当ですか!? すごいじゃないですか、ハロウェ!」

「ぐっ……それでもやっぱり納得できないわ。なんで私がこんなこと……」


 エンデさんの報告を受けて、歓喜する私と、やり辛そうに呻くハロウェ。

 疾走しながらのやり取りでは、彼女の表情を伺うことはできません。

 それでも勘違いでなければですが、ハロウェは自分の働きが認められて、ほんの少しだけ嬉しそうな声色をしているように思います。


「それでも、こんな無茶な作戦、うまくいくかわからないんだからね!」

「もちろんです。だから、全員全力を尽くすんですよ」


 実際のところ、私たちは既にかなりの距離を走り続けていました。

 今回の作戦の肝となる重要地点まではあと少し。

 それでもやはり、押し寄せる獣たちの気配は勢いを増しているように思います。


「前から敵だ! 気を付けろ!」


 ヨウハさんの声で前方に意識をやれば、彼は既に前から来たイノシシのような魔物を切り伏せていました。

 前方から樽のように転がる魔物の死骸を大きく避けて、エンデさんに目配せすれば、彼も速度を上げて前方へ向かってくれます。


「後ろからも、もう少しで何か来そうです!」

「オッケー! それじゃあよろしくハロウェちゃん!」

「っ……極海より招かれし凍てつく魔力よ――!」


 前で行われている戦闘と、後ろの魔物の気配に対して、十分に警戒できるのは私だけ。

 直接戦闘に参加できないとしても、働きようはあるはずです。


「前方右、一体来ます!」

「了解! このエンデに任せろ!」

「シャラさん! 回避を!」

「うおっと! 危なかった、ありがと!」

「左から三体! やれますか!?」

「やってみる!」

「ハロウェ! 援護を!」

「無茶言うわ! 極海より招かれし凍てつく魔力よ――」


 一体どれだけ走ったのでしょうか。

 進めば進むほど、追撃は激しくなっていきます。

 そのうちに魔物が押し寄る魔物の数も増えて、進む速度も落ちていきます。

 それでもこの場の皆々は、決して闘志を失わず、前へ前へと進み続けます。


「ぐっ! 剣が!」


 魔物の突撃を受けて、勢いを流しきれず、ヨウハさんが剣を取り落としました。

 彼が追撃を受けそうになっていることに、すぐ横のエンデさんは気づいていません。


「エンデさん! 武器を!」


 だから私はがむしゃらに叫んで援護の指示を送ります。


「了解! 俺の剣を使え!」

「助かる!」


 エンデさんがその腰に携えたもう一本の剣を投げ渡したところで、後ろを見やれば。

 背後の茂みを掻き分けて、狼の魔物が飛び出そうとしています。

 警戒の指示が遅れたせいか、彼女は体制を崩します。

 それでも、背中のハロウェが魔法を準備していました。


「――撃ち抜け! 雹擲弾ひょうてきだん!!」


 的確に放たれた氷のつぶてを受けて、攻撃を試みた魔物は背後に転がります。

 それでも魔物の追撃は止まず、私たちは次第に疲弊していきます。

 一体どれだけ走り続ければ、目的地にたどり着けるのでしょうか。

 わかりませんが、戦闘に参加していない私が、先に折れるわけにはいきません。


「川が見えてきたぞ!」


 直後に響くエンデさんの声。

 前方に目をやれば、木々の隙間から微かな水面が姿を現しました。

 どうやら、目的地はすぐそこであるようです。

 であれば、あとはもう、作戦通りにやるだけです。

 事前に想定した作戦の通りに、やれることを祈るだけです。


「ハロウェ! 準備を!」

「はいはい! 極海より招かれし凍てつく魔力よ!」


 つい先ほども見た通り、ハロウェの得意とする氷撃波は、進路上の全てを凍てつかせ、氷漬けにすることができるはず。

 であればこの先に待ち受ける川にだって、氷の橋を渡せるはずです!


「この身を標の岩礁と成し、今冷厳なる氷海の一波を浴びせよ! 氷撃波ッ!」


 エイビルム沿いを流れる川を抜ければ、冒険者たちのキャンプにたどり着く。この眼で確かめた事前情報通りに、無数の松明で照らされたキャンプ地へ、氷の波が進んでいきます。

 対岸に立つ冒険者たちは、既に魔物との交戦に入っているようでしたが、流石に目立ち過ぎたのでしょう。こちらへ向けて目を見開き、弓を構えている者たちも居ます。


「オイオイまずいぞ! このまま狙われでもしたら……!」

「大丈夫! シャラさんに任せな! 先に行ってて、ハロウェちゃん!!」

「えっ! ちょっと!」


 氷の橋を滑走しつつ、背中をハーネスを解いたシャラさんは、背中のハロウェを地面に立たせて、すぐさま赤い宝石の長杖を構えます。


「私ら秘伝の音術おんじゅつで、みんなをキャンプにたどり着かせたげる!」


 直後に、シャラさんの目がギラリと輝きます。

 彼女は大きく杖を掲げて、同時に息を吸っていました。


「ウウウウッ――ニギャアアアオ!!!」


 突如として響いた、大地を裂くような叫び声。

 それに続いた衝撃波によって、川の水面が荒れ狂います。

 おそらくそれが、彼女の言う魔術――音術だったのでしょう。

 なんにせよ後方から衝撃を受けた私たちは背中を押されて、斜め上方向にかかった氷の橋をとんでもない勢いで滑っていくことになります。


「ひゃあああ!」

「うおおおっ!?」

「マジでめちゃくちゃだな!」


 当然、悲鳴を上げながら皆々は吹き飛ばされますが、同時に飛来した矢たちもまた、見当違いの方向へ跳ね飛んだのが見えました。

 直後にどさどさと音を立てながら着地。

 どうやら、向こう岸の陸地までたどり着くことができたようです。


「やった……これで、あと少し!」


 キャンプの中にたどり着いてしまえば、誤って攻撃をうけることもないはずです……!

 そう思って見上げれば、大きく離れてこそいれど、エンデさんも、ヨウハさんも無事であることが確認できました。

 あとは、ハロウェだけ……そう思って見回した私の、ほんの数歩先に、ハロウェの姿はありました。

 彼女は未だに地面に伏したまま、自分の杖すらも取り落として、ゆっくりと起き上がろうとしていました。


「ううっ。どうなって……?」


 しかしながら、その背後には大きな影が掛かっていました。

 水面の方から訪れた、熊ほどに大きな魔物の腕が、彼女の眼の前で振り上げられていました。

 彼女は、それに気づいていません。


「ハロウェ!!」


 叫んでから飛び出して、嫌でも理解できてしまう。

 ――間に合わない――

 私の足では、間に合わない!


「「うおおおおおっ!」」


 そう思った瞬間に、ハロウェと熊の魔物の間に、二つの影が割り込みました。

 片方は丸く大きな板のようなもの――盾をその熊に砕かれながら。

 もう片方は、そんな熊の首筋に突き立てた長槍を折られながら。

 ハロウェの前に立った二人の影は、ハロウェをかばうように大熊の一撃を受けました。


「がぁっ!」「ぐあっ!」


 そうやって、こちらへ向けて跳ね飛んだ、二人の人物には見覚えがありました。


「あなた達は、ハロウェの……!」


 あの時彼女を糾弾したはずの、ハロウェの仲間たちがそこにいました。


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