第三十話 気付き
そんなやり取りもありつつも……現実はうまくいかないもので。
森の川沿いを進み続けた私たちでしたが、一向に手がかりを掴めないまま、ずいぶんな時間が過ぎてしまいました。
「やっぱり……深部へ踏み込んでしまったのか?」
いつか聞こえたエンデさんの呟きも、ずいぶん前のことであるように思えます。
せめて足跡や、野営の後……あるいはいっそのこと、戦闘の痕跡でも見つかってしまえば、そのことを手がかりに、探しに行けたかもしれないのに。
ひょっとして、私たちのやっていることは全くの徒労なのではないでしょうか。
ハロウェはただ、ギルドの要請に応じていないだけで、エイビルムのどこかでゆったりと過ごしているのではないでしょうか。
前日に辛いことがあったのなら、自分の宿で遅くまで横になって、冒険者ギルドにも向かわぬまま、まどろんでいるのではないでしょうか。
あるいは、本当に彼女はもうどこかで、一人孤独に……。
そんな風に、悪い想像が胸を突きそうになったところでの、ことでした。
「カヤちゃん」
「あっ……はい!」
「悪いけど、ここまでだよ」
「……え?」
ふと、先頭を行っていたシャラさんが足を止めて、尻尾を垂らしてそう言いました。
彼女は振り向かぬまま、ゆっくりと視線を集めるように、その指を立てて高く掲げます。
「空が色づき始めてる。これ以上行けば、私たちはきっと魔物の波に飲み込まれる」
「……そう、ですね」
元々、そういう約束であるはずでした。
アーフルさんの予知したの襲撃の時刻が、わからないばかりには。
ましてやエイビルムまでの到達時間を、考慮に入れなければならないばかりには。
手がかりもなしにこうなってしまえば、撤退するほかないのだと、分かっていたつもりではありました。
「でも――!」
「でも、だよね。わかるよ。その気持ち」
「……はい」
振り向いて、私の言葉を遮るように、あからさまに被せられたシャラさんの声。
それだけで、彼女の言いたいことが分かってしまいます。
これ以上進むべきではないと。
進み続ければ、ハロウェだけでなく、この場に居る四人全員が、命の危険にさらされると。
言われなくても分かってしまいます。
言われなくても、わかっていますが……!
そう思って、拳を握りしめた私の横で、わざとらしく聞こえる咳払い。
エンデさんが何か言いたげな様子で、シャラさんに目で確認をとったのがわかります。
それに対してシャラさんは、静かに目を伏せて頷きました。
何らかの確認を終えて、私の前で膝を折るエンデさん。
彼のケトルハットの隙間から、微かに覗くラズベリー色の髪。
「あー、えっと。今更だけど、俺は今後、君のことをカヤって呼んでもいいか?」
「あ……はい。もちろん」
「ありがとう。ずいぶんやりやすくなったよ。……それじゃカヤ、聞いてくれ」
そんな風に、わざとらしく前置きした後。
彼は背中に背負う袋を降ろして、中から何かを取り出しました。
それなりに大きく、それでいて細くまとめられたこの紙束はおそらく……地図でしょうか。
「これはエイビルム周辺の地図だ。具体的に言うと、エイビルム東側の地形図だな」
「……ずいぶんと、細かく書き込まれてますね」
「まあ、昔使ってたやつの写しだからな」
そう言う彼の指の先には、いくつもの細かい文字で補遺が書き連ねられ、墨の濃淡で地形の高低差まで表現された、率直に言って見事と言う他ない、お手製の地形図がありました。
「普通、特に目的があるわけでもなければ、人は高低差のある道を避けるもんだ。だから実は俺とシャラは、ひとまずこいつを頭に叩き込んで、北の山岳へ向かえる通路……つまりは川沿いを中心に、比較的無意識に通りやすい道みたいなものを一通り全部探索してたんだが」
「……まあ、言っちゃうと痕跡一つ見つからなかったね。それらしい足跡も無いし」
「そ、そうだったんですね……?」
思えば、私たちは先導を前を行く二人にまかせっきりでありました。
もちろん、自分にできる限りは、足跡や痕跡を探していたつもりではありましたが……ここまで緻密にやってくれているとは、正直なところ驚きです。
そんな表情が、私の顔に出ていたのでしょうか。
「感心してくれてるなら残念だが、つまり俺たちの読みは外れたってわけだ」
「言っちゃうと、タイムリミット関係なくても、もうお手上げかな」
「……そう、ですか」
そうやって順序立てて論理的に、説明されてしまえば……納得するほかありません。
いえ、そうでなくても……わかってはいたことであるはずです。
私たちにやれることは最大限やって見せた上で、これ以上ないと言うのなら……。
私たちにやれることは、ないのかもしれません。
「そう落ち込むな。これは嬉しいことでもあるだろ」
「……そうですか?」
「もちろん。だって少なくとも、エイビルムからよっぽど遠回りでもしていない限り、危険地帯には踏み入っちゃいないってことだろ?」
「それはそうかもしれませんが……」
「だったら、近くの街か村のどこかで、要請に気付かず暮らしてたって、おかしくはないってことじゃないか?」
確かに、それはそうであるかもしれません。
可能性としては、それが一番高いのかもしれませんが……。
どうにも何か、引っかかるのです。
「そもそも、ハロウェはどこに向かったんでしょうか」
「……どう思う。シャラ」
「ここからずっと東にある、遺跡群の前のキャンプとかかい?」
「ありえなくは無いが……だとしたら、今から街道を探さなきゃいけないぞ?」
どうにもピンとこない様子の二人も、首を傾げてしまっています。
それを見たヨウハさんは、困ったように眉をひそめて、私の方を向きました。
「話を聞く限り、あの……ハロウェさんは、慎重な人なんじゃなかったか」
「となると、わざわざ危険を冒してまで、遺跡群に向かったりはしないってこと?」
「そうですね……私もそう思います」
「ふむ……それなら尚更おかしいぞ? 彼女はエイビルムの東門から出て、一体どこへ行きたかったって言うんだ?」
あるいは、行き先など無かったというのでしょうか。
行き先もなく自暴自棄で……この辺りまで来れるものでしょうか。
歩いて数分の道のりならともかく、激情のままに森の中へ踏み込んでいけるものでしょうか。
「なにか、見逃してしまっているような……」
エイビルムの東側にあるはずの、彼女の目的地。
それに心当たりがあるような感覚だけを覚えて、私は頭を抱えます。
その様子を、心配そうに見てくれているヨウハさんが……。
「そういえばこの地図で言うと、カヤさんの家は、どこにあるんだ?」
そう呟いた瞬間、私は電撃に打たれたような感覚を覚えました。
すぐさまその場で地図に詰め寄り、付近の地形を照らし合わせて、確信します。
そこにたどり着くための道と、今までに通った私たちの来た道は……!
「そうか! そうです! 間違いない!!」
照らし合わせて確信を抱いた私は、思わずその場で、歓喜して叫びます。
「なにかわかったのか」
「一体何に気付いたんだ」
「急にどうしたの? カヤちゃん」
動揺した様子で訳を訪ねる、ヨウハさんや、エンデさんやシャラへ向けて。
確信にも近い思いを抱いて、私は叫びました。
「私、ハロウェが一体、どこに居るのかわかりましたよ!!」




