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第二十九話 たいへんなしんじつ

 まだ色づいては居ないまでも、頂点よりは傾いてしまった日の下で、私たちは森を進みます。

 アーフルさんの予知夢によれば、スタンビードの襲来完全に日が落ち切った後のはず。

 それでも、街より遠い森の中では、予知夢より早い軍団の到達が予想されるため、空が色づき始める頃には、帰還の準備を始めなければなりません。

 そんな中で、私たちはひたすらに、森の中をずっと進み続けます。


 未だ痕跡らしい痕跡はありませんが、彼女が一人だったとするならば捜索範囲は限られてくるはず。エイビルムの北と北東の森は進めば進むほど暗くなっていきますが、彼女がわざわざ、一人で奥地へ踏み込んだとは考えづらいと思います。


 第一、私は知っています。

 エイビルムの北と、南の山岳から流れる河川は緩やかに東へ向かって合流し、やがては北東の湾へと向けて流れていく、一本の川になる。

 その川を、何らかの理由で踏み越えてしまわなければ……ハロウェは無事であるはずです。


「結局、集まったのは俺とシャラだけか。みんな薄情だなー」

「あるいはアタシらが情に厚すぎるだけかもよ?」

「否定して見せたいところだが、案外そうかもな」

「おやおや、エンデ氏が乗ってくれるなんて珍しい」


 今この場には、私たちの試みに協力を申し出てくれた二人――エンデさんとシャラさんを加えた、四人分の足音が響き続けています。

 結局あの後、キャンプ地全域に呼びかけた私たちの提案に乗ってくれたのは、ここ数日良くしてくれていた、二人の知り合いだけでした。

 マスターや、アーフルさんの協力があれば、もう少し違う結果になったかもしれませんが……それはもう、仕方のないことです。


「冒険者ギルドだって、十年前とは事情が違うんだろ」

「そりゃーそうかもねー」


 十年前……と言えば、丁度私が師匠に出会う、その直前くらいの頃でしょうか。

 思えば、あの頃の私はエイビルムのことを「人の集まる大きなキャンプ」くらいに認識していたような気がします。

 実際のところ、エイビルムが都市国家として運営されるための、地盤固めが終わったのが、そのあたりのことだったのでしたか?


「二人は知ってるか? エイビルムの冒険者たちは、あそこにいるので全員じゃないらしい」

「……そうなんですか?」

「そうだね。城壁に来るやつを相手するって、街に残ったやつもいるらしいし」

「まるきり間違ってはないんだが、なんだかなぁ」


 言われてみれば確かに、全戦力を防衛拠点に集中させるより、いくらかは城壁の内側に残った方がいいのかもしれませんが……。

 それでも腑に落ちない思いがあるのは、やはりそうやって街に留まることが、前線で戦って見せることよりずっと安全で……簡単な選択に思えるからでしょう。


「崇高な理想を掲げた組織も、十年も経てばこのザマってワケ」

「本当に虚しいこと言ってくれるなよ……」


 帝国の崩壊と、戦乱の時代からの脱却を目指し、困難の中、各々の生存のために手を取り合った人々も……ある程度の平和が続いてしまえば、こうなってしまうのかもしれません。

 それでも、だからこそ、純粋な気持ちで人助けに望んでくれた仲間たちを、私は誇らしく思います。


「今更ですが皆さん……本当にありがとうございます」

「いいってことよー。てか私、あの騒動割と近くで見てたし」

「俺もだよ。いやあ、かっこよかったなぁ」

「カヤちゃん? それとも彼?」

「もちろん両方さ。銀髪の彼女も……彼も」


 そうやって、何かを気にするように、言葉を詰まらせたエンデさんを見て、私はひとつ思い当たります。そういえば、これだけ歩いておいて今更ですが、二人には黒髪の男の子の……つい先ほど決まったばかりの名前を、伝えられていないのでした。

 そう思って、私は黒もじゃの彼に駆け寄ります。


「ちょっと、いいですか?」

「……ん!? ああ! もちろんだ。どうかしたか?」


 ひょっとして、彼はまた、ボーっとしてしまっていたのでしょうか。

 今はまだ、比較的安全な川沿いであるとはいえ、気を抜いていては危ないですよ?

 そんな意図を込めて、私が彼の顔を見つめると、彼はなぜか強く顔を逸らしてしまいました。

 一体どうしたというのでしょう。

 まあ、ひとまず用件を伝えてみましょうか。


「自己紹介、してみませんか?」

「あ……うん。そうだな。確かにそうだ」

「エ! 自己紹介!? それってまさかひょっとしてー?」

「ほう、黒もじゃの卒業式ってわけか」


 エンデさんの言い回しに重ねるように「てワケ!」と楽しげに笑うシャラさん。そしてそれをじとっとした眺めるエンデさんの前で、元黒もじゃの男の子が姿勢を正して向かい直ります。


「さあどうぞ!」

「ああ……わかった」


 そうしてこほんと咳払いをして、片手に握った剣を降ろして、深く深呼吸してから一言。


「今日から、俺のことはヨウハと呼んでくれ」


 そうやって、きりりと宣言した彼に向けて、私たちは拍手を送ります。


「ヒューッ! ヨウハ、いい名前だねぇ!」

「旧文明の言葉で、優しい人だったか?」

「違うよ! 古獣人語さ! あと正確には優しく強い人!」

「お、おう……そうか」


 厳密すぎるような気がしますが、確かに古獣人語を旧文明の言葉と言ってしまうのはいささか乱暴です。意味の方は、仕方がないような気もしますがね……。

 なんて思いつつも「なんにせよ、おめでとう!」なんて、お二人の喝采を受けた彼はどこか照れくさそうに頭をわしゃわしゃしています。

 それを見て、シャラさんはずいぶんといたずらっぽく微笑み、ヨウハさんに駆け寄ります。


「おいおいそんな素敵な名前、いったい誰からもらったんだ~このこのっ!」


 肘で彼のことを小突きつつ、わかり切った質問をするシャラさんに、どこか頬を赤く染めているあたり、本当に獣人が好きなのでしょうね……。

 なんて思う私の視線に気付いたのか、ヨウハさんはずいぶん慌てた様子で、てをあわあわして口を開きます。


「俺は……カヤさんに名前を貰ったんだ!」

「え」


 彼がそんな風に宣言したら、シャラさんは突然動きを止めて、その表情を強張らせました。

 一体どうしたというのでしょうか?


「まあ、そりゃそうだよな……って、ん?」


 なんて当たり前だろと言いたげなエンデさんも、なにやら異変に気付いた様子。

 一体どうしたというのでしょうか?

 一度は納得したエンデさんと、氷のように固まったシャラさんが、ギギギッと音を立てるように、こちらを向いているような気がしますが。


「カヤちゃん?」「なあ、あんた……」


 二人はそうやって、揃ったタイミングで口を開いて、一言。


「「それ、プロポーズにならないか?」」


 ……はへ?


「や、やっぱりそうなのか! いや、そんな気はしていたんだが」

「そうだよヨウハ君。うん、そうだよねエンデ氏」

「そのはずだ。え、いや、あってるよな? うん」

「は、はえ、はへぇ?」


 一瞬、それが自分から出た音だと信じられないほど、間抜けな声が出ました。 

 いえ、間抜けになったのは声だけではありません。

 力が抜けるみたいにふにゃふにゃと、腰の力が抜けて、ええ?


「だって、親だって子供に名を付けるでしょう?」

「まあ……そりゃそうだけど……」

「……あのねカヤちゃん。落ち着いて聞いてね?」


 そうやって目を伏せながら、私の肩を支えつつ、膝を折って目線を合わせるシャラさん。

 そのすぐそばで、片手の手のひらで口を覆いながら、気まずそうに目を逸らすエンデさん。

 そしてどこかソワソワと、落ち着かない様子でいるヨウハさん。

 ふぬけたわたし。


「獣人の文化では、名を受けるタイミングが二回あるの。一つ目は、この世に生を受けたとき。ここまではいいね」

「はぃ」


 ごびがとけるようにふにゃふにゃ。

 そこまでは、わたしもしっています。

 もちろん、わたしはそのつもりで……かれになまえをあげたので。

 これからいっしょーをともにするひとに、ねがいをこめて、とは。

 そういういみだと、おもっていたので。

 それでも、わたしのかたをゆすり、なんとかめをあわせたしゃらさんは。


「もう一つは、結婚するとき。これからの一生を共にする人に願いを込めて、お互いを名付け直すんだよ」


 このうえなくたいへんなしんじつを、わたしへむけて、つげました。

 ああ、どうしよー。

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