表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/38

第二十八話 優しく強い人

 同時に響くカランという音。

 恐る恐ると足元に眼を向ければ、そこには棒状の何かが転がっていました。

 もはや鮮明になった視界の先に、槍の穂先が転がっていました。


「お前は、脅しのつもりだったかもしれないが」


 よくよく見てみれば、その木製の柄の軸と、金属製の穂先はこちらを向いていました。

 ええ、紛れもなくそれらは私の方を向いていて。

 ゆっくりと顔を上げてみれば、私のつい三歩程前の方で、こちらへ向けて先の無い柄を構えた、若い男性の姿が見えました。


 それは確かに、咄嗟に詰め寄った私の、つい三歩ほど先で、

 私の詰め寄った距離と、断ち切られた穂先の長さを足せば、

 丁度私に届いてしまうほどの距離で、槍を構えた男性の姿がありました。


「次は殺す。二度と彼女に武器を向けるな」


 そう言って、隣に立った男の子は振り下ろしきった剣を足元へ向けていました。

 足元に転がった穂先を剣で差しつつ、信じられないほどに目を見開いて。

 彼はただ冷徹に、次は無いとだけ言って、槍の男性を眺めていました。


「行こう。カヤさん」

「えっ、ちょっと……?」

「ここに居るのはまずい。マスターか、シャラさんあたりと合流するんだ」

「あ……は、はい」


 そう言って、私の肩に手を添えて、反転を促す彼。

 事態を飲み込み切れない私たちのすぐそばで、どさりという音が響きます。

 歩きながら、振り向いて見てみれば、槍の男性が尻餅を突いていました。

 地面に足を伸ばすように、腰を抜かした彼は、すぐさま周囲の人々に囲まれます。

 盾の彼ともに、ギルド職員や他の冒険者に声をかけられている彼らと違って、すぐにその場を後にした私たちは、奇異の目を向けられるだけで済みました。


 それでもおそらく、誰かが事態に気付いてしまったら、しばらく拘束されるかもしれない。

 そうなる前に、私たちの事情に理解のある人の元へたどり着かないと。

 そう思って、足取りを速める私たちの前に、誰かが一人、立ちふさがります。


「待て、黒もじゃと金欠」

「マスター」


 目を逸らしそうになって、その人物がマスターであると気がつきました。

 もしかすると、彼も先程の事態を、近くで見てくれていたのでしょうか。

 もしかすると詳細な会話内容は把握できていないかもしれませんが……思えば彼にはハロウェと私のことをすでに話していたような気がします。


「状況は大体理解してる。しばらくかくまってやるから、俺の天幕へ来い」

「……はい!」

「わかった。とても、助かる」


 思った通り、マスターは私たちを助けてくれました。その恵まれた体格で、私たちの姿を隠すように沿って、まばらに設営された天幕の方へ、走り込ませてくれました。

 彼も職務に追われているでしょうに……。

 本当に申し訳ないですが、今はだけは甘えさせていただきましょう。

 そう思って、私たちはまだ明かりも用意されていない、簡単な天幕の中へ滑り込みます。


「騒ぎが落ち着くまでそこに居ろ」

「はい……すいません。ありがとうございます」

「かまわん。だが俺はもう仕事に戻るからな」

「本当に、ありがとう。マスター」


 私たちが各々に言葉を交わし、男の子がマスターに感謝の言葉を述べたところで。

 神妙な面持ちをしていたマスターの表情が、ほんの少しだけ綻んだ気がしました。


「お前にそう言われるのは、妙な気分だ」


 その言葉の意味を探りつつ、マスターの姿を見送って、すぐに思い当たります。

 思えば、男の子が面と向かって彼をマスターと呼んだのは、これが初めてだったでしょうか。

 なんだか妙な気分というのも、どこか納得のいく話です。


「さて……改めてだが、大丈夫か? カヤさん」

「ええ……おかげさまで。助けてくれてありがとうございます」


 二人して示し合わせたわけでもなく、私たちは天幕の中に座り込んで、向かい合って言葉を伝えあいます。

 それは、紛れもない私の本心でした。

 彼があの槍を叩き切ってくれなければ、私の体は間違いなく、あの男性の構えた槍の穂先に、触れてしまっていたでしょう。


「でも……乱暴なやり方になってしまって、済まなかった」

「なにを言いますか。アレが無かったら私、死んじゃってたかもしれませんよ?」

「それは……嫌だな」

「そうでしょう。ですから、ただありがたかっただけですよ」


 槍というものは、特に向かってくるものに対して、信じられないほどの威力を持ちます。

 もしも彼が脅しのために槍を構えたのと、私が大きく踏み込んだタイミングが、全く重なってしまっていたのだとすれば。私の身に付けたギャンベゾンごと、胴体を貫かれてしまっていてもおかしくはありませんでした。

 だとすれば間違いなく私は、彼の咄嗟の選択に、命を救われたということになります。


 それなのに彼を責める理由は、ほんの少しも無いと言うものでしょう。


「……本当は」


 それなのに、どこか自嘲気な顔で笑う彼の表情は、どこか浮かないようでした。

 彼は一度言葉を詰まらせた後に、どこか躊躇するような表情をして……。

 それでも確かに、まっすぐな目で私を見つめて、心を込めたように言いました。


「本当は、アイツらを真っ二つにしてやりたかった」


 彼のそんな言葉で、私は微かに息を呑みました。

 もちろんそれは、絶対にあってはならないことです。エイビルムの、冒険者ギルドの常識で考えれば、冒険者同士殺し合うことなど、絶対に合ってはいけないことです。


 しかしながら、記憶喪失の彼には、そんな常識を知れるだけの環境が無い。もしかすると、記憶を失う前の彼が暮らしていた場所では、殺し合いも当たり前だったかもしれない。

 それでも……。


「それでも――それじゃきっとカヤさんが悲しむと思ったから、思いとどまれただけなんだ」


 私を理由に、彼は思いとどまった。

 思いとどまってくれた。

 それなのに、どうして彼のそんな思いを、責められるでしょうか。


「教えてくれ、カヤさん。俺にはわからないんだ。あなたが何故、そんなにも他人のことを考えられるのか、人のことを……気にかけて、誰かのために、行動して見せられるのか」


 そう言って私を見つめる彼の瞳は、次第に震え出していて。

 勘違いでなければ、その優し気な眼のフチが、確かに潤み始めているような。

 彼は泣きそうな顔で、言葉を続けているように見えました。


「俺は、ただ、知りたいんだ」


 その理由は、私にはまだ、理解できていませんでしたが。


「あなたは何故、嘘をついた? 俺は……あなたのようにはなれないのか?」


 その一言が、私の心臓に杭を打つような衝撃を加えて。

 つい先ほど、私が私だけを思って吐いたばかりの嘘が、彼を苦しめているのだと知りました。

 それを聞いて、私はどうするべきでしょうか。


「あなたのように優しい人には、なれないのか?」


 音もなく、目元からこぼれ出た涙が、彼の頬を伝います。

 それを見て、私はどうするべきでしょうか。

 だた黙って、彼の涙を拭って見せるべきでしょうか。

 それでもなお、自分の領域を守り通して、彼を突き放して見せるべきでしょうか。


「……いえ」


 答えなど、決まっています。悩む必要などありません。

 私と彼は仲間です。仲間が仲間のためを思って、言ってくれた言葉に応えなくて。

 なにが仲間だというのですか。

 なにが冒険者だというのですか。


 だから、私は彼の手を取ります。

 視線はそらさず、彼の瞳に合わせたまま。

 両手でゆっくりと一本ずつ、彼の指を取って……向かい合った視界の中へ、持ち上げます。


 一度は間違えたかもしれないけれど、ハロウェのおかげで。

 自分の気持ちはそうやって、言葉にして伝えるべきだとわかったから。


「あなたはずっと、優しい人じゃないですか」


 そうやって言葉にした、瞬間。

 私と彼の間に微かな、何かが、細くつながったような感覚を覚えました。


「私は今まで沢山の人に助けられて生きてきました。

 いえ、今だってそうです。

 私はずっと、誰かの助けで生きていて、誰かのおかげで救われてきた。

 それでも……私はいつだって、誰かを救う側にはなれていなかった」


 彼が何かを言いかけて、ハッと気づいたような表情をしたのがわかりました。

 そう。それは私が先ほど言いかけて止めた、質問に応じる返答の言葉。

 あなたもきっと覚えている。私たちがで出会った直後のやり取り。


「初めてだったんです。自分の意志で人を助けて、その人に助けてもらえたのは。そうしてお互いに助け合って、お互いに感謝を述べ合えたのは」


 瞬間、彼はほとんど無意識といった様子で、ぽつりと一言溢します。


「……あの海岸と、帰り道で」

「ええ。あの海岸と、帰り道で」


 あの日。あの海岸で、私たちはお互いに命を預け合って。お互いのために戦った。

 どちらかを置いてにげることもできたはずなのに、そうしなかった。

 そうして共に困難を乗り越えて、お互いに喜びを分かち合った。


「覚えていてください。私はあの日、あの海岸で、あなたと仲間になれたのが……他のどんなことよりも、嬉しかったんですよ」


 本心。本音。言えなかったこと。

 伝えられなかった言葉をすべて伝えるには、時間が足りないかもしれません。

 私たちがするべきことを考えれば、すべてを伝えきる暇などないかもしれません。


「だから」


 それでも、伝えきる手段を思いついたから。

 それを確かめずにはいられないから、言葉にせずにはいられないから。



「だから、これは約束です」



 彼もきっとこうやって、勇気を出してくれたはずだから。

 だから、私も精一杯、私の言葉で感謝を伝えて見せなければ、気が済まないと思ったから。

 彼の想いに精一杯で応えるには、これしかないと、思ってしまったから。



「私の故郷では、これから一生を共にする人に願いを込めて、言葉を授ける習慣があります」



 だから私は――せめて今。

 今この場にて、誓いましょう。



「そして――故郷の古い言葉で、ヨウは優しく、ハは強い人を表す意味になる」



 目を見開いたあなたへ向けて。

 とっておきの言葉を一つ、差し上げます。



「だから――ヨウハ。

 今から私と、彼女を救いに来てください」



 そして、それらを無事に済ませたのなら。

 私たちがともに揃って、家へと帰ることができたのなら。



「その後で、私のすべてを知ってください。

 私の生い立ち。私の人生。

 私が今までに経験した全てと、これから経験するコトの――そのすべてを」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ