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第二十七話 薄情

 頭を思い切り強く殴られたような感覚と、心臓が強く脈打つ感覚を覚えつつ。

 なんとか冷静に事の次第を聞こうとした私の前で、盾を持つ若い男性は、腰に手を置いて、皮肉っぽく人を馬鹿にするような表情で語り始めます。


「ほら、あんたさ、前ギルドで話してた人だろ? ほんとアイツ、マジで性格悪くってさぁ。なにをやっても、危ないでしょだのもっと気を付けろだの信じられないだのそれが常識でしょだの、キッツい言い方するから、マジ関わんないほうが良いよ」


 この人は、一体、何を言っているのでしょうか。

 あなたがいま並べ立てた言葉は、どれもあなたを気遣う言葉ではないですか。

 もちろん私はあなた方がどんな人物で、どんな振る舞いをしているかなんて知りませんが。

 あなたがキツイといったその言葉は、あなたに向き合った言葉ではないですか。


「おいおい、そりゃまだマシな方の話だろ? 本当にキモいのはあの振る舞いだよ」


 加速していく思考の中で、会話に加わってきたもう一人の冒険者。

 右手に長槍を持った槍を持ったもう一人の男性は、盾の人と同じような表情で笑います。


「ああ、あの、お姫様気取り?」

「そうそう。だって考えてみろよ、俺たち前衛が体張って戦ってる中で、一人だけ、安全なところブツブツ言ってるだけでいいのにさぁ」


 それは、前衛と後衛の分担でしょう。

 重装備を構えて、接近して武器を振る前衛と、戦場全体を見回す魔法使いの、負担はさして変わらないでしょう。

 ましてや、自分で武器を振れない、筋力に優れているわけでもない魔法使いが、一体どんな気持ちで戦っているか、恐怖を押し殺しているのか、あなたたちはきっと知らないでしょう。

 戦闘中に魔法を扱うのに、精神を削るような思いをすることも、知らないのでしょう。


「俺たちが引き付けてやった魔物横取りしても、感謝すらしないし」

「アレビビるよな、自分の手柄だと思ってんのかな」


 引き付けてやった。ですか。

 あなたたちが接近を許した魔物相手に援護を加えて、感謝しろ、ですか。

 速やかに危険を排除した彼女に対して、手柄の横取り呼ばわりですか。


「なんていうか、上から目線で偉そうだよな」

「マジそれ、言葉だけじゃなくカオも偉そう」


 実際に、下品で悪辣な言葉を使うあなたたちが、偉そうだと言いますか。

 共に戦った仲間に寄り添うこともせず、今こうして本人の居ない場所で語るあなたたちが、そう言いますか。


「仲間なんだからアナタがワタシをマモルノはトウゼンデショ! みたいな?」

「やばっ。そのキンキン声めっちゃ似てるわ」

「だろ? 自信があるんだよ。本当に」


 ああ、本当に、何を言っているのでしょうか。

 この人たちが、ハロウェの、仲間だったのですか?

 ともに命を預け合い、信頼を重ねるべき、仲間だったのですか?


「なあ、あんたも黙ってないで、なんか言ってくれよ」

「そうそう、どうせあんたも、アイツになんか言われたんだろ?」

「教えてよ。愚痴大会しようぜ愚痴大会」


 私に話しかけているのですか?

 そんな風に、馬鹿にした表情で、どこを見ているんですか?

 恥もなくヘラヘラと笑いながら、あなたたちの目は虚空を見てはいませんか?


 そんな目で、一体何を見ているのですか?

 そんな目で誰に向き合えるというのですか?


「丁度昨日から? なんでかしらねぇけど、パーティーに空きができたからさ」

「あんたも魔術士だろ? 俺たちと一緒に来てくれたら――」


 言いながら、私へ向けて伸ばされた手。

 いつの間にか握りしめていた私の右手へ、掬い上げるように触れようとしたその手が。

 ハロウェを突き放したその手が、私に触れようとしていることを、


 ――自覚した途端、とてつもない激情に襲われて――


「恥を知りなさい!!」


 気づけば私は叫びつつ、彼らのその手を払いのけていました。


「何がキツいですか? 何がキモいですか!? そんなにも軽薄な言葉遣いで、一体何を語っているのですか!?」

「お、おい落ち着けって」

「落ち着いていられるものですか! あなた方は、ハロウェがどんな思いだったのかも知らずに、何を嘲笑っているのですか!?」


 目の前の二人が、その奥の職員さんが、周辺の冒険者さんが、皆々が、こちらを見ているのがわかります。私たちのやり取りや、声を荒げた私を見ているのが分かります。


 それでも、私のこの気持ちは、もう抑えきれそうにないのなら。

 ずっと引っかかっていた、ずっと考えていたこの考察を言葉にせずにはいられないのなら。

 彼女を理解したかった、今までできなかったこのでたらめな推論を――



 ――ずっと抱えていたこの思いを、いっそこの場でぶちまけてしまえ――



「ハロウェは、誰よりもあなたたちが心配だったはずです!!

 ハロウェは、危ないとか、気を付けろとか、信じられないとか常識とか、当然とか当たり前とかそういう言葉を使うけど!!

 それはあなたたちが心配だったから、なんとか伝えた結果じゃないんですか!?

 そうじゃないと、あなたたちがひどい目にあって、死んじゃうかもしれないから!!

 他に言い方が思いつかなくたって、言ってみせてくれただけじゃないんですか!?

 向き合って、言葉にしてくれたんじゃないですか!?」


 そうです。今なら分かります。

 思えば、ハロウェは、いつも無理をしていました。

 あのラウンドテーブルで、涙を浮かべて突っ伏していても。

 明らかに何かを抱えた状態でも、私をわざと突き放していました。


「確かに、ハロウェは不器用かもしれません!

 やり方も、言葉遣いもとげとげしくて、直接言われたら落ち込んじゃうかもしれないけど!

 だけど……ハロウェは確かに、仲間に向きあっていたじゃないですか……!!

 誰よりも先に危険に気付いて、いつもこうなるかもって考えていて、

 難しい表情をしていたけど、向き合ってくれていたじゃないですか!!」


 魔法使い二人のパーティを解散したのは、お互いを守り切れる気がしなかったから。 

 私に他の仲間を見つけろと言ったのは、うまくやれている自身が無かったから。

 それでも自分はうまくやっていると、安心させるために顔を出して、仲間を紹介して。

 私のやる気に火をつけたかったから。

 あるいは私に、冒険者なんて危険な職業を、諦めてしまって欲しかったから。


 そう思えば、納得できた言葉じゃないですか。

 いつもハロウェが、人のことを考え続けていたってわかったはずじゃないですか。


「あなたたちは……本当に、ハロウェが死んでもいいんですか!?

 仲間が死んでも、それでいいと言い切ってしまえるんですか!?」


 気づけば滲む視界の中で、私を見る彼らの表情は、まるで読めなくなっていました。

 それでもヘラヘラと笑っているのか、怒りを私へ向けているのか。

 それとも呆れて言葉も出ないのか……わかりません。

 わかりませんが、ここで目を逸らすわけはいきません。

 涙を拭って目を離す……そんなわけにはいきません。


 だから私は、彼らに問います。


「あなたたちは、ハロウェの仲間じゃないんですか!!」


 返答に詰まったような息遣い。

 何かを言いかけて止める音。

 変わらず腰に当てられたその手と、長槍を握るその手が、強く握られたような気がして。

 それでも何も言わない槍の人と、大きく息をすった盾の人。


 勘違いでなければ、彼は私の方をまっすぐに向いて。



「俺たちはもう仲間じゃねぇよ。アイツが最初にそう言ったんだから」



 底なしに白状なそんな言葉に、ハッ、と嘲笑の声を乗せました。

 その声で――我慢の限界が来ました。


「あなたはっ!!」


 思わず一歩強く踏み出して、盾の彼の胸倉をつかもうとした瞬間のことでした。



 ――周囲から響く、悲鳴に近い叫び声――



 ビュンと吹き抜けるような風を受けて、私の目元で弾けた涙と、開けた視界。

 一体何が――と思って眼を向ければ、それが目に入りました。



「え?」



 ――それは、向かい合った長槍の男性へ向けて――

 ずっと隣に立っていた男の子が、その肩から剣を振り下ろしていました。

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