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第二十六話 臨時キャンプ

 エイビルムの東門から郊外へ出て、すぐ北にある山岳地帯へ向けて、比較的草木の切り開かれた丘をしばらく歩けば、鬱蒼と茂る森の手前に、流れる川が見えました。

 エイビルムのすぐそばを流れるその川は、人が通るには大変な川幅があります。

 スタンピードに加わる魔物や野獣にとっても、それは同じであるはずです。


 実際のところ、これから設営されるはずの防衛キャンプには川を下るように押し寄せるはずの魔物の大群に備えた、障害物が配置され始めていました。

 それでもある一点を囲い込むというよりは、山岳側からの進入路を限定するように。

 丸太や枝木のスパイクはそれ自体が散開するように、不規則な間隔で並べられています。


 それを見て、私のすぐ隣を歩いていた男の子は、訝しげに眉をひそめます。


「ずいぶんと……横に広いキャンプだな」

「地形的に、通りやすい場所を選んでいるとは思いますけど……相手は獣ですからね」


 つまりは、こうやって広い範囲に障害を作らなければ、なだれ込む獣の侵攻を抑え込むことなどできないということです。

 すぐ先の方を見れば、両手持ちの土木用具を持って穴を掘っている人々や、広々とした草地に座り込んで、何かを仕込んでいる人々の姿も見えます。


「あれは多分、近くの農村の人たちですね」

「わかるのか?」

「ええ。農具を使って障害を作ってくれているみたいです。川沿いには土手を、クワで掘り返した地面には堀を、草地には楔を打ち、縄紐を張って足絡めを。資源の消耗を最小限に、自分たちにできることをやってくれているんだと思います」

「そうなのか……」


 エイビルムの危機は、彼らにとっても他人事ではありませんし、中には家族や知り合いが、エイビルムに居を構えている者もいるでしょう。

 エイビルムは元々帝国軍の砦ではありましたが、地形的に良い立地にあるとは言えません。

 到達に困難を要する山岳地帯の、比較的なだらかな切れ目のような場所に構えられたこの街は、防衛に向いてこそいれど、生活にはまるで向きません。

 それでも、二十五年の時を経て、開拓が進められた結果、エイビルムの西側は比較的安全と言って差し支えない、農村地帯へと生まれ変わりました。


「――流石にないとは思いますが、エイビルムの陥落はそれすなわち、農村地帯の壊滅を意味します。彼らにとってエイビルムは、自分たちの生活を守る騎士さまのような存在なんですよ」


 そんな風に簡単な歴史のようなものを語りつつ、ふと彼の顔を見てみれば、彼は目を丸くして私のことを眺めていました。

 話の内容が、理解できないといった様子ではありません。

 途中、興味深そうに相槌を打ってくれていたようには思いますし、意欲的に聞いてくれてはいたような気がするのですが……?


「カヤさんは、どうしてそんなに賢いんだ?」

「えっ? 賢い……って、私が?」

「そうだ」


 正直なところ、意外な言葉です。

 この辺りに住む人々に聞けば、同じような話はどこかで聞けるとは思いますが。


「あなたは街の成り立ちや物事について、逐一深く理解しているだろう。記憶がない俺が言うのもなんだが、そんなものは最低限わかっていれば、特に不便なく暮らしていけるはずだ」

「それは……そうかもしれませんが」

「ギルドであの……エリーダさんに聞いた。ただ暮らすだけでいいなら、文字など読める必要などないが、冒険者をやっていきたいなら、知っておいて損はないと。それはつまり、エイビルムの人々皆々が、自分の変わらない事柄について、興味を持てるわけではないだろう」


 つまりは、自分の人生に関わらない人の営みについて、あれこれ考えていることは変だと言っているのでしょうか。

 いえ、それでも勘違いでなければ、いつになく饒舌な口調で私に質問する男の子の目は、興味深そうにまっすぐと、こちらを向いて輝いているような気がします。


「教えてくれ。カヤさんはなぜ、見ず知らずの人を進んで助けられるんだ?」


 それはまるで、酷く純粋な心を持った、子供がそうするように。


「できるなら俺も……あなたのようになりたいんだ」


 無邪気にそう言う彼の姿を見て。


「あ……」


 私の心の奥のどこかが、ずきりと痛んだような気がしました。


「どうか、しただろうか?」

「……いえ、ありがとうございます」


 それはきっと、私へ向けた純粋な好奇心、あるいは、知識欲であるはずです。

 それを私に向けてくれているということは、とてもありがたいことであるはずですから。

 せめて私も誠実に、彼の質問に応えましょう。


「私がいろいろと知っているのは、教えてくれる人が居たからです」

「そうだったのか」

「ええ。もう、ここ一年くらいは会えていませんが、私にいろいろと物事について知る楽しさを教えてくれたのは……私の師匠なんですよ」


 そんな風に笑いかけてから、自分の声が乾いていないか、やけに気になってしまいました。

 なぜならば、私は今、嘘を吐いたから。

 自分にとって大事な領域を守るために、熱心な彼の踏み込んだ一歩を逸らすように。

 自分にとって都合の良い、嘘を吐いたから。

 喉の奥がやけに渇いて、空虚な気持ちが押し寄せてきました。


「そうか……良い師匠を持っているんだな」

「それは、そうですね」

「……それは?」

「ああいえ、あの人は……間違いなく良い人だと思いますよ」

「そうか……」


 それは紛れもない本心で、私はあの人のことを、とてもよく尊敬しています。

 私に魔術や、冒険者としての生き方を教えてくれた師匠は、今何をしているでしょうか。

 この辺りの冒険者たちが全員、今ここに集まっているのなら、もしかすると顔を合わせることもできるかもしれません。


「そういえば、エンデさんやシャラさんも、ここにいるんだろうか」

「ああ……どうでしょう。エンデさんは居ると思いますけどシャラさんはまだ、領主様のところかも――」


 そんな風に、今しがた足を踏み入れたキャンプの中の、がやがやと集う人々の姿を見回していると……ふと、私たちのすぐそば、見覚えのある人影が見えました。

 ギルドでマスターの雑務を手伝い、私たちがキャンプへ向けて出発するころには、冒険者ギルドの大広間は、もぬけの殻になっていましたから、おそらくは彼らも冒険者でしょう。


 一人は背中に槍らしき長柄武器を担いだ男性。

 もう一人は腰に直剣を身につけて、背中に盾を担いだこれまた男性。

 勘違いでなければ、あの人たちはハロウェのパーティーメンバーだった気がします。


 立ち止まって、近くのギルド職員さんに話を聞いているところを見るに、たった今キャンプにたどり着いたところなのでしょうか。

 なんにせよ、私とはあまり、顔を合わせたくはないでしょうし――。


 そう思って、いたところでのことでした。


「あれは、昨日の冒険者か」


 男の子の言葉で蘇るのは、エイビルム東門で叫ぶ彼女の姿。

 悲痛な感情の込められた、魂が叫んでいるような声。


『あなたたちなんて仲間じゃない!!』


 たった今、背を向けた二人へと向けて叫び走り去る彼女の姿。

 つい昨日の夕暮れに(・・・・・・・)、エイビルムの東門から外へ(・・・・・・)向けて、走り去っていった彼女の姿。



――彼女はあの後、無事に街へ戻って来られたのでしょうか?――



「カヤさん?」


 とてつもない胸騒ぎを覚えて。

 気づけば私は早足で、二人の方へと走り込んでいました。


 それは、たった一言だけ。

 彼らからたった一言だけ。『ハロウェは街で待っている』という一言だけもらえれば。

 彼女は今、確かに無事であるのだと。


 確かめることさえできれば――それでよかった。

 それなのに。



「あぁ? 知るか。もう死んでるんじゃねぇ? アイツ」



 帰って来たのは、そんな投げやりな言葉でした。

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