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第二十五話 対策会議

 開け放たれたカーテンから差し込む陽の光の根本には、いつか見たソファーとローテーブル。

 冒険者ギルド二階のマスターの書斎に、私たちは集います。


 横長のソファーにはアーフルさんとシャラさんが腰掛け、それに向かい合うようにして、マスターは一人掛けの方に腰を下ろしました。

 三人はその誰もが、どこか物々しさを覚えるほど真剣な眼差しで、向かい合っています。


 その様子に、思わず固唾をのむような緊張感に満ちた私たち。

 ひとまず、同席を依頼された私と男の子は、並んで部屋の隅の方へ立っています。


 私たちのすぐ隣には、以前マスターが使っていた書記台に羊皮紙を貼り付けて、羽ペンを手に取るギルド職員のお姉さんの姿。私たちと共にギルドへ駆け付けた、エリーダさんです。

 彼女は真剣な表情でインク壺に羽ペンの先を付けて一言「議事録の準備、できました」とだけ呟いて、羊皮紙の方へ向き直りました。


 それを合図に、強張った身体ほぐすように首を回しつつ、マスターが口を開きます。


「間違いないんだな?」

「もちろんだ。私の予知夢を信じるならではあるがね」

「常人ならともかく、あんたは夢術師だろう。確実さは保証されてる」

「それはどうも。事の詳細は?」

「今簡単に話して、後で資料をくれ」

「承知した」


 必要以上に言葉を重ねないやり取りの中でも、概ね流れは掴むことができました。

 つい昨日知った通り、アーフルさんは夢術師です。そして〇〇術師と名の付く魔法使いは、その系統に対応した超常の力を扱うことができるものです。

 予知夢というのはおそらく、アーフルさんの夢術の一種なのでしょう。

 そして、彼の話を信じるのであればそれは、今回の案件と関係があるはずです。


「今夜未明、エイビルム北の山岳で、スタンピードが発生。押し寄せた野獣や魔物の群れが、城壁を突破する」

「なんだと? エイビルムの城壁を?」

「地形を作り変える魔物が居る。帝国時代の攻城用魔器械(まきかい)である可能性が高い」

「なるほど……そいつの数は」

「不明だが、単独とは思わぬほうが良い」

「そうか、厄介だな」


 とんでもない話です。魔器械という言葉に聞き覚えはありませんが、話の流れから察するに、かつて人工的に作り出された魔物……といったところでしょうか?

 わかりませんが、なんにせよ。二人のやり取りを聞いているうちに、私の中にはふとした疑問が浮かび上がりました。


「あの……こんな話、私たちが聞いてていいんでしょうか」


 アーフルさんが何者であるかは、今のやり取りを聞いていればなんとなくわかりました。

 確か昨日、どこかで領主様公認の夢術師だと聞いた覚えがありますから、おそらく私が思っている以上に、かれは特別な立場にいるのでしょう。

 マスターやエリーダさん、そしてシャラさんはその関係者であるわけですから、この場に同席している理由にもなんとなく納得がいきます。


 ですが私や男の子は、今この状況では完全な部外者なのではないでしょうか。

 ギルドへの報告のタイミングで、偶然アーフルさんの診療所を訪れただけの私たちは、この話を聞いていて問題はないのでしょうか。


「むしろ、聞いて貰えなくては困るね」

「ああ。どうせ今から、エイビルムの冒険者全員に伝えなきゃいけないわけだからな」

「それって……まさか」


 確かに、私も知っていたつもりではありました。

 私が生まれる少し前、このエイビルムの領主様によって設立された冒険者ギルドは、単なる助け合いだけに留まらない、極めて重要な役割を担っていたと。

 25年前の帝国崩壊によって、解散されてしまった軍の受け皿となると同時に、かつての帝国正規軍の最重要任務を、引き継ぐ形をとっていたと。


 冒険者を全員招集しなければならない機会と言えば、一つしか思い当たりません。

 それはつまり、エイビルムの領主、鉄結のエルジオールが率いていた大隊の最重要任務。


「国防の時間だ。直ちに北方都市国家連合へ要請。周辺地域の冒険者を緊急招集し、スタンピードの到達に備えた、防衛網の構築を急げ」


 それは、冒険者が普段引き受けるどんな依頼よりも優先すべき、本来の役目でありました。

 エイビルムを中心に構築された北方都市国家連合は、それぞれに軍を持ちません。

 となると当然、魔物や野獣、その他天災とも言える事柄の解決に当たる存在が必要でした。


 それが、冒険者ギルド。

 北方都市国家連合の最大戦力が今、

 エイビルムを守るために、招集されようとしているのでした。


「エリーダ、議事録はもういい。それを持って領主様へ掛け合ってくれ」

「承知しました」

「アーフルとシャラはエリーダに同行。ギルドのことは俺に任せろ」

「心得た」「承知だよ」


 人のことを、きちんと名前で呼ぶマスターは、初めて見るかもしれません。

 彼は眉間にシワを寄せて、いつになく真剣な面持ちで、アーフルさんやシャラさん、そしてエリーダさんに的確な指示を送っています。


 それに従った三人は、即座に各々の席を立って、部屋の外へと出ていきました。

 まるで、それが当然だと言った様子で、各々の立場に言及することもなく……速やかに。


「……はぁああ」


 それを見送ってから、項垂れて信じられないほど大きくため息を吐くマスター。


 思えば確かに、ずっと疑問に思っていたことではありました。

 朝の騒がしい広間には顔を出さず、昼にはいつも疲れたような顔で、カウンターの内側に座って雑多な業務や机拭きに勤しみ始める……くたびれた制服の彼は一体何者なのだろうかと。


 それでいて、私のような駆け出し冒険者を目にかけて、お人好しに依頼を斡旋してしまうような……逆に言えば、そんな個人の判断で、依頼を斡旋してしまえるような立場の人物と言えば、一体何者があり得るのだろうかと。


「マスター?」

「……ん。どうした、金欠冒険者」

「あなたは、ひょっとして」


 そうやって私が無意識のうちに、彼の役職を言い当てようとした瞬間、ごほんとわざとらしい咳払い。

 見てみれば、マスターはずっと寄っていた眉間のシワを解いて、リラックスするように目を伏せて、ぐるぐると肩を回しています。

 先ほどまでの雰囲気とのギャップに、あっけにとられた私が何か言う前に、彼は指を揃えた手のひらをこちらに向けつつ、制服の襟を整え直して、言いました。


「俺はまだもう少しだけ、よくわからないヤツで居たいと思ってる」

「……というと」

「なんとなくわかるだろ? 俺のささやかな日々の癒しを奪ってくれるな」


 冗談をめかしてはいましたが、そう言う彼の声色には、確かな疲れの色が見えました。

 ささやかな日々の癒しと聞いて、思い出すのは昨日のマスターです。

 ぎゃははと愉快そう笑う彼と、その場に居合わせた私たちのやり取り。

 思えばあれも彼にとっては、貴重な癒しの一つだったのでしょうか。


「よくわからないが、俺はこのままでいいのか?」

「ふ……はははっ! ああ、まさにその通り。ほんと、おもしろいな、お前らは」

「お、おお……そうなのか」


 困惑する男の子を見て快活な笑顔で笑うマスターは、確かに楽しそうではあります。

 実際のところ彼は今までも、思っていたよりも楽しんでくれていたということなのでしょう。

 彼の日々の心労が、どれほどのものなのかはわかりませんし、私のようなただの冒険者が彼に何かいい影響を及ぼせたのかどうかも、わかりません。


「そしてまあ、いろいろと言いたいことはありますが」


 ただ、それでもたった一つだけ、確かなことがありました。


「癒術師として。あなたを癒して見せられたなら、それは確かに嬉しいことですね?」


 だから私はそうやって、できるだけ明るい声色で、彼の目を見て微笑みました。


「……おお、上手い言い方をするな」

「他人事みたいに言わないでください」


 おかしいですね、彼は確かに私と向かい合っているはずなのに、その目はどこか虚空を見ているような気がします。人がせっかく嬉しさを共有しているというのに、白状な人です。

 あるいはきっと私たち、それくらいでいいのかもしれませんが……。

 それでも、これだけは言っておかなければ気が済まないような気がしたので。


「お疲れも溜まっているでしょうし、不安なこともあるでしょうが――」


 私ははそう言って言葉を伸ばして、

 それからぱんっ! と手を打って、


「困難なんて笑い飛ばして、今日もお仕事頑張りましょう!」


 底なしに快活な彼を真似て、笑顔で背中を押しました!

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