第二十四話 再訪問
その後は、二人でゆっくりと朝ごはんを食べながら昨日のことを振り返りつつ。
ひとまず私たちはもう一度、アーフルさんの診療所を訪れることにしました。
昨日の別れ際に、今日も顔を出してほしいとは言われていましたし……いろいろあっても一応は、私たちの手助けをしてくれたことに間違いはありませんから。
ひとまずは最初に顔を出しておいて、用件が済み次第、二人で依頼を探しましょう。
なんて、思っていたのはよかったのですが。
「あら、黒もじゃくん。昨夜ぶりですね」
「げえっ!」
診療所を訪れて玄関をノックし、中から出てきたのは、昨日の朝男の子の髪を勝手に整えてしまった、あのギルド職員のお姉さんでした。
オレンジにも近い赤毛の髪を後ろにまとめたポニーテールの彼女は、昨日と変わらぬギルド職員の制服姿でにこやかに微笑んでいますが……。
「昨夜ぶり……って?」
「違うんだ。カヤさん。違うんだ」
「ああ~。なるほどーなるほど?」
いやまあ、別に私は、何も気にしてはいませんが。
男の子は妙に目を泳がせつつ、あわあわと言葉を探しているような様子です。
まあでもきっと、私と別れた後、この職員さんと偶然会っただけでしょう?
あるいは……まさかとは思いますが。
「ひょっとして、またギルドに泊めてもらったんですか?」
「う……宿が見つかるまでは、使っていい部屋があると言われて、いたから」
「あら黒もじゃくん、ずいぶん素っ気ない言い方するんですね」
「あなたは黙っていてくれ! 第一、俺はちゃんと断って、広間を使わせてもらったはずだ!」
なんとなく、話が読めてきたような気がします。
多分、男の子は冒険者ギルド二階の空き部屋を、一夜明かすのに使わせてもらうつもりだったのでしょうが……実際のところ、そうはならなかったのでしょう。
思えば、ギルド職員のお姉さんは先程から、からかうようにフフフと笑いつつ、細めた眼の隙間から鋭い眼光で男の子を見ているような気がします。
「ひょっとして、職員さん」
「エリーダでいいですよ」
「エリーダさん。は、彼を自室に招くつもりだったわけじゃー?」
「そうなりますね」
「そ、そうですか」
ギルド職員のお姉さん改め、エリーダさんに是非とも否定してほしかった言葉を肯定されてしまって、私は心の中で頭を抱えます。
本当なら昨日、彼がエリーダさんを苦手だと言っていた時点で気付くべきだったのでしょう。
横目で見た男の子は、彼女に対する警戒心を隠すこともなく、半歩ほど後ずさっています。
私は咄嗟に、彼とエリーダさんの間に入りつつ「ところで……あなたはどうしてここに?」と話を変えようと試みてみます。
そんなところでのことでした。
「こらーっ! そこのヤバ姉!」
「ああん!」
突然、ドドドッと音を響かせながら、扉の奥から何かが走り込んで、エリーダさんを跳ね飛ばすような勢いで押しのけます。
キジトラ模様の髪を靡かせた彼女は、見間違いようがありません。シャラさんです。
「アンタみたいなヤツが男児に関わっちゃダメでしょ!」
「失礼な! 人に前科があるみたいに!」
「直接手だしてないだけで未遂だらけでしょが!」
「ひどい!」
そんな風に、胸ぐらに掴みかかられたエリーダさんは、あまりにもわざとらしく「うっうっ」と泣きまねを繰り広げていらっしゃいます。
それを見た男の子は、ただただジトっとした目をエリーダさんに送っています。
多分ですが、私も彼と同じような目で、エリーダさんを見てしまっているような気がします。
「はぁ……ごめんね、お二人さん。せっかく来てくれたのに、サボりのヤバ姉が一緒で」
「い、いえ、私はいいんですが……」
「俺は……ちょっと、その人がこわい」
「はう! そんな!」
いちいちオーバーリアクションだなぁ、と横目でエリーダさんを見てみれば、彼女は泣きまねを通り越した嗚咽を漏らしながら顔を押さえています。
勘違いでなければ、その指の隙間から除いた彼女の眼は、真っ直ぐに男の子の様子をうかがっているような気がします。
それに男の子は気付いているのか……いないのか。
わかりませんが、彼がずいぶんとぎこちなく、目を逸らしているのは確かです。
「ともあれ、中で院長が待ってるから……とりあえず、上がってく?」
「まあ……はい。じゃあ、お言葉に甘えて」
「俺も、まあ、そうしたい」
「……お茶菓子を多めに用意するね。エリーダ姉、手伝って」
「ええ? 私はもう少しだけ彼に――」
「て、つ、だ、っ、て。いいね?」
そういうシャラさんの威圧感は凄まじいもので。
流石にエリーダさんも反省したのか、大人しく扉の奥側に消えて行ってくれました。
昨日ギルドで会った時は、さほど気にはならなかったのですが……本当になんというか、凄まじい人は要るものだなぁと思います。
それでもなんとか切り抜けられたので、私たちは診療所の中に入って数歩進み、シャラさんにアイコンタクトで確認を取ってから昨日と同じソファーに腰掛けます。
直後に私とすぐ隣の男の子は、シンクロするように凄まじいため息を吐きました。
「なんというか、お疲れ様だ」
「あなたこそ、お疲れ様です。朝から大変ですね」
「今度から宿はちゃんと選ぼうと思う」
「ああ……それが良いと思います」
思えば、彼がわざわざ朝早くに起きて、パン屋さんではちみつパンを買ってくれたのも、そうした事情があったからなのかもしれません。
ギルドに泊まっていたのなら、そりゃあ昨日渡した銀貨も使いはしなかったでしょうし……。
もし彼がエリーダさんの脅威から逃れる手段として、私を頼ってくれたというのなら、それはとても嬉しいことですね。ええ……本当に。
「お待たせ、お茶は今ヤバ姉が淹れてくれてるから、先に用件を伝えちゃうね」
「そうでした。お願いします」
「て言っても今、院長は取り込み中だから、話のさわりだけだけど」
思えば私たちは今日、アーフルさんに呼び出されてこそいますが、詳細な予定などは聞いていなかったように思います。
いまだにアーフルさん本人の姿は見えませんが、そのあたりを予め伝えてくれるのは、ありがたいことです。
そう思って、姿勢を整え直した私たちに向かって、シャラさんは言います。
「昨日できなかったカウンセリングをして、可能なら黒もじゃくんにふさわしい名前を、みんなで考えようじゃないか! ってワケ」
「ほう……?」
そんな言葉でぱちくりと、瞬きを数度重ねた私。
また顔を見合わせた男の子も、どこか拍子抜けしたような表情をしています。
カウンセリングというと……いわば聞き込みのことでしょうが、それは昨日と何が違うのか、ピンと来ていないと言うのが正直なところです。
「まあ大層に言ったけど、ぶっちゃけ昨日とある問題のせいでうまくいかなかったからさ」
「とある問題……というと、マスターですか?」
「それもある。けど、ちょっと違うね。カヤちゃんには少し話したけれど」
そう前置きした上で、シャラさんはこほんと一つ咳払いをして、その身をぐいーっと伸ばしてから……ビシッ! と一本指を立ててから言いました。
「黒もじゃくん。実は昨日、院長が夢術を使う前にね……」
なんて、私と彼がシャラさんの言葉に、耳を傾けようとしたところで――
――バァン! と勢い良く開くドア。
奥の部屋から姿を現した白衣の男性、アーフルさんがこちらへ向けて叫びます。
「シャラ! すぐに出るぞ」
「どど、どうしたんですか院長?」
大声量で名前を呼びつつ、白衣を翻して玄関へ向かおうとするアーフルさん。
それを引き留めるように、慌てた様子のシャラさんが彼の手を後ろから取ります。
「今はほら、カヤちゃんと彼とエリーダ姉が」
「ふむ。冒険者と職員か。丁度いい」
昨日とは全く違う口調と、はきはきと端的な口調で言葉を重ねるアーフルさんは、えも知れぬ威圧感のようなものを纏いつつ、怒気にも近い迫力を込めた声で言いました。
「北の山岳で、野獣や魔物の大侵攻が発生した。マスターに報告する。直ちに取り次ぎを」




