宮園さんと田中くん
「……あ」
目の前を横切った人物に、みどりは思わず声を上げた。
何気なく目をやった少年が、みどりを見つけて「うっ」と呻く。トレードマークの黒縁メガネが、動いた拍子にかちゃんと鳴った。
駅近くの大型書店。ネット通販の波にも負けず、毎回驚異的な売り上げを誇っている大人気店舗だ。
「……どうも」
「……どうも」
気まずい挨拶の後、重い沈黙に包まれる。
それも仕方ない。彼とはついこの間、下着を取った取らないでひと悶着あった間柄だ。ちなみに濡れ衣ではないが、純然たる親切心だったので、みどりは水に流している。
彼と話すのはあれ以来だ。というか、立ち止まってくれなんて言ってないのだけれど、どちらも足は動かない。
しばらくそのまま時間が流れ、みどりはぶっきらぼうに言った。
「……あの。この間、ごめんね」
「え」
意外な言葉を聞いた、という顔で、田中くんがこちらを見る。
「みんなの前であんなこと言って。いや、その、間違いではなかったんだけど……」
「ご、ごめんなさいっ」
「いいよ。ていうか、わざとじゃないし」
ごめんね、ともう一度言う。
あの時の田中くんの顔は、はた目から見ても白かった。藤崎さんと吉川さんがいてくれなかったら、田中くんが登校拒否になっていたかもしれない。そう思うと、誤解が解けてよかったと思う。
「田中くん、何買いに来たの?」
「あ、僕はその、えっと、小説……とか」
「へえ、マンガじゃないんだ」
「マンガも買うけど、今日発売日の小説、ここだと特典もらえるから」
ふうん、とみどりは頷いた。特典目当てなのはみどりも分かる。ここは割とおまけがつく。
「何の本か聞いてもいい?」
「え」
「あ、別に嫌ならいいよ。聞いてみただけ」
なんとなく興味がわいただけだ。答えたくなければどうでもいい。田中くんはひどくうろたえていたが、今さら隠すほどの事でもないと思ったらしく、「…これ」と平台にある一冊を指した。
「……ハードボイルド?」
「好きな作家さんが紹介してたから、読んでみようかと思って……。あ、ラノベとかも読むんだけど、今回は」
「美少女系かと思ってた。そうなんだ」
何気なく言うと、田中くんはまた「うっ」と胸を押さえた。これも失言なのだろうか。
「そ……そういうのも……読むけど……まあ、色々と」
「ふうん、そうなんだ」
やっぱり美少女系も読むのか。まあそこはどうでもいい。それで会話を終えようとしたが、口が勝手に違う事を話していた。
「推理物は読まないの?」
「え?」
「ほら、この間。すごかったじゃん。なんか名探偵みたいだったし」
「あ、あれは……つい体が勝手に動いて……」
「それでもいいよ。ちょっとカッコ良かったし」
「え」
「あ」
今度は先ほどとは違う沈黙が訪れる。
「……うん、あの、機会があったら、読んでみよう……かな」
「う、うんうんっ。そうしなよ」
「そうする。……じゃあ」
「じゃあね」
なんとなく互いに手を振って、右と左に分かれていく。その直後、みどりは「待って」と引き留めた。
「今度教えてくれる? おすすめのやつ」
「え」
「マンガがいいんだけど、何かある? 読みやすそうなやつ」
田中くんは驚いた顔をしている。ややあって、彼は「…貸すよ、よかったら」と呟いた。
「え、いいの?」
「いいよ。買うと高いし、いっぱい持ってるし、僕」
「あ……ありがとう」
「ど、どういたしまして」
そこで再び会話が途切れ、田中くんは「じゃあ」と言って、今度こそ去っていった。その後ろ姿を見送っていると、奏ちゃんがやってくる。
「お待たせ、みどり。……あれ、田中くんと喋ってたの?」
「うん。今度マンガ借りる約束した」
「いつの間に仲良くなったの、あんたたち?」
この間のいざこざを知っている奏ちゃんは信じられないと言った顔だ。「うーん、ついさっき?」と言うと、奏ちゃんは絶句していた。
「……だからね、ほんとそういうところよ、あんた」
「え、何が?」
「分からないならどうでもいい」
肩をすくめ、行きましょ、とみどりを促す。その手には特典付きのマンガが二冊。奏ちゃんとも気が合うかもしれないと思いつつ、みどりは並んで歩き出した。
――実は意外なほどマンガの趣味が似通っている事が発覚して、この後しょっちゅう本を貸し借りするような仲になるのは、もう少しだけ先のお話。
了
お読みいただきありがとうございます。彼らはめちゃくちゃ気が合って、そのうち二人で出かけたりもするようになります。「なーお前らって付き合ってんの?」と聞かれ、「「違う!!」」とほぼ同時に答えるような、そんな関係。
(ちなみに田中くんの方がわずかに早かったのを、宮園さんが「釈然としない…」と拗ねたりします。仲いいね君たち(でも付き合ってはいない)。)




