エピローグの裏側で(後編)
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「どうやったの、あれ?」
ぼそぼそと言う声に、桐生は首をかしげた。
「それが、最後のは僕がやったんじゃないんだ。誰かが代わりに花火を上げてくれたみたいだよ」
「はっ? なんで?」
「さあ。親切な人がいたんじゃないかな」
そう答えると、間宮は唖然とした顔をしていた。
実際、桐生にも何が起こったか分からないのだ。
桐生は二度この学校で花火を上げた。そして扉を開ける事に失敗した。
がっかり半分、やっぱりと言った気持ち半分だったが、間宮はひどくおろおろして、「ほんとにやるなんて…」とうわ言のように呟いていた。
本当も何も、やると宣言したではないか。
それに――間宮には言わないが、多分これは扉が開く事が目的じゃなく、花火を上げる事自体に意味がある。そう思ったからだ。
助けたいなんて、大それた事を思っていたわけじゃない。
だけど、手を差し伸べる事ができたら。
何もかもあきらめてしまったような表情が、また光を映してくれたら。
そうすれば、昔の自分も救われるような気がした。
多分桐生は間宮の中に、昔の自分を重ねていた。
ずっと昔、不思議な世界に憧れていた子供の自分が、膝を抱えて座っている。
あのころの夢はとっくに手放してしまった。――だけど、まだ。
うつむいている顔を上向けて、青い空を見せたい。
冷たく縮こまった手を取って、色づく世界を見せてあげたい。
そうしたらきっと、何かが変わる気がするのだ。
(だから)
珍しく桐生は本気で願った。
この願いが叶うよう真剣に祈った。
どうか神様、願いを聞き届けてくれますように。
それができないなら、せめて努力を。
彼のために何かしようとする存在がいるのだと、その目に映してやれますように。
ヒーローに憧れて、空が本気で飛べると信じて、魔法の練習に明け暮れた。そんな幼いころの自分が、今も胸の中にいる。
できるなら、どうか、神様。
――もしも奇跡が起きるなら。
年甲斐もなく、そんな事を心から願ってしまったのだ。
(まさかほんとに異世界の扉が開くとは思わなかったけど)
あれは見間違いかもしれない。実際、隣にいた三崎くん以外は誰も気づいていなかった。
だけど、それでもいいのだ。
桐生は確かに扉を見つけた。
そして間宮もそれを見た。
それだけで十分だ。
「……信じられない。なんでそこまでしてくれるの?」
間宮が困惑した声で言う。
「言っただろう、友達だから」
「友達でもしないよ、こんなこと! 校則違反じゃないか」
実際は校則違反どころの話ではないのだが、校内で煙草を吸うのとどっちが悪いかと聞かれると少し困る。桐生は基本的に校則を守る。多分間宮もそうだろう。
間宮は目に涙をためたまま、「信じられない」と繰り返す。
「ぼ……ぼく、無理だろうと思ってたのに」
「そうなの?」
「できるはずないって……口だけだって、そう思ったのに」
「え、そうなの?」
「ほんとに学校で花火を上げるなんて……しかも二回も。先生に見つかったら停学だよ。信じられない」
「うーん……そう言われてもなぁ。青空に花を咲かせる方法が、他に思いつかなかったんだ」
桐生は困ったように頬をかく。
花の形に組んだ風船を飛ばすとか、花を描いた凧を上げるとか、他にも色々考えたのだ。けれど、どれもしっくりこなかった。これは花火だなと直感していた。
結果的にそれは大当たりだったのだから、もう少し喜んでくれてもいいと思う。
「でも、賭けは僕の勝ちなんだから、約束は守ってもらうからね」
「……うん、まあ」
「学校。辞めないでよ、間宮くん」
桐生が笑うと、間宮はぐっと唇を噛んだ。元々うるんでいた目に涙が盛り上がり、しぱしぱと瞬きで覆い隠す。一粒二粒、床に落ちた水分は見ないふりをした。
「……辞めないよ」
間宮は洟をすすり上げた。
「辞めたくないよ、本当は」
知ってるよ――とは言わなかった。
もし彼が本気で辞めたいと思っているのなら、こんな真似は出来なかった。けれど、これは自分だけが知っていればいい事だ。
「辞めたくないけど……でも」
無理かもと続きそうになった言葉を遮り、冷えた手を両手で包み込む。はっと息を呑む気配がした。
「大丈夫。ひとりじゃないよ」
「…………っ」
「一緒に考えよう。いざとなったら、異世界に行けばいい。何しろ本当に存在するのが分かったんだから」
「それ、本気で言ってる?」
「もちろん」
桐生は自信たっぷりに頷いた。
証言者が必要なら、三崎くんに力を貸してもらおう。何しろ彼も目撃したのだ。きっと快く引き受けてくれるだろう。桐生は三崎くんの事が好きだ。もっと仲良くなれたらとても嬉しい。
それから――もうひとり。
「いつか、間宮くんに紹介したい人がいるんだ」
「誰?」
「前に話したことがなかったかな。ちょっと不思議な感じのクラスメイト。彼なら異世界を信じてくれそうな気がする」
「そういえば、そんな話を聞いたっけ」
「友達もすごくいい人なんだ。異世界の扉はあるって言ってくれた。自慢のクラスメイトなんだよ」
「……うん、会ってみたいな」
間宮は照れくさそうに頷いた。
クラスは別だけれど、会う機会はいくらでもある。
いつか、間宮に彼らを紹介したい。
そして彼らにも、桐生の自慢の友達を紹介したい。
そんな日がいつか来るかもしれないし、来ないかもしれない。異世界の扉にはまた出会うかもしれないし、二度と出会わないかもしれない。未来は誰にも分からない。――だけど。
それでも今日、確かに異世界の扉は開いた。
「ところで間宮くん、あの花火ほんとに何だったと思う?」
「えぇぇ……分かんないよ。桐生くんがやったんだと思ってたもん」
「本当に七不思議かな」
「七不思議じゃない?」
他愛ない会話を交わしながら、二人はどちらからともなく窓の外を見た。
金色の光が差し込み、室内を柔らかく彩っている。
それは少しだけ、あの花火の色とも似ている気がした。
了
お読みいただきありがとうございます。だって君は友達だから。
というわけで、クラスメイト編をお届けしました。いいね・ブクマ・評価など、どうもありがとうございます。とても励みになりました。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。あらすじにも書いた通り、「陰キャも陽キャもみんな幸せ(一部除く)」なので、この先はきっとみんな幸せ。
これにて完結です。
ここまでお付き合いいただいた方、どうもありがとうございました!




