スカーレットの憂鬱-9
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その後、みどりと長い話をした。
途中、色々と衝突はあったものの――何なら口喧嘩までしたものの、結果として、みどりとは仲直りした。
表立ったケンカをしていたわけではないけれど、言いたい事を言ったらスッキリした。みどりもそれは同じようで、なんだかほっとした顔をしていた。
彼女は自分の失言癖をようやく理解したらしく、何かあったら口にする事を約束させられた。奏にとっても問題ないので、ストレスはぐっと減るだろう。もちろん、すべてではないけれど。
友達なんてそんなものだ。
腹が立ったり、我慢したりしながら、それでも一緒に時間を過ごす。
彼女は奏の友達だ。多分、親友と言ってもいいかもしれない。
それから、何かが変わったかと言えば――……。
「あれ、西本さん」
駅前の大型書店で、奏は声をかけられた。
「偶然だね。西本さんも本買いに来たの?」
「……桐生くん」
立っていたのは桐生くんだった。相変わらず、まばゆいほどの王子様ぶりだ。
「実はたまに見かけてたんだけど、声をかけにくくて。西本さん、よくここ来てるよね。常連?」
「まあそこそこは……ここ品揃えいいし、フェアもあるし」
「ああ、確かに。今年の文庫フェアは当たりだった」
頷く彼の横で、他校の女子がひそかに凝視している。桐生くんはちょっと見ないほどの美形なので、その気持ちはよく分かる。
ちょっぴりの優越感と、なんであの子がと思われる危険を天秤にかけ、奏はさっさと退散する方を選んだ。
「それじゃあたし、これで」
「急ぐの?」
「そうじゃないけど……」
「ならお薦め教えてくれないかな。ちょうど新しいのを開拓したくて」
そう言うと、なぜか彼は奏の隣へ行き、すぐそばにある本を手に取った。
「僕のお薦めはこれ。この間読んだけど面白かったよ。西本さんのお薦めは?」
「え、と……」
桐生くんが見せてくれたのは、この間発売したばかりのハードカバーだった。以前にめくった事はあるが、中身もなかなか詰まっていた。もう読破したのならさすがである。
「西本さん、読書好きだろう? いつか絶対声かけようと思ってたんだ」
「あ、あたし?」
「読書はひとりでもできるけど、お薦めを教え合うのも楽しいよ。あと数人目をつけている人がいるんだけど、今日は運が良かったな」
にこっと笑う顔は、息を呑むほど整っている。近くで騒ぐ声が聞こえたが、桐生くんは気づかないようだった。
桐生くんが、奏の事を知っていた?
それだけでなく、声をかけようと思っていた?
その事実に動揺し、意味もなく緊張する。
「あたしの、おすすめは……」
少し迷い、奏は一冊の本のタイトルを告げた。
今はまだ読み途中だけれど、いつか翻訳版も読もうと決意しているものだ。
まだ序盤だけれど、話は確かに面白い。辞書と首っ引きになり、時には分からなくて付箋を挟みながら、少しずつ読み進めている。
そのタイトルに、桐生くんはああ、と言った。
「図書館で見かけたことがある。今度読んでみようかな」
「まだ読み終わってないから、すすめるのも悪いけど」
「いいよ。今一番のお薦めってことだろう?」
楽しみだなと桐生くんが笑う。何気なく手にした本を平台に戻し、別の本を手に取った。
その横顔はやっぱりヘンリーに似ている。少女マンガの王子様。
奏も本を手に取った。先ほど桐生くんが紹介してくれた本。
以前にも気になっていたけれど、値段がネックになってあきらめたのだ。さすがに高校生にはちょっときつい。図書館でリクエストしても、回ってくるのは半年後くらいだろう。
そう思っていると、「気になったなら貸すよ」と言われてしまった。
「え、でも」
「いいよ。僕はもう読み終わったし、感想言い合える友達が欲しかったし」
「と、友達?」
「あ、なれなれしかったかな。どうも本好きな人とは仲良くなりたくて」
照れたように笑う顔は、呆れるくらい格好いい。みどりが騒ぐわけだわと、奏は他人事のように思っていた。
少女マンガなら王道の展開だ。でも、奏はヒロインじゃない。
「……嫌じゃない」
奏は首を振った。
「貸してくれたら嬉しい。だけど、本当にいいの?」
「いいよ、もちろん」
桐生くんが嬉しそうな顔で頷く。それを見つめる目が多い事には気づいていたが、もはや気にはならなかった。
ただし、確認しておかなければいけない事がある。
「……先にみどりに貸した方がいい?」
「え、なんで?」
そろりと問うと、桐生くんは目を丸くした。
「読みたいなら貸すけど、宮園さん、本読むっけ?」
「……読まないけど」
「じゃあなんで貸そうとするの? 西本さん、面白いなあ」
楽しそうに桐生くんが笑う。どうやら彼の中で、みどりは「マンガしか読まない子」になっているらしい。それは確かにそうなので、奏も黙るしかない。
けれど、桐生くんはみどりを馬鹿にした様子もなく、「よく話しかけてくれるんだよ」とのんびり言った。
「僕もマンガは好きだよ。宮園さん、少女マンガにすごく詳しいよね。西本さんも好きなの?」
「まあ、それなりには」
「宮園さんが親友だって言ってたよ。いつもお世話になってるって。やっぱり友達って、読書傾向も似るのかな。なんだかうらやましいなあ」
屈託のない言葉に、奏はえ、と目を見張った。
何か言うより早く、「奏ちゃーんっ」と呼ぶ声がする。
向こうにいるのはみどりだった。満面の笑顔で手を振っている。
柱が影になっているせいで、隣にいる桐生くんには気づいていないらしい。手を振り返し、奏は「それじゃ」と言って桐生くんから離れた。
「明日持ってくるよ。読み終わったら感想聞かせて」
「うん」
「よかったら、他のお薦めも紹介してくれると嬉しい。また明日ね、西本さん」
うん、と頷き、奏はぎこちなく微笑んだ。
奏はヒロインじゃないし、悪役にもなれない。
自分の日常は平凡で、王子様なんてやって来ない。ずっとそう思っていた。
(だけど)
――もしかして、そうとは限らないかもしれない。
今こうやって、桐生くんと言葉を交わしたように。
憧れの先生に、お気に入りの本を譲ってもらったように。
自分の人生だって、そう捨てたものではないかもしれない。
みどりに向かい、奏は足を踏み出した。
思ったよりも軽やかで、踊るような音がした。
了
お読みいただきありがとうございます。未来は誰にも分からない。
……
……
……
(あっ峯田がヤンデレのままだった……)




