スカーレットの憂鬱-6
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翌日、古賀教師の顔を見るのが少し気まずかったが、彼は普通の顔をしていた。
その事に、なぜか傷つけられたような気持ちになる。
多分、これは嫉妬だ。みどりに対する醜い思い。
魔が差したのは、ほんの些細な気まぐれだった。
「あれ、あれ? 教科書がない」
目の前ではみどりが騒いでいる。必死に机を探しているが、奏はちゃんと覚えている。昨日の移動教室の後、机まで戻るのが面倒で、そのままロッカーに突っ込んだ事を。
いつもならすぐに助けてあげる。「ロッカーじゃない?」と一言言えば解決だ。
けれど、奏の口は別の事を告げていた。
「また? 隣行って借りてきなよ」
「いやでも、ちゃんと入れといたはずなのに」
「気のせいでしょ」
たまには奏の助けなしで、生活してみればいいのだ。
あっさり言うと、みどりは釈然としないながらも言う通りにする。ちょっとロッカーを見ればすぐなのに、そこには思い至らないらしい。
その後、教科書はロッカーから見つかった。みどりは「ええー?」と驚いていた。
次はペンケースだった。
やはり移動教室の際、うっかり転びそうになり、教壇のプリントをぶちまけたのだ。慌てて拾い集めた際、無意識にペンケースをその辺に置く。そしてそのまま忘れていった。
奏はそれを見ていたが、あえて指摘はしなかった。
午後の授業が始まるまで、みどりは置き忘れた事に気づかなかった。
三度目はハンカチだった。
みどりはちょっと面倒くさがりなところがあり、ハンカチの上から財布をポケットに突っ込んでいる。それが災いして、ねじ込む際にハンカチが落ちたが、奏はやはり黙っていた。
ハンカチは見つかったが、端を踏まれてしまったらしい。みどりはしょんぼりした顔をしていた。
それを見ながら、奏は冷めた顔で思っていた。
たまには思い知ればいいのだ。どれだけ奏に頼っていたかを。
みどりに手助けしないと決めて、知らんぷりを決め込んでから、彼女の日常は一気に変わった。フォローする人がいるといないとでは、天と地ほどに違うらしい。
そのせいか、みどりは「嫌がらせかもしれない」などと言い出した。違う。ほとんど彼女のうっかりだ。
(……でも)
一度だけ、お弁当バッグにつけたマスコットが落ちているのを見つけてしまった。
あれはみどりのお気に入りだ。なくしたらさぞや落ち込む事だろう。
しばらく迷ったが、それだけは鞄の外ポケットに入れてあげた。
みどりはやはり気づかずに、しばらくの間騒いでいた。
***
そんな日がしばらく続き、みどりはさすがに参っているようだった。
だからといって、すぐに性格は変えられない。おっちょこちょいは健在なので、やっぱり何かしら物をなくす。
そのころになると、みどりはひとりの生徒を「怪しい」と言うようになった。
彼女に名指しされたのは、よりにもよって田中くんだった。
「だって奏ちゃん、彼はオタクだよ!? 二次元の美少女を愛でてるんだよ?」
三次元の女の子に興味がないわけはないと言っていたが、そんな事はない。なんなら二次元の方が好きなオタクはたくさんいる。
二次元の美少女は夢を壊さない。それだけでも十分魅力的だ。
その悪気なく人を傷つける発言をどうにかしないと、いつか簀巻きにして吊るされても文句は言えないと思うのだが、彼女はまったく理解していない。根本的に分からないのかもしれない。
だから奏はとてもソフトに「鼻の穴にニンニク詰めるよ」と言っておいた。
そもそも彼女もオタクである。自分の事はよく見えていないのかもしれない。
みどりの口からオタクを否定されると、なんとなくイラっとする。
バカにしないで、と思った。
もやもやしている最中、みどりがいつものように財布を落とした。教科書やハンカチならともかく、財布は大事だ。慌てて声をかけようとして、その手が止まった。
――あたしは一生、この子の面倒を見て生きていくの?
世話の焼けるヒロインと、面倒見のいい脇役として。
そんなのはまっぴらだ。
ぎゅっと唇を噛み、奏は財布から目を背けた。胸の中がちくちくと疼いたけれど、どうしても声がかけられなかった。
(だけど)
泣きそうな顔のみどりを見て、初めて罪悪感が込み上げた。
「途中で落としたのかもしれないよ。あたし、探してくる!」
落とした場所は分かっている。誰にも拾われていなければ、きっと同じ場所にある。
そう思って駆け出した先で、誰かがかがんでいるのが見えた。
(あれは……)
話した事はないけれど、さすがに顔は知っている。
「……山田くん?」
声をかけると、彼はすっと目を上げた。無言で手に持っていたものを掲げてみせる。
「……みどりの財布?」
「うん」
今見つけた、と口にした彼は、それを奏に手渡した。
「あ……ありがとう……」
「どういたしまして、西本さん」
財布が無事でよかったという気持ちと、彼は自分の事を知っていたのかという驚きが入り混じる。彼も目立たない生徒である。実際、みどりは顔も知らなかった。
教室に戻り、奏が財布を手渡すと、みどりは半泣きで感謝した。
自分じゃなくて、山田くんの手柄だと説明すると、みんながすごいと盛り上がった。
一足先に教室に戻っていた彼は、淡々と「それほどでも」と言っていた。
その後ろから埃だらけの田中くんが現れて、なぜだか無言で歯ぎしりしていた。




