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友達の山田くんには秘密がある  作者: 片山絢森
クラスメイトも色々ある

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スカーレットの憂鬱-4


    ***



 話は変わるが、奏のクラスには王子様がいる。

 名前は桐生(きりゅう)くんという。顔といい、中身といい、間違いなく学年でもトップクラスだ。

 みどりは彼の事が気になるらしく、いつもちらちら見つめている。


「あーもう、桐生くんカッコいいよねえ。彼女とかいるのかなぁ」

「いるんじゃない? 知らないけど」

「そんな適当なこと言わないでぇ! 桐生くんはフリーだよ。ぜひそうであってほしい……!」


 なら彼女いるのかと聞かなければいいのだが、みどりはよくこんな聞き方をする。


「気になるなら本人に聞けば?」

「そんなことできるわけないじゃん。奏ちゃんはクールすぎる!」


 奏がクールなんじゃなく、みどりが熱いだけなのだが、それは言っても始まらない。


 桐生くんは確かにとびきり格好いい男子だが、特に奏の趣味ではない。ただし、『うるわしのエリザベス』に出てくるヘンリーに雰囲気が似ているので、そういう意味では鑑賞している。恋ではなく、純粋なファン心理だ。もちろん失礼な行為なので、大っぴらにではないけれど。


 奏の好みはもっと年上の男性だ。

 年齢は問わないけれど、大人の余裕がある方がいい。

 知的で、物静かで、ちょっと影のある感じ。間違っても教室の真ん中で「おい(やま)()ァ!!」などと叫ばない男子がいい。


 そんな人と恋に落ちたら、奏もスカーレットじゃなく、素直で可愛いエリザベスになれるだろうか。


 ふと目をやると、みどりの髪に消しカスがついていた。

 みどりはしょっちゅう机に頭をつけるので、色々なものが髪につく。何気なく払ってやると、みどりは「ありがとう、奏ちゃん」と言って、ふにゃっと笑った。


 さらさらと揺れる栗色の髪。

 色白で、小動物のような顔立ち。

 自分とは真逆の愛らしさに――奏はなんとなくイラっとして、頬をつねった。


「痛っ!? ひどい奏ちゃん、何すんの!?」

「ほっぺにも何かついてたみたいたから。あらでも、気のせいだったみたい」

「絶対嘘だ! 暴力反対!」


 みどりの頬は柔らかくて、つきたてのお餅みたいだった。

 どこもかしこもふわふわで甘い、砂糖菓子みたいな奏の親友。


「それよりみどり、あんた英文読解の宿題やったの?」

「え、宿題なんか出てたっけ?」

「出てたでしょ。授業の最中にやっとけって。古賀先生、ちゃんと板書してたじゃない」


 先日も話題に出た古賀教師は、メガネをかけた二十代の男性だ。ひょろりと背が高くて猫背気味で、ちょっと文学青年っぽい雰囲気を持っている。

 通称コガセンと呼ばれる彼を、みどりは蛇蝎のごとく嫌っていた。


「あの陰険高齢独身オッサンメガネ、いっつもネチネチうるさいんだよねぇ。完全に目ェつけられてる気がする……」

「あんたがしょっちゅう忘れ物するからでしょ」


 奏にしてみれば、普通に準備して授業に(のぞ)めばいいだけなので、どうしてこんなにも抜けがあるのか、そちらの方が分からない。


「どうでもいいことは忘れるんだよ、奏ちゃん」

「いや宿題はどうでもいいことじゃないでしょ。やれよバカ娘」

「口悪いよ奏ちゃん!?」


 ひどいと言いつつも、みどりは宿題を始めている。抜けてはいるが、サボる事はしない性格なのだ。どうしてもの時は手伝うが、基本はノータッチを貫いている。みどりもそれでいいらしい。


 古賀教師を嫌う彼女の気が知れない。

 地味顔だがよく見れば整っているし、授業内容は丁寧だし、ちょっとやつれた風情が格好いい。背も高く、声も低くて、割と奏の好みである。

 それに、彼はいちいち注意をするが、声を(あら)らげた事は一度もない。


 教室の向こうでは、やたらと目立つ生徒が「オラ山田ァ!!」と叫んでいる。本当にああいう男は嫌だ。顔がよくても絶対嫌だ。


 絡まれているのは物静かな少年だった。

 大丈夫なのかと目をやると、田中くんもそちらを見ていた。

 騒ぎはすぐに収まり、みんなも気には留めなかった。





 その後、無事にみどりは宿題を終え――「無事に」というにはひどすぎる文字と内容だったが――古賀教師に提出した。だが、彼女は教科書も忘れていたため、きっちり突っ込まれていた。

 授業後にはいつものように愚痴っている。


「もうさぁ、しょうがないじゃん。あたしがうっかりなのは遺伝なんだから、お母さんを学校に呼び出せばいいじゃん……」

「無茶言わないの。というか、忘れ物をまずなくしなさいよ」

「それは無理ぃ……」


 うー、と机に顔をつける。

 あまりにもミスが続いたせいか、とうとう今日は「罰として、放課後に教材の整理を手伝うように」と言われていた。みどりは瀕死のガチョウみたいな顔をしていた。


「冗談じゃないよ。今日は早く帰りたかったのに」

「何かあったっけ?」

「おばさんの家に行く予定だったの。おばあちゃん、入院しちゃってさ」

 面会時間の関係もあるから、授業後に直行しないと間に合わないらしい。


「古賀先生に言えば? 延期してくれると思うけど」

「やだよもう。話す機会が一回でも増えるの嫌だ」

 みどりの古賀教師嫌いは筋金入りらしい。今もしかめっ面をしている。


「……じゃあ」

 ふと奏は思いついた。


「あたしが代わってあげようか?」

「え、でも」


「お見舞いならしょうがないでしょ。忘れてたって言っといてあげるわよ。ついでに、今回の罰は終わりにするようにも頼んでみる」

「えー……嬉しいけど、悪いよぅ……」


 みどりは自分のミスを人に押しつけるような真似はしない。意外と律儀な子なのだ。いいからと奏は押し切った。


「友達でしょ、あたしたち。こういうときは力になる」

「奏ちゃん……!」


 みどりは感激した顔をしていた。

 聖母の顔で頷きながら、奏は違う事を考えていた。


 だって、古賀教師と二人っきりで話せるのは悪くない。奏は注意された事など一度もないし、一度などは発音を褒めてもらった。成績だって上位をキープしている。今回は理由が理由だけれど、別にみどりじゃなくてもいいはずだ。


 みどりじゃなくて、奏だっていいはずだ。


「ありがとう奏ちゃん、今度お礼になんか奢るね!」


 みどりはきらきらした目で感謝していた。

 いいのよと言いながら、奏はちょっぴり罪悪感も覚えていた。

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