スカーレットの憂鬱-4
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話は変わるが、奏のクラスには王子様がいる。
名前は桐生くんという。顔といい、中身といい、間違いなく学年でもトップクラスだ。
みどりは彼の事が気になるらしく、いつもちらちら見つめている。
「あーもう、桐生くんカッコいいよねえ。彼女とかいるのかなぁ」
「いるんじゃない? 知らないけど」
「そんな適当なこと言わないでぇ! 桐生くんはフリーだよ。ぜひそうであってほしい……!」
なら彼女いるのかと聞かなければいいのだが、みどりはよくこんな聞き方をする。
「気になるなら本人に聞けば?」
「そんなことできるわけないじゃん。奏ちゃんはクールすぎる!」
奏がクールなんじゃなく、みどりが熱いだけなのだが、それは言っても始まらない。
桐生くんは確かにとびきり格好いい男子だが、特に奏の趣味ではない。ただし、『うるわしのエリザベス』に出てくるヘンリーに雰囲気が似ているので、そういう意味では鑑賞している。恋ではなく、純粋なファン心理だ。もちろん失礼な行為なので、大っぴらにではないけれど。
奏の好みはもっと年上の男性だ。
年齢は問わないけれど、大人の余裕がある方がいい。
知的で、物静かで、ちょっと影のある感じ。間違っても教室の真ん中で「おい山田ァ!!」などと叫ばない男子がいい。
そんな人と恋に落ちたら、奏もスカーレットじゃなく、素直で可愛いエリザベスになれるだろうか。
ふと目をやると、みどりの髪に消しカスがついていた。
みどりはしょっちゅう机に頭をつけるので、色々なものが髪につく。何気なく払ってやると、みどりは「ありがとう、奏ちゃん」と言って、ふにゃっと笑った。
さらさらと揺れる栗色の髪。
色白で、小動物のような顔立ち。
自分とは真逆の愛らしさに――奏はなんとなくイラっとして、頬をつねった。
「痛っ!? ひどい奏ちゃん、何すんの!?」
「ほっぺにも何かついてたみたいたから。あらでも、気のせいだったみたい」
「絶対嘘だ! 暴力反対!」
みどりの頬は柔らかくて、つきたてのお餅みたいだった。
どこもかしこもふわふわで甘い、砂糖菓子みたいな奏の親友。
「それよりみどり、あんた英文読解の宿題やったの?」
「え、宿題なんか出てたっけ?」
「出てたでしょ。授業の最中にやっとけって。古賀先生、ちゃんと板書してたじゃない」
先日も話題に出た古賀教師は、メガネをかけた二十代の男性だ。ひょろりと背が高くて猫背気味で、ちょっと文学青年っぽい雰囲気を持っている。
通称コガセンと呼ばれる彼を、みどりは蛇蝎のごとく嫌っていた。
「あの陰険高齢独身オッサンメガネ、いっつもネチネチうるさいんだよねぇ。完全に目ェつけられてる気がする……」
「あんたがしょっちゅう忘れ物するからでしょ」
奏にしてみれば、普通に準備して授業に臨めばいいだけなので、どうしてこんなにも抜けがあるのか、そちらの方が分からない。
「どうでもいいことは忘れるんだよ、奏ちゃん」
「いや宿題はどうでもいいことじゃないでしょ。やれよバカ娘」
「口悪いよ奏ちゃん!?」
ひどいと言いつつも、みどりは宿題を始めている。抜けてはいるが、サボる事はしない性格なのだ。どうしてもの時は手伝うが、基本はノータッチを貫いている。みどりもそれでいいらしい。
古賀教師を嫌う彼女の気が知れない。
地味顔だがよく見れば整っているし、授業内容は丁寧だし、ちょっとやつれた風情が格好いい。背も高く、声も低くて、割と奏の好みである。
それに、彼はいちいち注意をするが、声を荒らげた事は一度もない。
教室の向こうでは、やたらと目立つ生徒が「オラ山田ァ!!」と叫んでいる。本当にああいう男は嫌だ。顔がよくても絶対嫌だ。
絡まれているのは物静かな少年だった。
大丈夫なのかと目をやると、田中くんもそちらを見ていた。
騒ぎはすぐに収まり、みんなも気には留めなかった。
その後、無事にみどりは宿題を終え――「無事に」というにはひどすぎる文字と内容だったが――古賀教師に提出した。だが、彼女は教科書も忘れていたため、きっちり突っ込まれていた。
授業後にはいつものように愚痴っている。
「もうさぁ、しょうがないじゃん。あたしがうっかりなのは遺伝なんだから、お母さんを学校に呼び出せばいいじゃん……」
「無茶言わないの。というか、忘れ物をまずなくしなさいよ」
「それは無理ぃ……」
うー、と机に顔をつける。
あまりにもミスが続いたせいか、とうとう今日は「罰として、放課後に教材の整理を手伝うように」と言われていた。みどりは瀕死のガチョウみたいな顔をしていた。
「冗談じゃないよ。今日は早く帰りたかったのに」
「何かあったっけ?」
「おばさんの家に行く予定だったの。おばあちゃん、入院しちゃってさ」
面会時間の関係もあるから、授業後に直行しないと間に合わないらしい。
「古賀先生に言えば? 延期してくれると思うけど」
「やだよもう。話す機会が一回でも増えるの嫌だ」
みどりの古賀教師嫌いは筋金入りらしい。今もしかめっ面をしている。
「……じゃあ」
ふと奏は思いついた。
「あたしが代わってあげようか?」
「え、でも」
「お見舞いならしょうがないでしょ。忘れてたって言っといてあげるわよ。ついでに、今回の罰は終わりにするようにも頼んでみる」
「えー……嬉しいけど、悪いよぅ……」
みどりは自分のミスを人に押しつけるような真似はしない。意外と律儀な子なのだ。いいからと奏は押し切った。
「友達でしょ、あたしたち。こういうときは力になる」
「奏ちゃん……!」
みどりは感激した顔をしていた。
聖母の顔で頷きながら、奏は違う事を考えていた。
だって、古賀教師と二人っきりで話せるのは悪くない。奏は注意された事など一度もないし、一度などは発音を褒めてもらった。成績だって上位をキープしている。今回は理由が理由だけれど、別にみどりじゃなくてもいいはずだ。
みどりじゃなくて、奏だっていいはずだ。
「ありがとう奏ちゃん、今度お礼になんか奢るね!」
みどりはきらきらした目で感謝していた。
いいのよと言いながら、奏はちょっぴり罪悪感も覚えていた。




