スカーレットの憂鬱-3
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きっかけは些細な事だった。
みどりの斜め後ろの席には、小太りで無口な男子がいる。名前は田中くん。ややオタクっぽい雰囲気で、クラスに親しい友人はいない。
たまに教室の後ろを見つめ、そこにいる誰かを観察しているようだけれど、特に何をするでもない。無害な同級生だと思う。
みどりは彼に関心がないが、奏はちょっと気にしていた。
ああなんかこの人、ちょっとあたしに似てるかもと。
奏は小太りではないし、オタクを前面に出しているわけでもない。でもちょっと、なんとなくちょっとだけ、彼にシンパシーを感じているのだ。
何気なく目をやると、ちょうど田中くんがこちらを見たところだった。
奏と目が合いかけて、不思議そうな顔になる。
その直後、なぜか彼はうろたえたように息を呑み、慌てて机に顔を伏せた。
なんだろうと思ったら、「もー奏ちゃん、どうしたの?」という声がした。
「さっきから呼んでるのに。気づいてよぅ」
「……みどり」
立っていたのはみどりだった。奏が目をやると、みどりはきょとんと首をかしげた。
「うん? どうかした?」
「…………」
それには答えず、奏は改めて後ろを見た。
田中くんはもぞもぞとうつむいていた。耳の先がちょっぴり赤い。もちろん、奏と目が合ったからではない。
席を外していたみどりが戻ってきて、その目が自分の方を向いたから。
もっと言えば、みどりと目が合いそうになって、彼は視線を外したのだ。可愛い女の子に見られるのが恥ずかしかったから。
奏じゃなくて、みどりだから。
「………………」
「あれ、奏ちゃん? なんか機嫌悪い?」
「ううん、ちっとも」
男はみんなそういうものだ。
たとえクラスに馴染めていない田中くんであっても、好きな女の子を選ぶ権利はある。
けれど、胸のどこかに刺さった棘は、いつまでもちくちくと疼いていた。
改めて観察すると、みどりは奏と正反対の女の子だった。
「あーどうしよう、消しゴム忘れた」
静かに本を読む奏の横で、みどりは今日も騒いでいる。その制服はやっぱり変だ。よれた襟元を直してやると、みどりは嬉しそうに礼を言った。
「あんた家で勉強しないのに、なんで消しゴム忘れるの?」
「消しゴムの耐久力検証してる動画があって、試してたんだよぅ。そんでうっかり置いてきちゃった」
「相変わらず抜けてるわね」
奏はちょうど消しゴムを買ったばかりで、ちびた消しゴムも持っている。
「返さなくていいから。これ使いな」
「うう、ありがとう、奏ちゃん……」
うるうる目で感謝するみどりはやっぱり可愛い。顔立ちではなく、この子の持つ雰囲気だ。
その後もみどりは物を落とし、教科書を忘れ、受け取ったばかりのプリントをなくした。落としたものは拾ったし、教科書は隣のクラスの友人に借りたし、プリントは鞄の隅から見つかった。
みんな慣れているのか、仕方ないなあと笑っている。
「みなさんありがとう、助かったよ……」
申し訳なさそうにしながらも、みどりはそこまで気にしていない。回数が多すぎるせいもあるけれど、可愛いドジのせいもある。みんながみどりに向ける視線はやさしい。
みどりは愛されキャラなので、世話をかけても許されるのだ。
自分だったらどうだろう、と奏は考えた。
もしも奏がなくしものをしたら――多分、誰にも言わないだろう。
ひとりで地道に探し続け、その様子を見ている人に聞かれても「なんでもない」と言うだろう。さらに聞かれて、そこで初めて打ち明ける。みんなの前で大げさに騒ぐなんて論外だ。みっともないし、恥ずかしい。
自意識過剰なのは理解している。けれど、地味で可愛げのない自分が他人に迷惑をかける事は許されない。そういう風に思うのだ。
他人に迷惑をかけず、自分の事は自分でやる。
自分の面倒を見られてこそ、外の世界で生きていける。
みどりみたいな女の子は、今は誰かが助けてくれても、いつか絶対にツケが回る。そうなって初めて自分の使えなさを知るのだろう。
奏はなくしものも、忘れ物も、落とし物もしない。
たとえあったとしても、極力そうならないように生きている。
奏はそういう自分が嫌いじゃない。
真面目で、堅実で、しっかりしている。悪くない自己評価だと思う。
でも、本当は知っている。
ひとりで探す可愛げのない女の子よりも、みんなに頼る、素直で可愛い女の子の方が、ずっとずっと魅力的なのだという事を。




