スカーレットの憂鬱-2
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奏にはお気に入りのマンガがある。
二十年以上前に少女雑誌に連載されていた名作で、天涯孤独の主人公が全寮制の名門女子学院に入学し、恋に勉強に、憧れの生徒代表の座を目指して奮闘するラブロマンスだ。
名門女子学院なのに普通に男との絡みはあるし、全寮制なのに男が木を伝って部屋に忍び込んだりするし、授業中に壁ドンしたりもするけれど、それでも面白さの方が勝った。これは不朽の名作だ。
作者が電子書籍に抵抗があって、長らく拒否していたのだけれど、この度無事に契約を締結させたそうだ。おかげで、新規読者が一気に増えた。嬉しい反面、ちょっと寂しい気持ちにもなる。
誰の目にも留まらなかった地下アイドルがメジャーデビューをして、スターへの階段を一気に駆け上がっていくのを見た時の誇らしさと寂しさ。あれに近いかもしれない。
でも、そんな子供っぽい思いを外に出す事はしない。
「ねえ奏ちゃん、『うるわしのエリザベス』持ってたよね。今度貸して!」
「あんた電子派でしょ、電子で買いな」
みどりにせがまれた時、なんとなく断った。
せっかくなら売り上げに貢献したかったのもあるけれど、一瞬――本当に一瞬だけ、「嫌だな」と思ったのだ。
彼女はぶうぶう言っていたが、それでも突っぱねるとあきらめた。「奏ちゃんのケチ~」と言われてまたイラっとしたが、取り合わずにおく。みどりはしつこい性格ではないので、それで終わった。
『うるわしのエリザベス』は、奏の愛読書だ。紙で全巻持っている。読み込みすぎて手垢がつくほど気に入っていて、セリフのいくつかはそらで言えるほどだ。それは今でも変わらなかったが、つい先日、ある事に気づいてしまった。
みどりは主人公のエリザベスに似ている。
明るく元気で天真爛漫、ちょっとドジなところはあるけれど、みんなに愛されるキャラクター。実際、みどりがなくしものをすると、毎回誰かしらが助けてくれる。
あれ、と思った。
そうなの? と。
じゃあ自分は誰だろうと思ったら、主人公の親友であり、後に因縁のライバルキャラになるスカーレットがそこにいた。
彼女は性格の悪い脇役で、主人公を妬み、あの手この手を使って嫌がらせする。
きつく吊り上がった目と意地悪そうな表情に、奏はうっかり思ってしまった。
――あ、これあたしじゃん、と。
それに気づいてしまったら、大好きなマンガが純粋に楽しめなくなってしまった。
そんな事はつゆ知らず、みどりはのんきに笑っている。
「ねえ奏ちゃん、エリザベスやっぱり可愛いよね。正統派のヒロインって感じ!」
「ああ……うん、そうね」
「奏ちゃんどうしたの? 具合悪い?」
違うと言いつつ、奏はちょっぴりブルーな気分になった。
気づかなければよかった、あんな事。
そうすれば今でも自分はエリザベスに自己投影して、普通に楽しんでいられたのに。
でも本当は、心のどこかで気づいていたのかもしれない。
自分は天真爛漫なエリザベスではなく、スカーレットの側だという事に。




