スカーレットの憂鬱-1
最初にスカーレットを見た時、既視感を覚えた。
――あ、これあたしだ、と。
***
「え? 今日火曜日じゃなかったっけ?」
目を丸くした友人に、奏は呆れた顔になった。
「昨日が火曜日なのに、なんでそんな間違いするのよ。今日は水曜日」
「嘘!?」
英文読解と数Aやってないと騒ぐ彼女の名前は宮園みどり。高校で出会った友達で、彼女曰くの親友だ。親友になるの早すぎない? とは思ったが、無条件になつかれるのは嫌じゃない。
みどりは普通の女の子だ。
割と抜けているところがあって、しょっちゅうドジを踏み、そのたびに奏が尻拭いする。忘れ物も多く、おっちょこちょいのうっかり者で、悲鳴を上げる事も多い。そう、今のこの状況のように。
半泣きで宿題に取り掛かるみどりは、昨夜コミック一気読みをしたという。三十五冊もよく読んだなとは思ったが、自分もそれくらいは普通に読む。ただし、奏は紙派である。
電子で読む人間の気がしれないと言ったら、彼女は「おばあちゃんみたいなこと言ってる」と暴言を吐いた。ちょっとイラっとして、白い頬をつまんでやると、「痛いよ!?」と抗議の声を上げた。
「ひどい奏ちゃん、暴力反対!」
「あんたが余計なこと言うからでしょ。無駄口叩いてないで、さっさと宿題やっちゃいな」
「了解ですぅ……」
しっしっと手で払うと、涙目で宿題に向き直る。
元はといえば自分の発言が原因だったが、彼女はそういう指摘をしない。割と細かい事を気にしない性格なのだ。
彼女はその後、英文読解のノートを忘れ、それを担当教師に指摘され、ふたたび涙目になっていた。奏のノートはもう数枚減っている。忘れ物のたび、みどりに一枚あげるせいだ。
たぶん自分は、みんなよりも早くノートがなくなるだろう。
切り離したノートの片端を見て、そんな事を思った。
奏はクールだと言われている。
見た目もそうだし、中身もそうだ。一重の目がきりりと強く、ちょっととっつきにくい感じ。こけしに似ていると言われた事もあるが、こけしよりも愛想がない。
髪は重たいおかっぱで、体つきもすとんとしているので、本当にこけしみたいだと思う。
言うならば「ちょっと不愛想なこけし」だろうか。
みどりは逆に、割と可愛い女の子だ。
顔立ちは平凡なはずなのに、ちょっとした仕草が妙に魅力的だ。手足は華奢だし、肌もすべすべで、ウエストはきゅっとくびれている。こけし体型の自分とは対照的だ。
毎日どこかしら制服がおかしく、スカートのファスナーを閉め忘れる事もしょっちゅうだ。一度などはほとんどブラが見えそうになっていたので、問答無用で直してやった。
なんでこんなに抜けてるのこの子。あたしがいないと露出狂じゃない?
面倒だとは思うものの、彼女はそのたびに感激し、感謝のまなざしで見つめてくるので、しょうがないなと思ってしまう。
それは表情も同じだった。
くるくるとよく変わる表情は、喜怒哀楽がはっきりしている。見ているだけで飽きないくらい、その変化は目まぐるしい。きらきらした目で見つめられ、にこっと笑いかけられると、女の子でもどきりとしてしまう。よく少女マンガにいるような、「平凡だけど可愛い」の典型例。そう、みどりは可愛い女の子だ。
「ねえ奏ちゃん、聞いてる? ひどいよね、あの陰険メガネ!」
昼休み、英文読解の担当である古賀教師に注意されたみどりは、ぼすんとお弁当バッグを叩いた。
「あんたが宿題忘れたあげく、ノートまで忘れるから悪いんでしょ。それにひどくもなかったじゃない、当然の内容よ」
「ひどい奏ちゃん、どっちの味方なの!?」
どっちと言っても、宿題を忘れた方が悪いし、ノートを忘れた方が悪い。奏はどちらも忘れた事はない。
「くそぅ、あの陰険高齢独身メガネめ!」
そう言うと、またぼすんとバッグを叩く。バッグにつけられたマスコットが飛び跳ねて、ころんと脇に転がった。
確かに独身ではあるが、古賀教師はまだ二十代だ。そこまでオッサンではないだろう。そう言ったところ、彼女は「二十五歳以上の男はもうオッサンだ」という暴言を吐いた。彼女の好きな超人気アイドルグループのメンバーとほぼ同年代だが、それは問題ないらしい。
三十代以上の男性に取り囲まれてタコ殴りにされればいいのにと思いながら、「はいはい、そうでございますこと」と流しておく。本気で取り合うのも馬鹿らしい。
奏ちゃんが冷たいと騒いでいたが、彼女の発言の方が問題だ。
(……割と毒吐くのよね、この子)
おまけに無自覚なのがタチが悪い。自分が三十代になった時、彼女は一体どうするのか。
オッサンと同級生なら彼女もオバサンだ。そうなって初めて、自分の発言を反省するのだろうか。
(……いや多分覚えてないわね、この子は)
そして若い子にオバサン扱いされたと言って騒ぐのだろう。歴史は巡る。早くその時が来ればいいと思う。
そもそも、彼女は本当にうっかりしている。
本人は遺伝によるおっちょこちょいを主張していたが、別にどうでもいいだろう。彼女が抜けているのは本当だし、奏に多大なる迷惑をかけているのも本当だ。
――もしかして、この先もこんな感じなのかしら。
なんとも言えない気分でいると、彼女はふいに目を上げた。
「あたしが無事に生きていけるのは、奏ちゃんがいるからだよ。奏ちゃんがいてくれるから、平穏な学校生活が送れるんだよ」
「――――……」
「ありがとう、奏ちゃん。ほんとに助かるよ」
みどりのまなざしには混じりけのない感謝があった。
その一瞬感じた気持ちを、どう表現すればいいのだろう。
ドジで天然な物語のヒロインと、それを助ける脇役の親友。
一瞬浮かんだ想像を振り払い、見なかった事にする。
「……あんたがあたしの助けを借りなくても生きられるように祈ってる」
そう言うと、みどりはきょとんとした顔をした。
それから、「それは当分無理だと思う」と、真顔で告げた。




