みどりはちょっと抜けている‐10
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「……そんなわけで、事件は解決したんだよぅ」
先ほどの出来事を改めて話すと、奏ちゃんは目を丸くした。
向かい合って話すのは久々だ。最初はぎこちなかったけれど、仲直りはなんとなく終了した。元々みどりは怒っていないし、奏ちゃんもそうかもしれない。
ヤンデレ云々は聞き流し、「峯田くんが、本当に?」と確認する。
「多分そうだと思うよぅ。本人には言われてないけどさ」
よしんば違ったとしても、最後の犯人は彼だろう。語るに落ちる、という言葉を目の当たりにしたのは初めてだった。左右の友人もあちゃーという顔をしていた。
「だから、問題は解決したんだよ。犯人は峯田くんだった!」
「……そう、なの……」
奏ちゃんは複雑そうな顔をしている。内緒にしていた犯人が判明して、がっかりしているのかもしれない。
それとも――もしかして、別の。
「あんた、『うるわしのエリザベス』読んだんだってね」
奏ちゃんが突然話題を変えた。
「あ、うん。面白かった」
「あれどう思った?」
「エリザベスがんばれって思ったよ。あとスカーレットが超怖かった!」
のんきな顔で笑ったみどりに、奏ちゃんはまた泣きそうな顔をした。それから押し殺したような声で、「……あたしはそう思わなかった」と言った。
「スカーレットが可哀想よ。彼女は好きな人を取られて、代表の座も奪われて、憧れの宝石もエリザベスのもの。可哀想じゃない、そんなの」
「えーでも……エリザベス可愛いじゃん、努力してるし」
天涯孤独のエリザベスが、持ち前の明るさとやさしさで苦境を乗り切っていく物語なのだ。スカーレットは悪役で、あんまり同情の余地はない。
「そうね、エリザベスは可愛い。それは認めるわ」
奏ちゃんは目を伏せたまま言う。黒髪がさらりと揺れて、白い頬にかかった。奏ちゃんの表情は分からない。
「男はみんなエリザベスの方が好きでしょうね。ひねくれたブスのスカーレットよりも、天真爛漫なエリザベス。明るい金髪の美少女の方が、ずっとずっと魅力的だもの」
「うん……うん?」
「どんなに頑張ったって越えられない壁がそこにはあるの。ヒロインという補正力と、天然という強さがね」
ヘンリーだってそうよ、と奏ちゃんが呟いた。
「スカーレットがヘンリーを好きでも、ヘンリーはエリザベスが好きなのよ。たとえスカーレットがいつもアイロンのかかったハンカチを持っているレディでも、身だしなみをきっちりするしっかり者でも、本当は心やさしい女の子でも、ヘンリーはスカーレットじゃなくて、寝癖をつけたエリザベスが好きなのよ」
ヘンリーはエリザベスと恋に落ちる青年だ。スカーレットも彼に恋していたが、その想いは儚く散った。
「いやスカーレットは心やさしくないじゃん……」
「もしもの話よ。たとえスカーレットが絶世の美少女で、思いやりにあふれる心やさしい性格で、天使や王女様より魅力的な女の子でも、ヘンリーに選ばれることはないわ」
そうかもしれない、とみどりは思った。
それはヒロイン補正だし、物語とはそういうものだ。
「エリザベスはいい子よ。やさしいし、可愛いし、まさに天使。だけどね、そんな子現実にいるのかしら」
「うん……うん?」
あれ、とみどりは思った。
なんだかおかしいぞ、と。
「素直で、真面目で、けなげでひたむきで前向きで。そういう子ならまだよかった。しょうがないと思えたわ。でも現実は、ちょっと可愛くて小ずるい女の方が有利なのよね。悪口を言わない心やさしいブスよりも、毒を吐く美人の方がモテる。これが真実よ」
「かなで、ちゃん?」
「そういう子はね、残酷なの。自分が可愛いと分かってるから、それ以下の人間を無意識に見下してる。クラスメイトをオタク呼ばわりしたり、影の薄い人間を意識から消したり、地味な友達に上から目線で発言したり。かと思えば、クラス一モテるイケメンとうまくいきそうで、それを無邪気に口にする」
「か……奏、ちゃん?」
「その友達がライバルになるなんて、考えてもみないんでしょうね。――だって、その子は脇役だから」
ヒロインの座を奪う事などできない、スカーレットだから。
その言葉は重々しくて、言いようのない迫力があった。
「残酷よ、ものすごく」
その時――唐突にみどりは思い出した。
確か、桐生くんはこう言っていた。
真実を知ったらその人が傷つくかもしれないと。
犯人に脅されている場合と、犯人をかばっている場合と、あとひとつは、確か。
(その、親友が……)
「少しくらい意地悪したって、許されるんじゃないかと思うわ。だってエリザベスは恵まれてるもの。最後には何もかも手に入れるのよ」
みどりの背中を冷や汗が流れた。
あ、これはヤバい、と思った。
これは深く掘り進めてはいけない。そんな気がする。
「多分そういう女はね、親友の好きな人を奪って、欲しかったものをすべて手に入れて、何も知らずに笑ってるのよ。親友がどんな思いでいるのかも考えず」
「か、奏ちゃん……」
「毒を吐き、他人を見下し、ちゃっかり自分の望みを叶える。エリザベスよりよっぽど性格が悪いはずなのに、天性の魅力で人を虜にする。そう、みどり、あんたみたいな女の子にね」
「えっと……あの、奏ちゃん?」
奏ちゃんの目は据わっている。何かを思い出しているようだ。その目に浮かぶのは複雑でどろどろした感情と――ほんのわずかな罪悪感。
「あのね……みどり」
「…………」
「あたしはね、ほんとは……」
「…………」
「ほんとは、あんたの……」
「あ―――――――――ッ!!」
思わず出た叫び声に、奏ちゃんはビクッとした。
「もーほんとに犯人が分かってよかったよぅ。今さら別の人が犯人だって言っても信じない! 峯田くんはサイテーだし、動機も割とサイテーだし、でも許したから問題ない! はいよし! これで終わり!」
「みどり、あたしは……」
「峯田くんはヤンデレなんだよ。奏ちゃん、分かる?」
「え、わ、分かんない……」
奏ちゃんはちょっと引いている。みどりは構わず言葉を続けた。
「ヤンデレならしょうがないよ。ツンデレは性格だけど、ヤンデレは属性だもん。本能なんだから、仕方ないよ」
「いや何よヤンデレって……まあ分かるけど」
「いい、奏ちゃん」
みどりはぴっと指を立てた。
「ヤンデレの根底にあるものはね――愛だよ」
「――――……」
「愛があれば乗り越えられるよ。だからね、大丈夫だよぅ」
にこっと笑ったみどりに、奏ちゃんは息を呑んだ。それからしばらく黙り込んだ後、かすかに喘いだ。
「なんなのよホントに、あんたって……もう」
その声は震えていたけれど、みどりは気づかなかった振りをした。
今思えば、不思議な事はあったのだ。
みどりの靴下がなくなった日、奏ちゃんがくれたポケットティッシュ。
そこに残っていた匂いは、みどりの制汗剤と同じものだった。
奏ちゃんが使っているのはシャボンの匂いだ。シトラス系は持っていない。
みどりと常に一緒にいる奏ちゃんなら、持ち物を抜き取る事はたやすい。奏ちゃんは頭がいい。見つからないようにするのだって簡単だ。
今まであった出来事の、どれがうっかりで、どれが本物の悪意だったかは分からない。もしかしたらどれも偶然で、全部みどりのおっちょこちょいかもしれない。何しろみどりはうっかり者だ。そういう例はいくらでもある。
だから。
「事件が終わってよかったよ。悪意のある泥棒はいなかったんだよ、奏ちゃん」
「…………」
いたのはきっと、いたずら好きな妖精だろう。……いや峯田くんの背中に羽根があるのを想像したら相当気持ち悪いけれど。
奏ちゃんは何も言わなかった。
それから一度目を閉じて、「そうね」と呟く。
「きっともう、現れないでしょうね。……ねえみどり、あんたに言っておきたいことがあるの」
「何?」
「あんたはおっちょこちょいで、うっかり者で、抜けてるし、ボケてるし、よく下着姿を人前に晒しそうになる露出狂だけど」
「何いきなり!?」
「宿題は忘れるし、落とし物はするし、なくしものはするし、忘れ物はするし、その上割と毒舌で、ちょいちょい言わなくていいことを言う、空気も読めないバカ娘だけど」
「ねえちょっとひどくない?」
「いつも当たり前みたいにあたしが助けてくれると思ってる上、自分は守られる存在だと思ってる、ナチュラルにずうずうしい人間だけど」
「もうなんかさあ……!」
「でもあたし、あんたのことが嫌いじゃないわ」
目を上げると、奏ちゃんは笑っていた。爽やかな表情にどきりとする。奏ちゃんの笑顔は綺麗だった。
「あ……あたしも好きだよ、奏ちゃんのこと」
「いやあんたほどは好きじゃない」
「何それひどい!」
抗議の声を上げたみどりに、当たり前でしょ、と冷たく言う。
「オタクバカにすんなって何回言えば分かんの。そもそも、平日夜に少女マンガ三十五冊も読んでる人間が、よく他人をオタクなんて言えたもんね。あんたもオタクよ、十分に」
「あれはポイントのためだもん!」
「あと、古賀先生はイケてるから。あんたの好きな桐生くんより数百倍、イケてる大人の男だから!」
「ええ……なんなのホントに?」
っていうか奏ちゃんって桐生くんのこと好きじゃないのと聞いてみたら、「は?」と嫌そうな顔をされてしまった。
「正統派のイケメンはタイプじゃないの。横顔がヘンリーに似てるから見てただけ」
「えええ……ヘンリーって外国人じゃん……」
桐生くんはイケメンだけれど、どう見ても外国人じゃない。
なんだと息をついたら、「でも将来どうなるかは分からないけど」とすました顔で言う。
「何それ!?」
「あら、地味で平凡な女の子が王子様に見初められるのって、少女マンガのお約束でしょ? タイプじゃなくても恋には落ちるの。近い将来、桐生くんの隣にいるのはあんたじゃなくてあたしかもね」
「いきなりキャラ違わない!? あと桐生くんは渡さないから!」
「あんたのものじゃないでしょ。それと、これからはもう少し自分に正直に生きようと思って」
奏ちゃんはやはりすました顔だ。ぐぬぬ、とみどりは黙り込む。
奏ちゃんはこういう性格だったっけ? いや、いつもはみどりが一方的に迷惑をかけてばかりだから、彼女を深く知る機会はない。いつも落ち着いてクールな友人は、思った以上に手ごわいライバルになるのかもしれない。
スポットライトが当たった親友は、なんだか普段より輝いて見えた。
「おっちょこちょいのうっかり者で読書嫌いでアホなあんたと、しっかり者で趣味も合うあたし。桐生くんはどっちが好きかしらね?」
「比較の仕方がひどいよ!」
「嘘は言ってないでしょ。万年パンツ見えそうなオタク娘」
「何そのネーミング!? そこまで言わなくてもいいじゃん。あとあたしはオタクじゃないよ、失礼な!」
「そこで失礼って言葉が出る時点で見下してんのよ。意味分かってる?」
「だってオタクじゃないもん!」
「オタクでしょ、どう考えても!」
「違うもん!」
子供のように言い合いながら、奏ちゃんは眉を上げた。
「……多分、あんたの好きな桐生くんだってオタクよ。間違いなく」
「桐生くんをバカにしないでええぇぇぇっ!」
ほら見下してる、いや違うと言いながら、みどりは心から安心した。
犯人なんてどうでもいい。
みどりはおっちょこちょいだから、奏ちゃんを疑いそうになったけれど、全部うっかりのせいだった。それでいい。その方がいい。
だって奏ちゃんは友達だ。たったひとりの大親友だ。
だから。
「……でも今度失礼なこと言ったら、叱ってくれていい……です」
そう言ったみどりに、奏ちゃんは目を丸くした。
それから仕方なさそうに笑って、「そういうとこよ、あんた」と口にした。
了
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宮園さんは「25歳以上はオッサンだ」と暴言を吐きましたが、30代は余裕でお兄さんだと思います。40、50代でもお兄さんです。なんなら60過ぎても超余裕でお兄さんです。ちなみに、女性は全員レディです。
*このお話は本編1~3話に当たるので、この後殺人鬼の噂が広まったり、陽太の机にカードが載ったりします。今は一度目の花火が上がった辺りです。




