みどりはちょっと抜けている‐8
え。
最初に出たのはその一言だ。
(え、え、え……)
え?
――彼女は今、なんと言った?
あの直後、みどりはあっけにとられてしまい、「それじゃ」と足早に立ち去っていく奏ちゃんを追いかけそびれた。遅れて教室に到着したものの、奏ちゃんはみどりの接触を拒むように本を読んでいて、話しかける事ができなかった。奏ちゃんが手にした本には、桐生くんと同じ書店のカバーがかかっていた。
(奏ちゃんは……犯人を知っている?)
一体いつから。
どうやって?
そもそも、どうしてそれを知ったのか。
答えの出ない問いだけがぐるぐると回り、頭の中でまとまらない。
目撃した? 噂で聞いた? 突き止めた? それともまさか――本人から聞いたとか。
そう思った瞬間、どきんと心臓が跳ねた。
だとすれば、犯人は奏ちゃんの言う通り、みどりのよく知る人物だ。みどりは同じ中学出身の子以外、この学校に親しい人間はいない。彼らとの関係は良好だから、必然的に、容疑者は同じクラスの人間という事になる。
だとすれば、犯人は誰だろう。
第一の容疑者は田中くんだ。彼は怪しい。でも今は、ちょっとだけ落ち着いているようにも見える。
第二の容疑者は、うーん、誰だろう。吉川さんとか? みどりがドジを踏んだせいで、以前、彼女の頭に思いっきりボールをぶつけた事がある。
第三の容疑者は……もう思いつかない。みどりは人とケンカをしない。
三崎くんや藤崎さんは違うだろう。彼らはとても人が好い。でも推理小説では意外な人間が犯人だから、万が一という事もある。
それなら、峯田くんはどうだろう。情緒不安定をこじらせての犯行。ありえる。彼はちょっと病んでいる。芳野くん、青根くんは違うと思う。なんかよく分からないけれど、そんな気がする。
桐生くんに至っては、そもそも容疑者にすらならない。考えるだけバカらしい。彼はシロだ。
でも――じゃあ、誰が?
奏ちゃんに聞けば一発だ。けれど、彼女は教える気がないらしい。
正直なんで? としか思えない。親友がこんなにも困っているのに。彼女はそんな薄情な性格だっただろうか。いや、そんな事はない。奏ちゃんはいつだってみどりの味方で、あれこれ世話を焼いてくれる。
それなのに、どうして?
「……ねえ桐生くん、聞いていいかな」
みどりが話しかけると、桐生くんはこちらを見た。その顔は相変わらず格好いい。
「えっと……たとえばの話なんだけど。ある事件の犯人を友達が知ってて、でも本人には教えてくれない場合、どうしてだと思う?」
「え? ええと……」
桐生くんは少し困った顔をしたが、真面目に考えてくれた。
「前提がよく分からないけど、その友達はいい人?」
「うん、すごく」
みどりは頷く。奏ちゃんはいい人だ。
「じゃあ普通に考えて……犯人を知ったら、その人が傷つく、とかかな」
「え……?」
「もしくはその人が犯人とか、犯人に弱みを握られているとか、色々考えられるけど……。その人がいい人なら、友達を傷つけたくないのかもしれないね」
穏やかな口調に、みどりは目をぱちくりさせた。
――みどりが傷つく?
それは思いがけない指摘だった。
「面白そうな話だね。推理小説?」
「う……っ、うん、そんな感じ」
えへへと笑ってみどりはごまかした。反射的に奏ちゃんの席を見る。彼女はちょうどみどりのいる方を見ていたが、そのままスッと目をそらした。
奏ちゃんは、みどりのために口をつぐんでいる?
だとすれば、犯人は誰?
そもそもなんで物を盗むの?
さっぱり分からないみどりだったが、賢い桐生くんが言う以上、一理ある気もする。
「ああ、それと」
桐生くんはついでのように口にした。
「その友達が犯人に片想いしていて、その人をかばっているっていうのが、推理小説のセオリーかな」




