みどりはちょっと抜けている‐5
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異変が始まったのは午後の事だった。
「あれ、財布がない」
気づいたのはお昼時だ。パンを買いに行こうと思ってポケットを探ったら、あるはずの財布が消えていた。
「ねえ、誰かあたしの財布知らない?」
「え、やだ、落としたの?」
「さっき購買行ってきたから、その時まではあったんだけど……」
おかしいなあと首をひねる。その時はノートを買ったはずだ。移動教室の途中だったので、急いでポケットに突っ込んだのは覚えている。
勘違いかと思い、鞄の中を探してみる。だが、やはり財布はなかった。
「もしかして、盗まれたとか?」
誰かが口にしたセリフに、どきっとする。
そんなはずはないと思ったけれど、実際、財布はない。
一気に血の気が引いた後、じわじわと顔が熱くなる。あの中には全財産が入っている。あれをなくしたら、しばらく何も買えなくなる。それ以上に、誰かの悪意だと思ったら、急に怖くなってしまった。
どうしようと思っていると、奏ちゃんが駆け出した。
「途中で落としたのかもしれないよ。あたし、探してくる!」
彼女は移動教室の時も一緒にいたから、どこを通ったのか知っている。女の子の友情は儚いというけれど、奏ちゃんは例外だ。いつでもみどりを心配して、みどりの事を守ってくれる。
出そうになった涙を飲み込み、みどりはぎゅっと手を握った。
ふと背後を見ると、オタクの田中くんが挙動不審になっている。
いきなり床に伏せて、ゴキブリのようにカサカサしている。何をしているのか分からなかったが、追及するのも怖いのでやめた。なんかほんとに、なんなんだろう、彼。
彼の心情を理解する心の余裕はなかったので、見なかった事にする。田中くんはいつまでもカサカサしていた。
財布はその後、自販機の影から見つかった。
どうやら購買の脇に落ちていたらしい。見つけたのはクラスメイトの男子だった。
ごく平凡な、特徴のない少年だった。
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続く事件は翌日だった。
「やだ、教科書がない」
確かに入れたはずの教科書が、机の中から消えていた。
この間ははっきりしなかったけれど、今回は違う。確実に、教科書は机に入れてあった。
友人達はまた? とか、何してんのよと言って笑っている。みどりだって他人事なら、同じように笑ったかもしれない。
――でも。
「勘違いってことはない? 他の場所も探してみよう」
奏ちゃんに言われ、みどりはうん、と頷いた。嫌がらせよりその方がいい。思い違いの方がずっといい。祈るような気持ちで鞄を探し、机の中を総ざらいする。
だが、教科書はなかった。
「どうしよう……」
おろおろしていると、わっと小さな歓声が起こった。
どうやら慌てるみどりを見かねて、誰かが教科書を見つけ出してくれたようだ。
見つけてくれたのは知らない男子生徒だった。なんかどこかで見たような気がするけれど、忘れてしまった。同じクラスなのにごめんねと思う。みどりは人の顔を覚えるのが苦手だ。
差し出されたのは確かにみどりの教科書だった。名前もちゃんと書いてある。お礼を言って受け取ると、彼はうん、と頷いて離れていった。
「よかったね、みどり」
奏ちゃんが息をつく。
教科書はロッカーの隅に置かれていた。まるで誰かに置き忘れられたように。
みどりもほっとしていたが――それ以上に冷や汗が流れた。
だって、みどりは確かに机に入れた。
間違えてはいけないと思って確かめたから覚えている。教科書は机の中にあった。そして、みどりは動かしていない。絶対に、絶対にだ。
だとすれば――答えはひとつ。
誰かがみどりの机に触れた。
悪意を持って、教科書を移動させたのだ。




