みどりはちょっと抜けている‐3
うっかりは一日で終わらなかった。
用意したはずの宿題が消えたり、物がちょこちょこ移動したり、落とし物の回数がぐんと増えたり。ひとつひとつは些細だし、みどりのおっちょこちょいによるトラブルに見える。実際、誰もそれを疑っていない。
奏ちゃんなどは露骨に「またか」という顔をしていたが、みどりは釈然としなかった。
ペンケースは確かに持って帰ったし、ハンカチだって落としてない。みどりは面倒くさがりで、ハンカチを入れたポケットの上から財布をねじ込む癖があるのだ。財布は残っていたのに、ハンカチだけが消えていた。明らかに不自然だけれど、誰も信じてくれない。みどりがうっかり者なのは本当だ。
一度だけ、お弁当バッグにつけていたマスコットがなくなってしまい、半泣きであちこち探し回った。幸い、なぜか鞄の外ポケットから見つかったけれど、あれが一番ショックだった。
よく分からない出来事に落ち込んでいると、「大丈夫、宮園さん?」という声がした。
「……桐生くん」
「なんだか疲れてるみたいだけど、保健室行く?」
「ううん、大丈夫」
みどりは無意識に髪を直した。声も心持ち高くする。
そう、と頷くこの人物は、隣の席の桐生くん。彼を一目見た時、みどりは「この学校に入ってよかった」と心底思った。
涼しげな声が心地よく、頬笑む顔はアイドルのようだ。文句なしに美形な上、大人っぽく落ち着いた雰囲気で、紛れもなくクラスのナンバーワン男子。
顔で言えば、峯田くんもまあそこそこイケているのだけれど、情緒不安定な男子は嫌だ。それくらいなら、三崎くんの方がいい。少なくとも彼はいきなり教室の真ん中で「おい山田ァ!!」などと叫んだりしないだろう。……というか、山田って誰?
憧れの桐生くんに話しかけられて、みどりの機嫌は急浮上した。
「なんでもないよ。ありがとう、心配してくれて」
桐生くんのやさしさに感動しながら、にこっと笑う。それを見て、斜め後ろのオタクっぽい男子がぴくりとしたが、特に気には留めなかった。
「そう? ならいいけど」
そう言うと桐生くんは授業の準備を始めた。教科書のほかに、カバーのかかった本もある。桐生くんは読書が好きなのか、よく知らない本を持ってきている。
以前に聞いた時、カバーを外して中身を見せてくれた。
知らない外国の作家による、小難しいファンタジーの本だった。
よく分からないけれど、みどりは賢い男子が好きだ。
機嫌は浮上したけれど、問題が解決したわけではなかった。
それからもみどりは物をなくし、あるいは落とし、ある時には忘れた。ほとんどが他愛ない物ばかりだったが、ノートや教科書は問題だ。
ここまで続くと、さすがに別の可能性を疑いたくなってくる。
すなわち――。
「嫌がらせ?」
奏ちゃんが目を丸くした。
「そうとしか思えないよ。誰かは分からないけど、あたしに嫌がらせしてるんだよぅ。どうしよう奏ちゃん、どうしたらいい?」
「そんなこと言われても……」
奏ちゃんは戸惑っているようだ。微妙に視線が揺れている。
いつもうっかり者の友人のミスが、実はうっかりではなかったのかもしれないというのだから当然だ。
「……一応聞くけど、心当たりはあるの?」
「いやまったく」
みどりは人に嫌われた事がなく、トラブルを起こした事もない。
「全然心当たりがないから、困ってるんだよぅ……。嫌がらせじゃなかったら、妖精さんのいたずらとか? この前読んだ少女マンガに描いてあったよ、恋を叶える妖精さんはいたずら好きって」
「何十年前の設定よ。そもそもこの状況でそんなおめでたい選択肢が出るあんたの頭はどうなってんの、つーかバカ?」
「うう、言うだけならいいじゃん。言わせてよぅ……」
「知るか」
奏ちゃんが冷たく切り捨てる。
「百歩譲って妖精だとして、なんで物を盗むのよ。盗んだあげくにいらないってことじゃん、意味分かんない」
「そんなこと知らないよぅ。なんか別の目的でもあるんじゃない?」
「別の目的って?」
「……恋でも叶えてくれるとか」
「……真面目に言ってる?」
「違うけど……」
うーんとみどりは頭をひねった。
うちのクラスは割とみんな仲がいい。そんな嫌がらせをするような相手は思いつかない。中に数名、クラスに馴染んでいない者もいるが、彼らもそんな真似はしないと思う。
いや――待てよ。
「そういえば今日、変な目つきで見られたかも……しれない」
「は? 誰に?」
「斜め後ろのオタクっぽい……えっと、山田くん? 田中くん? そんな名前の」
じとっとした目つきが粘着質で、なんだか妙に気になった。考えすぎかもしれないけれど、ストーカーは勘弁してほしい。
「山田くんは別の席だし、その特徴なら――田中くん? ちょっと小太りで黒縁メガネの」
「ああそうそう、それ!」
そうか、彼の名前は田中くんか。
一度も話した事はないが、よく怪しげなカバーのかかった文庫本を持っているのを目撃している。クラスで親しい人間はいない。そしてたまに教室の一点をにらんでいる。もちろん、そこには誰もいない――はずだ。
なんかちょっと変な人と同じクラスになっちゃったなぁと思い、ブルーになったのを覚えている。
彼の思い出はそれくらいだ。でも。
「まさかいつの間にか好意を寄せられていて、ゆがんだ恋心がこんな形で……!?」
「だからそのよく分かんない解釈はどこから来たの。あと、田中くんにもさすがに失礼だから」
「だって奏ちゃん、彼はオタクだよ!? オタクならそれくらいしてもおかしくないじゃん。二次元の美少女を愛でてるんだよ?」
全国のオタクからタコ殴りにされたあげく、簀巻きにされて蹴飛ばされても文句の言えないような暴言をみどりが吐く。
「三次元の女の子に興味ないわけないじゃん。だって生きて動いてるんだよ!」
三次元より二次元がいいという感覚をみどりは知らない。
まあ確かに、みどりは絶世の美少女とは言い難いので、ちょっと高く見積もりすぎかもしれない――けれど。
「その見境なく全方位に喧嘩売る発言はどうにかしなさいよあんた。あとオタクバカにすんな、鼻の穴にニンニク詰めるよ」
「だって怪しいじゃん!」
「怪しくない。それと、マンガ読んでるあんたもオタクだから、十分に」
「あたしは違うよぅ……」
女の子が少女マンガを読んでもおかしくない。けれど、彼のは違う、……ような、気がする。
それを判っているのかどうか、奏ちゃんは嘆息した。
「……だからね。そういうところよ、あんた」
お読みいただきありがとうございます。宮園さんの歯に分厚い衣を装着して差し上げたい。




