みどりはちょっと抜けている‐1
宮園みどりはおっちょこちょいだ。
***
「みどりー、早く起きなさーいっ」
「は、はーいっ」
母親の声に急かされて、みどりはパジャマを脱ぎ捨てた。
淡いピンク地の水玉パジャマ。明るい緑や水色が描かれているお気に入りで、着心地もよくてヘビロテしている。
行儀悪く足で蹴とばそうとした時――裾が引っかかって尻もちをつく。
「きゃん!」
仔犬のような悲鳴を上げ、みどりは床に転がった。
下着姿でずっこける高校一年生。パジャマは足首に蟠っている。パンツを穿いていたのは幸いか。
「あんたまたパジャマを足で蹴ったね? 転ぶからやめなさいって言ってるでしょう」
お尻をさすりながら下へ行くと、エプロン姿の母親が呆れ顔になった。
「まったくもう、誰に似たのかしらね。この子のおっちょこちょいは」
「うう、申し訳ありません……」
返す言葉もなく、みどりはおとなしく席に着いた。
朝食はトーストとハムエッグ、サラダとコーンスープもついている。みどりの家は朝はパンだ。トーストにはバターかジャム、ドレッシングはめいめいでかける。
いつものドレッシングをかけようとして、ふと違和感を覚える。みどりはまじまじと容器を見た。
「……おかあさん、これはちみつシロップじゃない?」
「あらやだ、間違えちゃった」
……どっちに似たのかはなんとなく分かった気がする。
***
みどりは地元の高校に通っている。
校則がゆるやかで校風もよく、進学率もそこそこなので、両親も賛成してくれた。クラスにはイケメンもいたりして、ちょっとどきどきする毎日を送っている。
友人もできたし、部活も決めた。みどりの毎日は充実している。
ただひとつ、自分がおっちょこちょいだという一点を除いては。
「え? 今日火曜日じゃなかったっけ?」
「昨日が火曜日なのに、なんでそんな間違いするのよ。今日は水曜日」
「嘘!? 英文読解と数Aの宿題やってない!」
慌てふためくみどりをよそに、親友の奏ちゃんが冷たく言った。
「頑張れみどり、骨は拾ってあげるから」
「うう、そんな気遣いはいらないよぅ……」
半泣きになりながらみどりはノートを取り出した。辞書と首っ引きで和訳する。英文読解の古賀教師(通称コガセン)は、とにかくネチネチうるさいのだ。
「ああもう、こんなことなら昨日コミック一気読みなんてしなきゃよかった……」
「平日夜に何してんの、あんた」
「ポイントが昨日までだったんだよぅ、もったいないじゃん」
明日読もう、明日読もうと思っていて、昨日がタイムリミットになってしまった。もったいないので目いっぱい借りた三十五冊、全部まとめて読み切ったのだ。
「電子で読む人間の気がしれない。やっぱ紙でしょ、紙」
「奏ちゃんがおばあちゃんみたいなこと言ってる」
「誰がババアよ、生意気な」
むにっと頬をひねられて、痛みに抗議の声を上げる。黒髪おかっぱ、クールな雰囲気の奏ちゃんは、みどりの大事な親友だ。口調も態度もそっけなく、一見するととっつきにくい。
対するみどりはふわふわ系で、どこもかしこもちょっとゆるい。
「無駄口叩いてないで、さっさと宿題やっちゃいな。汚い字でも、やってあればいいんだから」
「了解ですぅ……」
奏ちゃんの言う事はもっともだったので、みどりは「質」を投げ捨てた。元々あって無きがごときの質だったが、とにかく量を優先する。その甲斐あってか、一時間目の始まりには滑り込みで間に合った。
ほっと安堵した後で、みどりは青くなる。
提出用とは違うノートを持ってくるのを忘れていた。
コガセンの授業はノート必須だ。しかも迷惑な事に専門ノートで、別のもので代用できない。宿題用と別で二冊、毎回必ず使用する。
だらだらと冷や汗を流すみどりを、コガセンがメガネの奥の目でじろりと見た。
「……授業を始めます」
その日の授業は、針の筵となってしまった。




