田中は山田が気に食わない‐2
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その日から、田中は山田の観察を始めた。
山田は影が薄いので、見失う事もしょっちゅうだったが、二割くらいは成功した。
クラスで仲がいいのは三崎くん。隣の席になったせいか、山田とは割と話している。こそっと聞き耳を立ててみたら、ひたすら好きなものの話をしていた。おかげで田中は二人の事なら、ご両親と親戚の次に知っているレベルになってしまった。三崎くんはソーダ味のアイスが好きらしい。
あまりにも見ていたせいか、一度などは体育の授業で見つかってしまい、徒競走に引っ張り出された。心から放っておいて欲しかったが、そうもいかないのでおとなしく走った。ちなみに田中はブービーだった。つまり、ビリから二番目だ。
ついでに言うと、最下位はぶっちぎりで峯田くんだった。彼は本当に運が悪い。
そんなミスはあったものの、観察は継続して行っている。
山田は当番を頼まれる事が多い。つまり、便利屋のようなものだ。
いい気味だ。働け。働くがいい。在りし日のサラリーマンのように働け。
内心でほくそ笑んでいたが、はたと気づいた。誰かに何かを頼まれるたび、山田は人と接している。つまり、目立っている。
「山田ー、あたし具合悪いから先帰るねー。ノート運んでおいてねー」
「山田、ちょっとこれ代わってくんね? 俺今日用事あってさ」
「山田くん、プリント集めてもらっていいかな?」
山田は頷くだけだが、全員とコミュニケーションが取れている。
(くそ、山田め……!)
お前もこっち側の住人だろう。なんでそんなに人気がある?
目立たないうえに、名字は山田。なんの取り柄もないはずなのに。
お前は全国の山田さんに謝れと言われるかもしれない。確かにそうだ。暴言だった。どうも申し訳ありませんでした。
田中は山田以外の山田さんに嫌われたくはない。田中の好きなアイドルの名字も山田さんだ。
せめて、山田の弱点が分かったら。
苦手なもののひとつでも知ったら、きっと優越感に浸れるのに。
自分の性格が最悪な事は自覚している。田中は根暗だ。おまけに陰湿だ。
(くそ、山田め……)
そんな風に悶々としたまま時間は過ぎ、やがてひとつ月が変わった。
相変わらず山田は視界から外れ、それなのにクラスに溶け込んでいる。三崎くんを始め、様々な人との交流もある。
いいなと思う。田中は孤独だ。
入学して三か月が過ぎようとしているが、クラスで親しい人間はいない。休日に遊ぶような友達もいない。
美少女高校生探偵が出てくるアニメをこよなく愛し、オタクな世界にどっぷり浸かり、話す相手はフィギュアだけ。それでいいと嘯いてはみるものの、周りで騒ぐクラスメイトが気にならないはずもない。
せめて、何か事件があったら。
偶然自分が通りかかり、偶然自分の力が必要で、偶然鮮やかに解決できたら。
田中の毎日は劇的に変わり、この状況をひっくり返せるのに。
もしも何かが起こったら。
そうしたら、きっと。
田中は真剣にそう思っていた。そうなればいいと願っていた。
そんなある日、事件は起こった。
***
***
「あれ、財布がない」
言い始めたのはクラスの女子だった。
「ねえ、誰かあたしの財布知らない? 鞄に入ってないんだけど」
「え、やだ、落としたの?」
「さっき購買行ってきたから、その時まではあったんだけど……」
首をひねるが、思い出せないようだ。なんだなんだと人が集まり、ちょっとした騒ぎになる。
「もしかして、盗まれたとか?」
誰かの言葉に、どきっとするような沈黙が満ちた。
盗難。
放っておけない重大な事態だ。案の定、財布をなくした女子が泣きそうな顔になる。
「途中で落としたのかもしれないよ。あたし、探してくる!」
友人と思われる別の女子が教室を飛び出していく。周囲も財布が落ちていないか、きょろきょろと辺りを見回している。
(ここで……もし僕が)
彼女の財布を見つける事ができたなら。
自分はヒーローになれるんじゃないか。クラスの危機を救った英雄として。
それは悪くない考えだった。
がばっと床に這いつくばり、田中は彼女の財布を探した。近くにいたクラスメイトが「うおっ」とのけぞったが、そんな事には気づかなかった。
奇しくも先週、美少女高校生探偵の助手であるエリート刑事がブランドスーツを泥だらけにして捜査していたのを観たばかりだ。彼と同じ真似ができないはずはない。
田中は気合いを入れて探した。目を皿のようにして探した。廊下から購買までの道も探した。帰り道と別ルートも探した。靴箱まで見に行った。
だが、財布はなかった。
肩を落として教室に戻ると、みんなが歓声を上げていた。
「山田が財布見つけたんだって!」
「購買脇の自販機の影で発見したらしいぞ。すげえよ山田、お前やるな!」
「影薄いけど、こういう時に頼りになるよな。山田……下の名前なんだっけ?」
「山田すげえよ。なんかよく分かんないけどすげえ!」
みんなに褒められながら、山田はいつも通り淡々としていた。
「それほどでも」
呆然とする田中を、通りすがりのクラスメイトが見た。
「お前……なんか埃だらけだぞ?」
「………………」
「はたいとけよ。じゃあな」
肩を落とし、田中は敗北を噛みしめた。




