田中は山田が気に食わない‐1
田中は山田が気に食わない。
***
田中には心に決めたライバルがいる。
それが山田だ。
田中の終生のライバルであり、ものすごい強敵でもある。高校で出会ったばかりだし、相手はそんな事知らないだろうが、とにかく彼はライバルなのだ。
何がって、影の薄さの。
「あれ、あの席って誰が座ってるっけ?」
「山田だろ、同じクラスの」
「山田って誰だっけ?」
「いやだから同じクラスの……ん、いや、同じクラスだったかな……」
首をひねる彼らは、山田を思い出せず去っていく。最初に指摘した方も、だんだん自信がなくなっていくのには驚いた。
さすが山田。なんという影の薄さだろうか。
幼いころから、田中は目立たない子供だった。
目立つのは悪目立ちした時で、いっそない方がマシだった。小学校も中学校も影が薄く、田中はそんな自分を理解していた。満足ではないが、納得はしていた。所詮、自分の立ち位置はこの程度だと。
いっそ影の薄さを極めよう。
田中がそう思ったのも、無理からぬ事ではない。
おとなしくしていれば、女子に嫌われる事もない。嫌われる勇気より目立たない勇気。ゴキブリは駆除されるが、空き缶は放置される。無害な空き缶、それが自分だ。
あわよくば、いざという時に活躍できたら最高だ。「すごーい、田中くんって頼りになるぅ」なんて言われたら、この先十年は生きていける。
――それなのに。
高校に入学した田中は、同じクラスにいる人物を見て愕然とした。
自分よりはるかに影が薄い。
その生徒は、ごく自然に教室の中に溶け込んでいた。ステルスかというくらい、普通に景色に埋没していた。目を擦って三回見たが、三回とも見失った。
それが山田だ。下の名前は知らない。
「くそ、山田め……」
呟くと、同じクラスの三崎くんが振り向いた。
「あれ、山田くんになんか用事?」
「い、いや、なんでもない」
そっかと言って笑った彼は、三崎陽太くん。いつも友達に囲まれていて、クラスの半分くらいと交流がある。そんなに目立つわけではないが、争いを好まず朗らかで、誰からも好かれている。田中のような陰キャにもやさしい。
彼は周囲を見回して、「あそこ」と指をさした。
「山田くんいるよ。分かる?」
「へ……」
見ると、そこには行事予定を見つめる山田の姿があった。
相変わらず存在感がないが、三崎くんには見えている。
「用事があるなら声かけるといいよ。山田くん、話しやすいよ。それじゃ」
「あ、え……」
それだけ言うと、彼は友達に呼ばれて行ってしまった。
田中はぽかんとして、その後ろ姿を見つめていた。
***
(くそ、山田め……)
三崎くんに認識されるなんて、運のいいやつだ。
田中は目立たない事に突出したいが、相手が目立つのもちょっと嫌だ。異論は認める。田中は割と心が狭い。
自分より存在感がないのも腹が立つが、目立つのはもっと腹立たしい。ちょっと自分でも何を言ってるか分からない。
「くそ、山田め……」
心の声が漏れたのかと思ったら、峯田くんが毒づいていた。
やはり同じクラスで、イケメンかつ、クラスの中心人物。彼も山田の事が嫌いだ。そのせいか、妙なシンパシーを感じている。
イケメンなのにそこはかとなく残念な彼は、不幸を呼ぶ体質でもある。今も山田の悪口を言っていたら、机の角に足をぶつけた。
「峯田、大丈夫か?」
「今日三回目だよな」
うずくまって痛みに耐える彼に、左右の友人が口々に言う。あまりにも日常なせいで、あんまり心配されていない。
一時期は共闘も考えたが、すぐにやめた。イケメンは嫌いだし、不幸に巻き込まれるのはもっと嫌だ。
「くそ、山田のせいで……」
「山田ばっかり見つめてるからだろ」
「ホント好きだよな、山田のこと」
「違えよ!!」
叫んだ彼は、ビシッと何もない空間を指した。
「あんなところにいるからだろ! 見ろよ! いるんだよ!!」
「えー、どこに?」
「オレちょっと何も見えない」
「いるだろ!! すぐそこに!!」
友人達には見えていないが、峯田くんには見えている。どういう体質をしているのか、彼は山田を常に見つける。それほど嫌いなのか、それとも別の理由があるのか。
「峯田はほんと山田のことが好きだなぁ」
「好きじゃねえよ!!」
「さっさと楽になればいいのに。認めろよ、それは恋だ」
「殴るぞお前!!」
峯田くんは顔を真っ赤にしている。おそらく怒りのためだろうが、そういう目で見るとそんな気もする。
「くそ、マジでムカつく……」
「まあまあ。なんか飲みに行く?」
「買わせてもいいけど」
不穏な会話に、田中はビクッと背筋を伸ばした。
これはもしかして、カツアゲをされてしまうのだろうか。
ビクビクしていると、峯田くんはちっと舌打ちした。
「……自分で買う。ウゼェ」
その言葉に残りの二人が笑う。
「やっぱ山田には言えないか」
「今日一回絡んで罰当たったもんな。峯田はホントに懲りないよな」
あはははっと笑う友人に、「うるせえよ!!」と峯田くんが吠える。
「ていうか峯田、山田以外に喧嘩吹っかけないの、ちょっと愛を感じるんだけど」
「あーオレも思ってた。恋じゃなくて愛だった。愛だ愛」
「殺すぞお前ら!!」
怒鳴った峯田くんが、不意にこっちを見た。
反射的に財布を握りしめると、峯田くんは怪訝な顔になった。
「なんだお前。別にお前にゃたからねーよ」
「……え」
「てか誰だ?」
え?
「峯田は山田にしかカツアゲしないんだよな」
「愛だよな」
左右の友人の突っ込みに、峯田くんがまた吠える。
「うるせーよお前ら!!」
にぎやかな勢いのまま、彼らはその場から去ってしまった。
後に残されたのは、呆然とする田中だけ。
――――えー……?
カツアゲする相手じゃないと思われたのは幸いだが、この場合は違った。彼らの視界にも入っていない。それは屈辱だ。
影の薄い山田には気づくのに、田中には気づかない。
山田はカツアゲしようとするのに、田中にはしない。
……もしかして、自分は山田より影が薄い?
それが本来の望みだったはずだが、何か違う。
なんだろう、この敗北感。三崎くんに続いて、峯田くんまでも。
目立たないのはいい事だが、釈然としない。
(くそ、山田め……!)
腹を立てるところが間違っているが、田中は真剣だった。
というか、目立つのも嫌で目立たないのも嫌、気づかれるのも嫌で気づかれないのも嫌、どう転んでも矛盾している。そこに正解は存在しない。
だが、彼は気づかない。
(山田、お前が憎い……)
田中はリベンジに燃えていた。
山田め、今に見ていろ。
あれ、田中って誰だっけ? と思われた方、本編1話から登場してます。




