言い出せ6話
ー6話
路上ライブ版松沼美里がカラオケ店にリリースされた。事前にフリーダムチャンネルで店内やウェブで告知されていた。
土曜の夕方。小林は稲沢と新宿のカラオケ店に行った。
受付カウンター前は人でいっぱいで入れない。
店員が来て言った。
「現在ですね。すべて塞がっておりまして、予約されても今日の入室はできない状況ですが?」
稲沢が聞いた。
「何かイベントですか?」
「路上ライブ版松沼美里カラオケがリリースされまして、皆さんそれ目当てで、リリース時間前から行列になりまして」
「そうですか。カラオケフリーダムの稲沢です。彼がオケを作った小林くんです」
稲沢は名刺を出した。小林も慌て名刺を探す。
「あっ。私店長の桜井です。有難うございます。フリーダムさん、事前に聞かせて頂ました。苦戦されてましたが、これで逆転しますよ。凄いオケですね。それに映像が美里さんの当時の歌ってた場所をCGで再現でしょ?お客さん熱狂してますよ!こういう企画は、もうホントありがたい」
「この先にね。フィメールも決まってますからね。どうぞカラオケフリーダムをよろしくお願いします」
小林はやっと名刺入れを見つけて、店長に渡した。
何度も頭を下げて店を出る。
稲沢さんは興奮していた。
「小林くん。私はこのまま都内を挨拶まわりするから、スタジオに戻って作業して下さい」
「どれくらい回るんですか?」
「徹夜して、都内回れるところは全部回る。店長は売上上がって喜ぶがね。バイトや店員は忙しくて頭にくる。ケアしないと嫌われるんだ」
「それ。ひとりで?応援とか?」
「ないよ。だからカラオケ業界は駄目なんだ。最前線を大事にしない。兵を考えない将軍は敗れる。それが理解できずに、営業会議で数字の解釈ばかり…変わるよ変えるよ。小林くんのオケで。頼む。君だけが頼りだ」
稲沢さんは両手で小林の手を握った。
美里さんの路上オケが50曲。44にフィメール、リリアントワネットで150程度。新曲も出る。
終わりが有るのか?
そう思いながら、稲沢を見送った。
路上ライブ版松沼美里カラオケがリリースされて、半年が過ぎた。
小林は44の48曲を完成させた。
44がカラオケ店でリリースされて、稲沢さんと共に社長に呼ばれた。
「稲沢。君の勝ちだな」
フカフカのソファーは徹夜明けに厳しい。まぶたが落ちてくる。
「許可頂いた社長の勝ちですよ」
「いや。失敗したら俺が責任をとってやると言わなかった。言うべきだった。稲沢済まない」
「ありがとうございます」
社長は睡魔と闘っている小林に向いた。
「徹夜でやってくれて、引き止めて悪いね」
「いえ。44はドラムの音色が独特で、結局当時のドラムセットをメーカーに再現してもらって完成できました。その分納期まで日にちがなくて、徹夜続きになってしまいました」
「デジタル音源で無理なのかね?」
「似せる事はできます。どこまで近付けても似せる事しかできません」
「44は修了で、いよいよフィメールか…」
社長は呟くように言った。
「はい」
「小林くん。君の作ってくれたカラオケは、うちだけじゃなく、カラオケ業界全体に人を引き戻してくれた。バブルの時すらも越えてるんだ。そこで、君の貢献に対してカラオケ業界がお礼をしたいと言う話になった」
社長は稲沢を見て言った。
「路上ライブ版松沼美里。44。フィメールサーバント。リリアントワネット。新曲を除く楽曲のカラオケが完成後。カラオケ業界は、小林智昭のメジャーデビューを全面的に支援する」
稲沢が小林の肩を叩いて揺らした。
「やったな小林くん」
何度もハイっと稲沢さんに言った。
「メジャーデビューがゴールじゃない。小林くんにヒットまでプレゼントしたい。しかし、音楽業界はカラオケの小林智昭を評価しても、シンガーとしては何の魅力もないと言われた」
「どこもプロデュースする気なし…ですか」
「我々がプロデュースする。必ず、小林くん。君を押し上げてみせる」
社長は机に拳を叩きつけた。小林も稲沢も仰け反って驚いた。
「カラオケ業界がプロデュースしてはいけない理由はないんだ」
小林はマスターに言った事を思った。
業界に夢はない。だが、業界は夢を持った人達に支えられている。




