彼が天使に出会った日 1
とある少年視点。
セリアの過去に合流します。
母が死んだ日のことを、少年はあまり覚えていない。幼い頃、寝る前に優しく頭を撫でてくれた事は覚えているから確かに母はいたのだ。しかし、いつの間にか少年は一人になった。朧げな記憶に苦しそうに床に伏す母がいるので、病で死んだのだろうと想像できる。
一人になった後は、近所で掃除や水汲みなど出来る仕事をして日銭を稼いだ。そうやって色々な仕事をするうちに所謂『裏』の世界に足を踏み入れていたのだが、それもどうしてだか覚えていない。
「この依頼内容で前金無しって割に合わねーな。これじゃあ武器の用意もできない」
そんな少年は今日も裏の仕事の依頼書を懐に入れて街を歩いている。
星爛祭のおかげで王都はいつもよりも賑やかで、美味しそうな物も沢山売っているが一文無しの少年には関係なかった。前回の仕事でヘマをして武器を壊した上に、仕事が終わってみたら雇い主が王都の騎士団に捕まっていたのだ。
(武器無しじゃ心許ないけど、金がなあ…)
しかし、今回は何としてでも稼がねばならない。
(しょうがない。スルか)
そう決心した瞬間にすれ違った同じ年くらいの少年にぶつかった。
「ごめんよ!」
軽い調子でそう言ってそのまま歩き続け、少年と十分離れた所で路地に入った。
(うわっ、何だこの大金!)
少年からスった財布には普段こなす裏の仕事三回分程の金が入っていたのである。
(あの子どっかのボンボンか…?)
思い返してみれば奇妙な少年だった。異国風の衣装にターバン、肌は褐色で、身につけているものはさして高そうではないのに、何処か高貴な空気を醸し出していた。
(どっかの国の王子だったりしてな。)
自分で想像しながらナイナイと苦笑する。要するに浮かれていたのだ。
(この金と依頼の報酬合わせれば半年は働かなくて済む…って、アレ?)
依頼書の報酬金額を確認しようと懐に手を入れて違和感に気づいた。
「…やられた!」
***
王都の建物は基本的に一列に並んでいて一つの通りを作っているので、上から人を探しやすい。それでも、この祭期間に子供一人を見つけるのは骨だ。
(いやでも依頼書見られたらヤバイし…)
裏稼業にも暗黙のルールというものがある。まず、同業者同士の争いは禁止。盗みや殺しも同業者相手にはご法度。そして、依頼内容について口外しない。この二つを破ると裏業界では干されてしまうのだ。
何十個目かの建物を跳んだ瞬間に見覚えのある異国風の衣装を見つけた。
「や〜っと見つけた…」
そう言って少年の目の前に飛び降りると少年は驚いたようにめを丸くした。
「ああ、お前か。ちょうど良かった、俺も探していたんだ」
「お前、なんか偉そうでムカつくな」
目の前に立つ少年はよく見るとかなりの美少年で、肌の色は褐色なのに顔立ちはこの国の人間のものに似ていた。
「財布は返すから「てめえ、俺らを無視して話進めてんじゃねーよ!」
後ろから響いた野太い声に肩をすくめる。
(あれ…この声どこかで聞いたような…)
後ろを振り返ると7、8人程の柄の悪い男達がいる。褐色少年を探すことに夢中になっていたため気づかなかったのだが、最初からこの場にいたらしい。
「あ、こいつ“カレハ”じゃね?」
カレハというのは裏稼業を始めた際、彼の髪色から付けられた渾名である。
男の言葉で彼らは何度か仕事現場で会ったことのある裏の奴らだと気づいた。
「お前、最近調子乗ってるらしいけど、裏の掟を破る程だとはなあ」
そして、彼らが何か勘違いしているらしい事にもここにきて気づいた。
「え、何の事…ですか?」
「とぼけんじゃねえ、そのガキお前の仲間だろ?!」
そのガキとはつまり褐色少年のことである。自分達が揉めていた相手と自分達の間に颯爽と現れて、自分達を置いてきぼりにして仲よさそうに(男達にはそう見えた)口喧嘩を始め、その上待ち合わせでもしていたかのような会話を繰り広げたのだ。グルだと言った男達の言ってることも分からなくはない。
「誤解だって!俺はただ「言い訳してもムダだろ。逃げるぞ」
少年は”カレハ”の言葉を遮ると、懐から出した何かを地面に叩きつけた。ボフッと柔い破裂音が響き、視界が煙に遮られる。
(なっ、何が起こったんだ?)
グイと右腕が何者かに引かれた。引かれるがままに走って煙から出ると、自分の手を引いていたのは褐色少年だと分かる。
「待てコラァァァァ!」
後ろからは男達の声。もう誤解を解くのは無理だろう。
「…ふざけんなっ!何だコレ!?」
カレハの悲しい叫びは王都の青空に飲み込まれていった。




