第5話 慟哭隊
「はい!!さっさと歩いてくださいよ。見世物じゃないんですから」
妙なお面が置かれた暗殺現場というのは中々に衝撃で物引く事件だが、秀介の主な仕事は集まった野次馬の整理に落ち着いたのは下っ端故であろう。
「お前もちゃんとやれよ!」
隣で同じ仕事に当たっているはずなのに、突っ立ったまま手も動かさない実井に恨み節を漏らした。
「こういうのは適当にやってりゃいいだろう。おっと、そこのお嬢さん方。お綺麗ですね。この後、俺と出かけやせん?」
さっきまでどこかうわの空だった実井の瞳に映り込むのは若い女性達だ。
「きゃあっ!私?」
「それとも私?」
「お二人とも素敵ですよ」
殺された人間のすぐそばで女性を口説くとはどんな神経してんだと呆れる。
朝の女性はどうしたんだという思いすら湧いてくる。
黄色い歓声を上げながら、実井の元に集まって来る女性達の気も知れない。
「はあ…」
この男を理解する日は絶対来ないだろうと思わずため息をついた。
「黒谷の息子さんじゃありやせんか?」
流れ作業のように人を追い出す中、突然、話しかけてきたのは中年の男であった。
その姿は羽織姿に西洋靴という奇天烈な格好で目を引く。
「読売屋の聡次郎さん?」
幕末の頃、父上の周りをうろついては鬱陶しがられていた男の顔と重なっていく。
今よりも細身で身軽に思えた聡次郎は昔から、士族がらみの事件がある所に現れては、真偽不明の瓦版を配っていた覚えがある。
「嫌だな。読売屋なんて古い。明治の瓦版は新聞記者って言うんですぜ」
「そうですか。でも、やってる事は変わってないじゃないですか」
江戸の頃に慣れ親しんでいた言葉はこの先も消えていくのだろう。
そう思ったら、やはり、寂しくなる。
「それより、殺されたのは内務卿だとか?どんな状況だったんでい?」
「あんたに答えると思ってるのか?」
「無下にしないでくだせえよ。お父上様とは持ちつもたれずでやってたんですから」
「“聡次郎”とかいう読売屋は三度死んでも生き返って来る厄介な男だから絶対に近づくな”と釘をさされておりますので」
生前の父上の言葉を真似て、聡次郎に言い返せば、わざとらしく肩をすくめられる。
「黒谷の旦那も酷い事を言いなさる。幕末の頃は不穏な士族の情報も流してあげたというのに。この首の傷だって危ない橋を渡ってつけたんですぜ」
同情をかうように自身の首を差し出してくる聡次郎。そこには確かに薄っすらとした傷が付けられている。
「でも、生きてるんですからいいんじゃないですか」
呆気なく死んだ奴なんて幕末の頃にはごまんといるのだから。
「黒谷の旦那に似て冷たいお方だ。小鬼が見えたからてっきり奴らかと思ったんですがね」
小鬼?
残念そうに立ち去ろうとする聡次郎の首根っ子を捕まえた。
「何か知ってるのか?」
「気になりやす?」
悪戯好きの子供のように笑う聡次郎に苛立ちが募っていく。
この男のはったりにまんまと引っかかったと舌打ちが漏れそうになった。
思わず、苦々しい表情になる中、なぜか慰められるように肩を叩かれる。
「まあまあ。こういうのは経験でなんとでもなりやすぜ」
その態度も腹の虫がすかない。
だが、気分を害する秀介の事などお構いなしに聡次郎は後ろを振り返り、誰かに手招きした。
「おい。そこのじいさん。さっき話してくれた事をこちらの巡査さんに教えてやりなよ」
背の高い聡次郎の後ろから現れたのは白髪の老人だ。
「へい。わしは朝方、この辺りを散歩するのが日々の楽しみなんですがね。それを邪魔する輩がおりまして。数は五人。暗闇でもないってのに全員が黒づくめで目に付くったらありゃしない」
「じゃあ、顔は見てないですよね?」
「ああ、だが一人は片目が潰れて、額に大きな傷がありやした。一目見た瞬間に相当な修羅場を潜り抜けてきたのを直感しやしたよ。もう、怖くって、怖くって。すぐにそこの木陰に隠れてやり過ごそうと思ったらこの騒ぎだ。馬車をひっくり返して何の躊躇もなくとはねえ。全く、この歳まで生きながらえたっていうのに恐ろしい所に遭遇したもんだ」
「災難でしたね」
「いやいや。逃げ足だけが早いだけですよ」
震える素振りを見せる老人だが、暗殺の場面に遭遇したわりには落ち着いている。
見たところ、七十歳を優に超えるこの老人は地獄を生き抜いた猛者と言う所だろうか。
「あれも話してやってくれよ」
含みを持たせて老人を急かす聡次郎。
「ああ、奴ら。自分達を“童哭隊”だと名乗っていやした」
「慟哭隊?」
「なんだい。知らねえのですかい?最近、勢力を伸ばしている士族集団ですよ。話に出てきたのはここ最近のようで、私もあまり情報は持ってないんですがね。だが、噂によれば、熊本辺りで潜ってる敬神党とかいう連中と近々合流するとかしないとか。黒谷の息子さんも本当は何か知ってるんじゃないですかい?政府側についてるんですから」
「はあ。勘弁してくれよ。俺は下っ端の巡査ですよ。士族の情報なんて持っているわけないでしょうが。お爺さん。お話、どうもありがとうございました。おい。実井。女性と話し込むのはその辺りにしていくぞ。だいぶ片付いたしな」
未だ、女性達と話し込んでいる実井を連れて、その場を離れようとした。
「待ってくだせえよ。情報提供したんですから、そっちも渡してくださいよ。持ちつもたれずでしょう?」
「それは父上とやっていた事だろう?俺を“黒谷の息子”と揶揄する男とはお近づきになりたくはないね」
「おっと、こりゃあ、失礼しやした」
一礼した聡次郎は素早く小さな長方形の紙を差し出した。
「笹木聡次郎?」
「今の私の名前ですよ。良い苗字を付けたと思いません?」
「特には?」
「もう、真面目でらっしゃるんだから。今はそこに書かれている住所に居りますから、御贔屓に。黒谷秀介殿。では…」
「なぜ、俺の名前…」
言いたい事だけ告げて、群衆の中に消えていく聡次郎。
逃げ足が速いと言うのはあの男を指すのではないかと思った。
父上の交友関係は一体どうなってるんだ。
その昔話を当の本人から聞けないのが悲しい。
「あの読売屋、知り合いなのか?」
「新聞記者だってよ」
何気なく、実井を見やるとその頬に紅が付いていた。
こっちは真面目に仕事をしているっていうのに。
完全に舐めた態度の同僚にいら立ちは最高潮にのぼっていく。
「おいっ!いい加減にしろよ。人一人殺されたっていうのに!!そのすぐそばで女遊びか?何のために巡査をやってるんだ!!」
「はあ…。そういうのやめてくれよ。みんながみんな、お前みたいに崇高な思念を持ってるわけじゃねえんだよ。どんな御託を並べたって、“同心様”だって人を斬ってるじゃねえか。暗殺と何が違うって言うんだ?」
「奴らは治安を乱す輩だ」
「だから、良いってか?随分と緩い正義だな」
好き好んで斬ってると思ってるのか。
ふざけるなよ。
「なんだよ。その目は…。むかつくんだよ」
突然、殴りかかって来た実井にの拳を避けられず衝撃を頬で受ける秀介。
そのまま、後ろに倒れ込みそうになるが、踏ん張り、変わりに実井を突き飛ばし、近くにあった水たまりの中に落とした。
「おいっ!何をしている!!」
騒動を聞きつけて、やって来た藤田の怒号が響き渡る。
「喧嘩をするなら他所でやれ!!」
殺気立つ藤田を前にして、ゆっくりと起き上がる実井の前身は水で濡れている。
「俺が先に手を出しました。すみません。頭を冷やしてきます」
深々と頭を下げ、走り去る実井。
その様子を呆然としながら、見守る秀介。
「何があった?」
藤田にどう答えていい変わらない。
「意思疎通が上手くできなかったようです。申し訳ありません」
「そうか。事情は後で聞く。お前達のもめ事に付き合っているほど、今は暇ではないからな」
「…はい」
小さな声で頷く秀介であった。
実井に殴られた頬はまだ痛い。
「あの、藤田さん」
「なんだ?」
「目撃者がいました。大里卿を殺害した奴らは“慟哭隊”と名乗っていたそうです」
秀介の報告に藤田の目が一瞬、見開いた気がした。




