第15話 代言人
「被害者は代言人の鈴木薫氏だそうだ」
運び出されていく鈴木という代言人。その様子を物言いたげに見送る実井は気分が悪そうにしゃがみ込んだ。
「おいおい。いくら飲み過ぎたからってここで吐くなよ」
秀介は周囲を気にしながら、実井に囁いた。
「ああ、悪い。ちょっと、出てくるわ」
苦笑いを浮かべて部屋を出ていく実井。
「なんだ?死んだ奴なんて見慣れてるだろうに」
小鬼の面を眺める藤田。
「すみません。あいつ、酒が抜けてないみたいで」
「そうか。お前ら、仲直りしたか?」
「はい…」
なんだか、うやむやな感じではあるが、普通に会話が出来ているのだから問題はないだろう。
「てっきり離脱するかと思ったが、軟ではなかったか」
「実井が辞めると思ってたんですか?」
「激務だからな。いろんな理由で消息不明になる人間も多い」
「じゃあ、俺も消えると思ってるんですか?」
「どうだろうな。お前の体には“正義”が染みついているから。投げ出したくても投げ出せないと踏んでいる」
同心の息子だから、その任務を放棄しないと言っているのだろうか。
含みのある藤田の発言が妙に頭に残って、良い気はしない。
「それ、褒めてます?」
「いや。皮肉だ」
この藤田という男もよく分からない人間だ。
頼りがいのある年上を演じていると思ったら、血塗られた場で年下を揶揄う。
斬り合いをやりすぎて、頭がおかしくなっているのか。
そんな思いにすら駆られる。
「えっと、殺された方は代言人だったと言う事ですが、儲かってたんですね」
人々のもめ事の仲裁や悩み事に際して、適切な助言を行う代言人と呼ばれる者達は江戸の頃にもいた。幕末の頃はその仕事の意味を成さない無法地帯になってしまったが、比較的落ち着きを取り戻しつつある現在では再び代言人を職業にする者は増えてきている。
鈴木もその一人かもしれない。
「そうだな。ここは下妻藩の江戸藩邸として使われていた屋敷だ。かつての殿様の住まいを安く買い建てて、事務所とやらを開いていたらしい」
「ご家族は?」
「独り身だったそうだ。使用人もいない」
「この広い屋敷でですか?それは寂しいですね」
一国の藩主に江戸藩邸と呼ぶにはこの屋敷は小さめだ。
全国にあった藩をすべて知ってるわけではないし、下妻藩がどこにあった藩なのかも分からない。ただ、推測するに石高はあまり大きくはなかったのだろう。
それでも、家臣達も住んでいた江戸の全盛期なら、きっと賑やかな日常があったのは想像できる。そんな場所に一人でとは…。
「どうして、慟哭隊は鈴木代言人を狙ったんでしょう?大里卿と繋がりがある方なんですか?」
「まだ、分からん。だが、金目の物があるとでも思ったんじゃねえのか?何せ、立派な屋敷だからな」
「立派ですか?確かにそうですけど、床は穴が開きかけてます。天井もいつ落ちて来てもおかしくなさそうだ」
最初は荘厳な雰囲気を纏うこの屋敷に圧倒されたが、よくよく見まわしてみると管理が不十分であるのに気づく。
一人で住んでいたと言うし、維持は難しいかったのだろう。
あばら家になる未来が空けて見える。
「だが、そんな事、飢えている士族には分からんだろう。何をするにしても、金はいる」
「この件は本物の慟哭隊だと思ってるんですか?上の人達は高らかに事態収束を発表してますが?」
「模倣とは言えねえだろ。そうじゃないにしろ、近しい人間、もしくは集団の可能性が高い。今頃、桑原が冷や汗をかいてるだろうな」
「他人事過ぎません?」
「他人事だろうが。責められるのは、上連中なんだから」
「いやいや。制服着て街を歩いているのは俺達なんですよ。だから、あんなに記者だって集まってるんでしょうが!」
「お前はいかにも人が良さそうだって顔で歩いてるからだろう?眉間に皴でもよせときゃ、誰も来ねえよ」
この歩く侍に反論したのが間違いだった。
藤田の顔面も後ろ姿すらも強面であったのを考慮していなかった。
やっぱり、歩んできた人生がその人物を表すというのは本当なのかもしれない。
と言う事は自分は浅はかな男と言う事なのかと落ち込む。
秀介は思わずため息を付きたくなった。
「まあ、それはともかく、被害者が一人で良かったな。家族でもいたら、皆殺しもあり得たかもしれない」
「死人の数の問題では…」
藤田の冷酷にも取れる言葉に背筋に妙な汗が降りてくる。
だが、それも一理あると思っている辺り、この世界に心底染まりきっているのだろう。
江戸が始まってから何百年と同心をやって来た者達の血が確かにこの体には流れているのだから。
「発見者は?」
「依頼人だとよ」
「そうですか。そう言えば、持久さんも見に来てましたよね。お知り合いですか?」
「ああ、いや…」
どっちともつかない返事の藤田に疑問はさらに深まっていく。
「奴にはあまり関わるな」
「こっちだって、あまり関わりたくはないんですが…」
なぜかあちらから距離をつめてくるのだから仕方がないと秀介は困ったように肩をすくめた。
「なぜ、あの方が?」
「そりゃあ、次官補佐殿と同じ手口で殺されたと聞けば、興味もあるだろう」
「興味ですか…」
「なんだ、気になる事でもあるのか?」
「いえ…」
秀介はその先の言葉を口にはしなかった。
いくら新聞記者が押し寄せてきているとはいえ、来るのが早すぎる気がする。
江戸の頃。幕府の中枢にいた幕臣達も仕事が遅いというのは有名だった。
明治になって、その後釜に座った役人達も同様だ。
あの持久という役人が珍しく仕事熱心なだけだろうか。
いや、そんなはずはない。芦水を死なす事になったあの一件だって、元々はあの男が持ち込んだ情報が始まりだったのだから。
「おそらく、上は模倣連中の仕業で押し通すだろうな。政府の高官と代言人が知り合いだったとは思えない」
確かに代言人というのは聞こえはいいが、もめ事に首を突っ込み、金にするあくどい連中だと敬遠する者も多い。中には依頼人から金だけを巻き上げて、仕事をしない者もいる。
鈴木という人物がそこに含まれるかは知らないが、世間一般的にはたかり屋と同じだと思われている。そんな男と大久保卿の身代わりに殺された大里卿の下手人が同一人物だとは考えにくい。
「とりあえず、戻るぞ。ここに突っ立ってても何もならんからな」
早々に立ち去っていく藤田。
秀介もその後を追いかけようとした所で肩を叩かれた。
「誰だ?」
山野かと思い、視線を向けるとそこに立っていたのは一人の警官。
正確には制服に身を包んだ男。
「聡次郎さん!何やってるんですか。その制服どうしたんです?」
新聞記者であるはずの聡次郎が警官の恰好でうろついているという事実に驚き、思わず上着をはぎ取ろうとする。
「やめてくれよ。高い金払って手に入れたんだから」
「金払ってってどういうことです?」
「世間知らずな黒谷様は知らないのか。警官の制服ってのは人気でさあ。裏で高値で取引されてるんだよ」
「はあ?それって、由々しき事態じゃないか!」
「人が楽しむ分には良いだろう?それにほら、よく見ると微妙に本物と違う。だから、大丈夫さ」
何が大丈夫なんだと言いたくなった。
秀介は自身の制服と聡次郎の制服を見比べた。
「ああ、確かに違う」
同じ場所に付けられている警官の証たる紋章の大きさがかなり異なっているのだ。
明らかに聡次郎の物の方が大きい。それに使われている布も違い、偽物はかなり薄い。
「だろう?だから、平気だ」
あっけらかんとする聡次郎の口車に乗せられそうになっているのに気づき、腕を掴み上げた。
「いやいや。警官を名乗っているのは立派な違法行為だ。このまま、連行してやる」
「ご勘弁くださいよ。警視庁連中が情報を隠してるって、ある事ない事書いてやりますよ」
「投獄されたら無理だろう?」
「記者仲間に書かせればいい話でしょうよ。政府が軌道に乗り始めて、まだ、十年も経ってないのに、偽警官も見分けられないなんて世間に知られたら信用問題になるんじゃありません?」
「それを一介の巡査に言うのか」
「黒谷様は融通を聞かせてくださいますからね」
「はあ?なんだと!」
悪事に目をつぶる人間だと思われているのが気に喰わない。
「だって、戦はお嫌いだろう」
こいつ!!
秀介は聡次郎を嫌いな人間番付一位に据えたくなった。
ちなみに今の一位は実井である。
「それで、どうして侵入してきたんだ」
「良心的として知られている代言人が殺された理由はぜひとも知りたいんでね」
「良心的?」
「おや、警官というのは情報収集が苦手なようだ。この辺りでは有名な方だったんですよ。鈴木様は…。ただ同然でもめ事を引き受け、解決してくれるってね。相手方に殴られる事も日常茶飯事だったようだが、けして仕事を投げ出さない人だと誰に聞いても言うだろうな」
「聡次郎さんは鈴木…様を御存じだったんですか?」
「女に捨てられて、荒れてた時に親身になってくれたお人だったんだ。こうして、読売屋改め、新聞記者やってんのもこの方のおかげだ」
「そうですか。それは残念でしたね」
「そう思うだろう?だから、少しでも真実が知りたいってわけでさ」
「だからって、警官を偽るのは許せません。さあ、早く出てってください。俺はともかく、同僚達は怖いですよ」
「けっ!分かりましたよ」
肩をすくめつつ、姿を消す聡次郎。
本当に神出鬼没な男だ。前世は鼠小僧か何かだったのかもしれない。
それにしても、藤田の真似をして、強面な表情を作ってみたが、意外と効果あるんだろうか。また、試してみようと思いつつ、秀介も屋敷を後にする。
その脳裏には気落ちした聡次郎の表情がちらついていた。
「人々のために生きていた代言人か」
そんなお人を殺した奴を見つける事こそ、きっと、警官の職務なのだろう。
腹に力を入れ、気合を入れる秀介であった。




