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明治警察物語~同心の息子は月欠ける空に手を伸ばす  作者: 兎緑夕季


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第11話 予期せぬ悲しみ

「逃げろ!取り囲まれているぞ!!」


鬼代の一声に秀介は弾かれたように茂みから飛び出した。

そして、土の感触を足裏に感じてようやく、状況が芳しくない事に気づいた。

ここから見えるだけで言うなら、敵は七人。

かたやこちらは三人だ。

だが、けして勝てない相手ではない。

実力者の芦水もいるし、杉山だって、けして弱いわけではない。

きっと、大丈夫だと言い聞かせた。


秀介は冷静を装いながら、サーベルを素早く抜く。

そして、視線の片隅に鬼代の姿を捉えた。

だが、奴が見ているのは芦水、ただ一人である。

と同時に刃を打ち鳴らす音が響き渡った。

強者同士の戦いが始まったのだ

秀介もまたいつものように迫って来る敵を薙ぎ払っていく。


「はあああっ!」


サーベルで突きを繰り広げる秀介の体は思考する前に勝手に動き回り、士族達を翻弄していく。これなら、援軍がいなくても肩が付くかもしれない。

秀介は少し安堵した。

刀を手放すのが嫌だと憤慨している反乱士族どもだが、少なくとも、この場にいる人間でまともに刀を扱えるのは鬼代だけとみた。

その証拠に戦うのを辞め、逃げようとする者まで現れる始末だ。

そうした戦意喪失した人間達を追うのは杉山だ。


「侍なら、最後まで戦えよな」


軽蔑の色を隠さない杉山の言葉に妙に腹が立った。

お前に“侍”の何が分かるのかと言いたくなったのだ。

薩摩派とはいえ、侍の家の出ではない杉山が戦いを辞め、逃げる人々を批判する権利はあるのだろうか。そもそも、侍とは何を指すのか。

刀を持てば侍なのか。それとも、志が侍であればいいのか。

それとも武功に優れる者か、はたまた、潔いが良い人間が“侍”と呼ぶのだろうか。

それで言うなら、昼間、切腹を演じた商人の息子は侍だったのかもしれない。

こんな風に堂々巡りを繰り広げている事に何の意味もない。

すでに自分は侍ではないのだから。


「ぐはっ!」


何もかも分かった風に語る杉山への態度に物も申す変わりに迫って来た二人の男をかわし、その背にサーベルを降ろした。

この間も芦水と鬼代は白熱した戦いを繰り広げていた。

あいつら、遊んでいる

両者がどう思っているかなど本当の所は分からない。

言葉もなく、お互いの命を奪い合うだけの行為。

ああいうのを人は“侍”と呼ぶのかもしれないが、秀介は本能のままに動く獰猛な動物のようだと思った。ぎらつく瞳をぶつけ合う芦水と鬼代の二人だけの世界に入っていく勇気は持てない。

そういう意味でも、秀介は侍ではないのだ。

こうして、相手の力量も図れずにサーベルを振り回しているのだから。


感情を露わにする杉山に、戦いを楽しんでいる芦水とそれに答える鬼代。

その中にあって、秀介は一人どこかに取り残されたような気分になっていた。

光のない場所にいるからかもしれない。すべてが無意味に思えてくる。

暗殺者探しの真っ最中だというのにどこか上の空だった。

だから、場の空気が一瞬で変わった事に背筋が凍り付いた。


「ぐはっ!」

「荒木!」


逃げ惑う士族達の前に立ちはだかった荒木を杉山が斬った事が始まりだった。

さっきまで、芦水と熱戦を繰り広げていた鬼代が明らかに動揺した声を上げる。


よほど、見知った仲なのか?


鬼代は血まみれの荒木の元に駆け寄るが、その男はすぐに息絶えた。


「よくもおっ!」


洗練され、凄まじい殺気を放った鬼代は仲間の死に冷静さを欠き、杉山に襲い掛かった。


「危ない!」


秀介が咄嗟に手を伸ばすが、その腕に鈍い痛みが広がり、関心が反れた。

そこに迫って来ていたのは茶色の小袖をはためかせた反乱士族だ。


「覚悟っ!」


死に物狂いで迫って来た茶色の小袖の男の胸にサーベルを突き立てた。

ゆっくりと倒れていく茶色を血に染める男を気にも留めずに杉山に視線を向けた。


それと同時に誰かの胴体を真っ二つにするような鈍くて重たい不協和音が轟いた。


秀介は杉山が鬼代にやられたのだと思った。

だが、実際は違っていた。


「………芦水さん?」


杉山を庇うように仁王立ちしていたのは芦水だ。

その腸を貫いているのは鬼代の刀。


「ぐはっ!」


血を吐き、杉山の腕の中に倒れ込む芦水。


「おいっ!なんで、お前が斬られてるんだよ!」


杉山は動かなくなった芦水を揺さぶるが、目は虚ろだ。

そして、この間も鬼代の殺意は消えておらず、その刃は杉山に向いている。


「殺してやる!!」

「こっちこそっ!」


見知った友を殺された両者の戦いが再び、幕を開けようとしていた。

だが、それを許さないとばかりに秀介は杉山の前に立ちふさがる。


「おいっ!どけっ!」

「駄目です。杉山さんの実力じゃ、勝てませんよ」

「関係ねえよ。芦水を斬りやがった。邪魔するなら、お前も斬るぞ」


背中を押しのける杉山に抗うように、秀介は足に力を込める。


「どっちでも構わん。二人とも殺してやる」


どこから飛んでくるか分からない鬼代の刀に秀介はなんとか応戦する。

だが、先ほど斬られた腕の痛みが強くなってきて、上手くサーベルが振り回せない。


「お前は休んでろ!」

「嫌です。杉山さんの指図は受けませんよ」

「生意気な野郎だな!!」

「杉山さんが悪態しかつかないのは今に始まった事じゃないですから。とにかく、この男は捕まえます。他の連中はみんな、斬っちゃいましたから」

「自分の腕が悪いって認めるのか?」

「そんな事は言ってないでしょうが!!」

「ああっ!分かったよ」


こと切れている芦水に一瞬、視線を向けた杉山の声は落ち着いている。

そりが合わず、侍の家の出でないにしろ、この男もまた歴戦を勝ち抜いてきた猛者だ。

多少の動揺はあれど、気持ちの持って行き方は心得ているのだろう。


秀介と交代で鬼代にサーベルを振り下ろす杉山の動きも俊敏だ。

だが、一撃も入らない。


「はあ…。政府の子飼いも所詮この程度か」


鬼代も冷静さを取り戻したのか、その皮肉が二人をかすめた。

相手は一人だというのに、すでに斬った者達のようにはいかない。

そのもどかしさに心がざわつく。

だが、気づいた。

鬼代の足が怪我をしている事に。

秀介は鬼代の後ろに回り込んでいる杉山に視線を送る。

この時、始めて皮肉屋の同僚と通じ合ったような感覚がした。。

そして、同時に踏み込んだのだ。


「ぐっ!」


秀介のサーベルが鬼代のくるぶしを打ち鳴らす。

それと同時に杉山のサーベルが鬼代の首元で止まった。


「……お見事。いいぜ。殺せよ」


膝を付き、目を閉じる鬼代。


「いいや。殺さない。慟哭隊について吐いてもらわなきゃならないからな」


鬼代の腕を縛り上げる秀介。


「はっ!」


だが、杉山の叫びで思わず飛びのいた。


「――ガッあっ!」


うめき声を上げて、蹲る鬼代。

その首に刺さっているのはクナイだ。


どこから飛んできたんだ?


辺りを見渡すが誰の姿もない。


「おいっ!無事か?」


突如、現れた藤田の声に安堵するが、動かなくなったすぐに鬼代をただ見下ろす。


「すみません。また、一人も生かせず…」


肩をすくめる秀介。

杉山は芦水の躯を抱えて、泣きわめいていた。


藤田は一瞬、茶色の羽織の男を目に止めつつ、鬼代の首に刺さったクナイを抜き取った。


「こりゃあ、また、明治には似合わねえ代物だな」


藤田の言葉は闇夜に消えていく。


「ご苦労だった。先に休んでいる」

「でも…。だが、なぜここに?」

「加勢に来たんだが、一歩遅かったな」


何の色もない声でそう言われ、肩を叩かれる秀介は押し黙った。


「その腕はどうした?」

「少し刀がかすめただけです」


胸に忍ばせていた手ぬぐいを己の腕に巻き付ける秀介。


「その芦水さんが…」


その躯を抱えて、項垂れる杉山の姿に唇が強く結ばれる。


「しばらく、あのままにしといてやれ。仲間の死って言うのはいつ見ても嫌なもんだ」


藤田の背中が寂しげであった。

だが、どうしてだか、この心は何も動かない。

どこまでも、薄情な人間だ。

治安維持だとかなんだとか掲げても、自分もただの人斬りでしかないのだろうと喪失感に駆られる秀介であった。

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