4-2.
それから意識が戻ったのは10日後の事だった。
『動けるようになったら出てけ。』
エリックはここら一帯をまとめている木こりの親方に助けられた。
親方は偶然通りかかった場所で瀕死のエリックを見つけると自分の小屋に連れ帰り妻と一緒に手当と看病をしてくれたのだった。
目が覚めたはエリックは全身を包帯に巻かれベッドの上で指一つ動かせない半殺しの目に合った。
話す事は出来たが、エリックは話す事を躊躇した。
それはこんな酷い状態になってやっと自分の現在の立場を本当の意味で理解できたからだ。
不用意な発言で目の前の夫婦を怒らせたら、動けないまま外に捨てしまったら今度こそ捨てられたてしまうと危機感を感じた。
エリックはそれまで廃嫡を言い渡され、城から追い出され、どの町や村でも傲慢な態度のせいで受け入れてもらえなくても、飢えて不味い草を頬張っても、いつかは城に戻れる時が来ると心の奥底では淡い希望と微かな余裕が残っていた。
だが、数人の男達から半殺しの目にって微かな希望も打ち砕かれた。
『(ああ、僕は捨てられたんだ。いつ死んでもおかしくないんだ。1人で生きていかなければならないんだ。)』
傲慢な振る舞いをしたらいけない事を学んだ。
『(今この夫婦に見捨てられたら僕は死んでしまう。もう前みたいに王子様の気分でいたら見捨てられる。死にたくない。でも平民のように話して振る舞うにはどうしたら………。)』
それからエリックはやって欲しい事や欲しい物があっても口を開く事なく我慢してベッドの上でずっと天井を見て過ごしていた。
喉が渇き水が欲しいと思っても我慢しし、包帯の下の傷が掻きむしりたい程痒くなっても唇を噛み締め我慢し、下の世話も聞かれるまで我慢し、夫婦から世話をして要望を聞いてくれるまでエリックは我慢し何も言わなかった。
『王子って言うのは周りの人が察して動いてくれていたからお前は何も言わないのか?返事は出来るからしゃべれない訳ではないんだろ?俺たちも暇ではない仕事があるんだ。いちいちお前の事を考えて世話してたら仕事ができん。』
見た目によらず面倒見の良い親方はため息をつくが、元王族らしく高圧的な口調の自覚はあったエリックは人に不快に思われない会話が分からず何か言いたげに口をへの字にして黙る事しか出来なかった。
そしてエリックが大袈裟を負って1ヶ月経った頃。
『もう動けるだろ。出てけ。』
手足は動くようになったが日常生活を送るにはまだ支障がある怪我の状態でエリックは親方の家を追い出された。
まだ包帯が身体中に巻き付いている状態のエリックは焦ったように親方の家のドアを開ける。
『待て!い、いや、ま、待て、ください……まっ、待ってください!』
『なんだ。』
親方は怪訝そうな顔をしてパイプタバコを咥えた。
『……僕は、これからどうすればいいんだ?ち、ちがっ!いいんですか?』
慣れない下手くそな敬語に言葉が辿々しいエリックと面倒くさいと表情に出ている親方。
『知らん。出てけ。』
スッパリと切り捨てる親方の足元に縋るよう座り込むエリック。
エリックは自分を助けてくれた親方をこのまま離したら死んでしまうと本能的に悟りプライドも何もかも捨てて懇願した。
『お願いだ、です!僕を助けて!僕はこの先どうしたらいいかわからないんだ!お願いですっ!僕をけてくれ!』
エリックは鼻水と涙で顔をぐちょぐちょにしならがらみっともなくお願いした。
親方の顔はパイプを咥えながらどんどん険しく怖いものになりみっともないエリックを冷たく見下ろす。
親方は面倒ごとはごめんなど口を開こうとした時。
『アナタ、拾ってきたアナタの負けよ。折角助けて世話したのに直ぐに死んだら私達の苦労が水の泡です。最低限1人で暮らせるぐらいには色々教えてあげもいいでしょ?もし何か面倒を起こすようならその時は野垂れ死のうが何しようがほっとけばいいのよ。』
親方に似てクールな奥さんの言葉に親方はパイプを持っていない方の手で頭を抱えると面倒くさそうにため息をついた。
『俺の言う事はちゃんと聞くんだぞ。』
親方の言葉にエリックは久しぶりにパッと明るい表情になった。
『ありがとう!…ご、ございますっ!』
それからエリックは親方から1人で生きていく為の知恵や方法を学んだ。
食料を自給自足の方法から小屋や物の修理方法、木こりの仕事や、町の人々との関わり方など親方と親方の奥さんは厳しくも丁寧にエリックに教えてくれた。
我が儘で甘やかされていた王太子から何も持たない平民の少年になったエリックにとっては、なかなか辛い日々でもあったが親方夫婦という信頼できる大人のおかげで貧しいながらも逞しく生きていく事ができた。
元王太子という肩書きのせいで揶揄われたり除け者にされたり時には八つ当たりで暴力を振るわれるなど、何度も理不尽な目にあったがエリックはやり返したりする事なくただ暴力を受け入れその場をやり過ごしていた。
『元王子が俺の視界に入るな!』
『早くこの村から出てけ!』
『城での生活と平民の生活は比べてどうだ?酷いだろ?お前達王族や貴族は平民の苦しみの上に豪華な生活を送っているんだ!平民の苦しみを思い知れ!』
石を頭に投げられ血を流す事など当たり前だった。
もちろんエリックは悔しいし腹が立っていたが、暴力や暴言に耐えなければもっと酷い暴力を受けると理解していたので死の危険を感じる暴力の時だけ抵抗したり逃げたりしていた。
そして5年の月日が経つと町の人々のエリックを見る目は変わっていた。
町にきた当初の傲慢な王子だったエリックは別人のようになり、もくもくと真面目に働く寡黙な青年の元王太子として知られるようになっていた。
真面目に働く姿がたくさんの町民に認められるようになっていくと、山から町へ降りると親方夫婦と夫婦が養子に取った女の子がご飯を振舞ってくれたり、食べ物を分けたり親しく話しかけてくれる町民が徐々に増えていった。
それでも一部の町民からは相変わらず酷い嫌がらせを受けて怪我をしたり小屋の中を荒らされたり盗みの被害に会う事も時々あったが、エリックは木こりの平民の男として15年間働いて生きてきたのだった。
大まかではあるがエリックはこの15年間の人生をアナベルに伝えた。
アナベルはお茶を一口飲むとゆっくりと口を開いた。
「一部の町民から暴言や暴力を受けることがあると言っていましたがどうやって耐えていたのですか?わたくしにはとてもとても……。」
アナベルの真剣な眼差しとは裏腹にお茶を持つ手は微かに震えていた。
「君の事を考えていた。」
「え?」
「君の事をずっと考えていたんだ。」
時が止まったようにアナベルとアナベルの後ろの若い騎士の2人は固まった。
若い騎士の1人が腰に下げていた鞘からサーベルがガシャーンと落ちた。




