6-2.
エリックは平民として生きたこの15年間で自分が王太子ひいては王子として人の上に立ったり人をまとめたりする事が向いていないと理解していたし、人に命令されて頭を使わず黙々と身体を動かして働く事が自分に合っていたので平民のままで居たいと思っていた。
エリックに何を言っても無駄だと理解していたアナベルはこれ以上何も言うまいと小屋を出ようとドアに向かって歩き出す。
「すまなかった……何もかも全部。」
エリックの謝罪に、アナベルはドアノブを持ったままエリックを振り返る事なく言葉を発した。
「エリック様はただ婚約破棄を告げただけでレーゲン様の事まで責任を感じる必要はありません、が……色んな事があって色んな人に色んな事を言われましたが………。」
アナベルは涙で声が震えそうになるのをぐっと堪えた。
「そんな人達の中でエリック様が《《1番マシでしたわ》》。」
王夫婦も家族も友達も貴族も従者も自分の味方だった者達は手の平を返す様にアナベルを責めるようになった。
「最初からわたくしに面と向かって嫌いと言い放ち自ら直接わたくしを排除しようとしていた貴方が1番マシだったなんて・・・笑顔の裏で何を考えているか分からない人が1番恐しかったなんて、人生何があるか分かりませんわね。」
アナベルは疲れたかの様に鼻で笑った。
「さようならエリック様、お元気で。」
これがエリックとの最初で《《最期》》の再会だとアナベルは目を閉じて外へ踏み出したーー。
「お待ち下さい妃殿下!」
声を上げてアナベルを引き留めたのはは2人の話を静かに聞いていた騎士の1人のトーマスだった。
「妃殿下このままでは駄目です!エリック様!妃殿下が貴方を連れずにこのまま戻られたらどんな目に遭うか!妃殿下を救えるのはエリック様しかいないのですっ!」
「余計な事は言わないでくださいませ!護衛騎士の貴方には関係のない事ですわ!」
アナベルほトーマスを鋭く睨んで怒るがそれでもトーマスは必死な声を上げて訴える。
「お願いですエリック様!エリック様しか妃殿下を救う事ができないのです!妃殿下を救う為に我々と共に王宮に帰ってください!お願いします妃殿下を助けてください!」
「エリック様自分からもお願いします!」
「誰がそのような事を頼みましたか!貴方達2人は帰ったら第三騎士団に降格か王宮騎士をクビにいたしますからね!」
怒りを露わにするアナベルを無視してトーマスに並んでケイも頭を下げてエリックにお願いをする。
「俺はっ………。」
エリックは下を向いて拳を強く握りしめ葛藤をしていた。
そして数十秒経つと、ゆっくりと拳をほどきため息を吐いてアナベルと騎士2人を見た。
「俺を王宮に…陛下の元に連れて行ってくれ。」
エリックの言葉に騎士2人はパァっと明るい顔になりアナベルは目を丸くした。
「エリック様、王宮に戻るという事がどういう事が解っておっしゃっていますの?」
王宮に戻るという事はエリックは平民に戻れなくなるという事であり王太子に復帰を意味する。
「勘違いするな。俺はただ陛下に親戚筋から養子をもらって王太子にするように説得に行くだけだ。俺は必ずここに帰ってくるつもりでいる。」
エリックのその言葉にアナベルは一度でも王宮に戻ってしまえばそのまま無理矢理王太子の地位につかされ事になると分かっていた。
その上レーゲンが逃げた前例からエリックが逃げられないように警備が厳重になる事をアナベルは予想していた。
だからエリックに一度王宮に戻ってしまえばここでの平民としての生活に戻ることは不可能だと伝えようとしたが、アナベルはきゅっと口を閉じ罪悪感を感じながら苦しそうに俯いた。
「(エリック様が王太子にお戻りなるように説得するのがわたくしのやるべき事、だから王宮に戻る気になってくれたエリック様に余計な事は伝えては駄目だわ。)」
罪悪感を胸に隠してアナベルは顔を上げて笑みを浮かべた。
「エリック様が説得に戻るだけのつもりでも陛下と王妃様は大変お喜びになりますわ。」
アナベルは真面目に誠実に生きているエリックに嘘を吐く事になる自分がさらに嫌いになった。
「エリック様ありがとうございます!これで王太子妃様が責められる事もなくなります!」
「エリック様は噂とは違いなんてお優しい方なんだ!」
「貴方達卿お二人のお陰でエリック様は説得に応じてくれましたが、不敬にもわたくしの話に割り込み余計な事を言った罰を受けるのはお変わりないのでお忘れなきよう。」
「「・・・・・・。」」
アナベルの言葉に灰のように真っ白な心境になって固まるトーマスとケイだった。
「エリック様はいつ頃わたくし共と王宮へ出発してくださいますの?わたくしとしては今すぐにでもよいのですが・・・。」
「出発については悪いが依頼された仕事があるから1週間後になる。」
「・・・分かりましたわ。出発の日までわたくしは騎士と共に町に滞在させていただきますわ。」
本当は直ぐにでもエリックを王宮に連れて行きたい気持ちを抑えてアナベルはエルガーデの町で過ごしながらエリックを待つことにした。
「ああ、それまでに仕事を片付けて準備をしておく。」
こうして15年ぶりに王宮へ戻る決断をしたエリックは出発の1週間後に向けて準備をするのであった。




