第十七章: 暗石の絶望1-1
アンガンが歩を進めるたび、その足元からは不吉な黒い霧が立ち昇り、周囲の空気を凍りつかせました。かつての正義感に溢れた面影は消え失せ、今の彼は純粋な「悪」そのもののオープレッシャーを放っています。「……なぜ奴なんだ。あいつは……あいつは悪魔だ!」アーガンが震える声で吐き捨てました。霞忍者は仮面の奥で冷笑を浮かべ、静かに答えます。「貴様にとってはそうだろう。だが、我らにとってはこれ以上ないほど忠実で強力な駒だ。文句があるか?」「何をふざけたことを……!」アーガンが詰め寄ろうとした瞬間、チーランがその肩を強く掴んで制止しました。「アーガン、冷静になりなさい! 今は仲間割れをしている場合じゃないわ。私たちの目的はライトを捕らえることでしょう?」「……ふん、今は耐えてやる。さもなければ、俺だってここを出ていく」アーガンは怒りを押し殺すように呟きました。チーディも心配そうに声をかけます。「おい、そんな極端なこと言うなよ……」「お前たちには分からないんだ! 俺がなぜ孤児になったのか……その元凶は、目の前にいるこの男なんだぞ!」アーガンの叫びが響き渡ります。ビンチェンが思わず反論しました。「……だとしても、彼はあんたの実の兄だろう?」「それがどうしたっていうんだ!」アーガンは激昂し、それ以上言葉を交わすのを拒むように、その場を荒々しく立ち去りました。「……放っておけ。少し頭を冷やす時間が必要だろう」霞忍者が冷たく言い放つのを背中で聞きながら、アーガンは一人、外の夜空を見上げました。脳裏には、忘れたくても忘れられない「あの日」の惨劇が、鮮明なフラッシュバックとなって蘇ってきました。アーガンは一人、淵雷の冷たい月を見上げながら、心の奥底に封印していた忌まわしい記憶の扉を開けました。「……僕は神垣市からそう遠くない、のどかな田舎の出身だった。家族と一緒に過ごしたあの頃は、本当に幸せだったんだ。ある日、僕にエレメントの力が目覚めた時も、力のなかった兄さんは嫉妬なんてせず、自分のことのように喜んでくれた。……あの日が来るまでは」アーガンの瞳に、炎に包まれる村の光景が映し出されます。「ある時、村が襲撃を受けた。エレメント使いは僕一人。必死に戦ったけど、多勢に無勢で……絶望したその時、兄さんが闇の中から現れたんだ。兄さんは僕を庇って敵に立ち向かった。最初は劣勢で、遠くに吹き飛ばされたけど……立ち上がった兄さんは、もう別人だった」アーガンの声が震えます。「……声も、視線も、まるで見知らぬ怪物のように冷酷で……。兄さんが手を一振りしただけで、敵は一瞬で消し飛んだ。でも、それで終わりじゃなかった。兄さんは理性を失い、村を……僕たちの両親さえも手にかけたんだ。目が覚めた時、そこにはただの廃墟しかなかった。兄さんの姿もどこにもなくて……」絶望に暮れる幼いアーガンの前に現れたのは、一人の男でした。「そこへ、師匠が通りかかった。『間に合わなくてすまない。だが、君をここから連れ出すことならできる。……君と同じように親を亡くした仲間が他にもいる。起きたことがどれほど残酷でも、それに堕ちてはいけない。受け入れ、進むんだ』……師匠のその言葉を、僕は一生忘れないと誓った。だからこそ、実の兄をずっと憎んできたんだ」アーガンは拳を強く握りしめ、涙を堪えるように天を仰ぎました。「……だけど、その師匠までもが死んでしまった。僕はこれから、どこへ向かえばいい? 僕の行くべき道は、どこにあるんだ……」核雷の城の最深部。そこには、音を遮断する強固な結界に閉じ込められた師匠の姿がありました。その傍らを、虚無の化身・ウーミエが悠然と通り過ぎます。「……まさか、あんたまでもが奴らの標的になるとはな」ウーミエが皮肉を吐き捨てますが、結界の中にいる師匠にはその声すら届きません。そこへ、影の中から核雷が姿を現しました。「無駄だ、今の彼にこちらの声は聞こえん。……さて、例の『取引』を続けようか」「ああ、いいだろう」ウーミエは無造作に、禍々しいオーラを放つ「虚無の聖剣」を机の上に置きました。それこそが、核雷が渇望していた二十一振りの聖剣の一振り。ウーミエは立ち去り際、肩越しに問いかけました。「……ところで、音のエレメントメイジウがライトの元へ戻ったのは知っているか?」「知っている。……だが、戻ったところで構わんよ。私の真の目的は、奴らとは無関係なところにある。遅かれ早かれ、全ての聖剣は私の手の中に落ちるのだからな。封印された力……好きに使うがいい」「ふん……そうかよ」ウーミエは短く笑うと、闇の中へと消えていきました。核雷は机の上の聖剣を一瞥すると、直ちに自らの直属部隊である精鋭たちを召喚しました。玉座の前に並んだのは、霞忍者やアンガンをも凌駕する、特殊な力を持つ六人のエレメント使い。堕桜、白閃、虚空、律界、影写、反霧。「……時は満ちた。反乱分子もろとも、この街の『不純物』を一掃するぞ」核雷の玉座の間には、どす黒い野心と狂気が渦巻いていました。集められた精鋭の一人が、期待に胸を躍らせるように問いかけます。「核雷様、俺たちを呼び出すなんて、よっぽどのデカい仕事があるんだろ?」「当然だ。貴様らには、他のエレメント継承者どもを焙り出してもらわねばならん。この世界は間もなく私の支配下に入る。その時、世の連中は知ることになるだろう……我ら『反面元素』がいかに強大かということをな! あの気取った高等エレメントどもを、この足で踏みにじってやるのだ」「へっ、破壊の限りを尽くせばいいってわけだな?」「案ずるな、お前たちを不遇な目には合わせん。この街は完全に私の管理下にある。どれほど暴れようと、誰にも邪魔はさせんよ。存分に壊すがいい」その時、「反霧)」のエレメントがふと周囲を見渡し、疑問を口にしました。「そういえば、『暗影』の野郎はどうした? ここにいるはずだろう」「……その必要はない。私はここにいる」冷徹な声と共に、黒い装束を纏った忍者がエレメントたちの前に音もなく現れました。「待て、お前は……暗のエレメントアンガンじゃないか! なぜここにいる?」「ふん、あの小僧は数年前から私の支配下にある。もはや反抗する力など残っていない。……核雷様、奴らを誘い出す具体的な策は?」核雷は冷酷に言い放ちました。「単純なことだ。街を徹底的に破壊し、混沌の渦に叩き込め。奴らが姿を現したその時……」核雷の瞳に、禍々しい輝きが宿ります。「全員捕らえ、聖剣を私に差し出せ。私は『奇跡の剣』を再構築し、高等エレメントどもをすべて下等へと叩き落としてやる。かつて我らが受けた屈辱を、今度は奴らに味わせるのだ。世界は我ら反面元素が統治する最強の世界へと生まれ変わる!」「「「「核雷! 核雷! 核雷!!」」」」狂乱の叫びが響き渡り、闇の集団が正式に動き出しました。未曾有の侵攻が、ついに始まろうとしています。




