氷封の結伴1-3
村の入口。「おやおや、戻りましたか」どこからともなく、村長の声が響く。「……村長?」「いやあ、無事で何よりです。歓迎しますよ」その笑顔は、どこか不自然に見えた。「……それで?」ビンチェンは静かに問いかける。「なぜ、こんなに人を連れて俺たちを囲んでいる?」村長は薄く笑った。「決まっているでしょう。あなたの持っている“聖剣”を頂くためですよ」「……何だと?」ビンチェンの目が鋭くなる。「最初からそれが目的だったのか」「元素の導きがなければ、あの山の頂には辿り着けない。しかしあなたは違う」村長の視線が聖剣へと落ちる。「あなたは道標そのものだ」「この……!」「ヒレン、行くぞ!」ビンチェンが振り向く。「……ヒレン?」沈黙。そして、低い声。「……ごめん、ビンチェン」「なぜだ」凍りついたような声。「俺たちは仲間じゃなかったのか」「……ごめん」次の瞬間―― 「氷!」ビンチェンは村長へ斬りかかる。「俺の仲間を利用したな!」だがその時、ヒレンの手から灰黒色の光が放たれた。「……これは、石凍?」空気が粉塵で濁る。ヒレンが静かに告げる。「もし村長を殺せば、この村の人間三百人が死ぬ」「……何?」「やれるのか? 三百人を見殺しにしてでも」「俺は……」言葉が出ない。剣を握る手が震える。雪よりも冷たい沈黙が、その場を包み込んだ。「……命を救ってくれたことには感謝する。だが、これで貸し借りはなしだ。逃げろ」ヒレンが低く言う。「……なぜだ?」ビンチェンの問いに、ヒレンは小さく笑った。「三……二……一」その瞬間、ビンチェンは静かに呟く。「力だけがあって、理はない……か」背後で村長が怒鳴る。「おい! なぜ逃がした!」ヒレンの瞳が冷たく光る。「奴が去った今、邪魔者はお前だけだ。――永遠に眠れ。石化」「なっ……! 俺を利用したのか!」「最初から目的は一つだ」村長の体が灰色へと変わり始める。「やめろ! 村長を離せ!」守衛たちが一斉に武器を構える。ヒレンは片手を振る。「お前たちも、彫像になれ」次々と石へと変わる兵士たち。「ひっ……!」「助けてくれ……!」「命だけは……!」ヒレンは淡々と呟いた。「昨夜は、ずいぶん強気だったじゃないか」――ヒレンの回想。「……俺を呼んだのか?」夜の帳が下りた屋敷の中、村長は静かに笑っていた。「お前と、あの氷の少年……二人とも元素を持っているな。しかも、あちらは氷の継承者。お前は……低級の元素だが」「……なぜそれを知っている」「山頂に封じられた聖剣の伝承は有名だ。それに、お前の体には“石凍”の痕跡がある」ヒレンの目が細くなる。「……それで?」「少し手伝ってもらいたい」「断る」村長の笑みが消えた。「協力しなければ――この村も、お前の“友”も生きては帰れん」ヒレンの拳が震える。「……」長い沈黙の後―― 「……分かった」「部屋は、死者が出た場所だと気づいたか?」村長は愉快そうに笑う。「さすが反面元素。怨念に敏感だな。あの兄弟は物資を渡さなかった。だから死んだ」ヒレンの目が揺れる。「それと……一人の子どもがお前の友に“逃げろ”と言いに行った。あの子も、生かしてはおけん」「……!」「だが、お前の友は従わなかった。命令違反には、罰が必要だ」ヒレンは低く言う。「俺が協力すれば……子どもは助けるのか」村長はにやりと笑った。「もちろんだ」――そして、現在へ。「……後になって分かった。あいつは約束なんて守る気はなかった。あの子どもも殺すつもりだった」ビンチェンは静かに言葉を続ける。「そこまで残酷なら……もう容赦はしない、村長」「待て! お前も言っただろう!この村は俺がいなければ成り立たないんだぞ!」「方法ならある。お前が心配することじゃない。――これで終わりだ」「や、やめろ――!!」その叫びとともに、村長はヒレンの手によって討たれた。ヒレンはその場に立ち尽くし、残された元素の力を振り絞る。「村全体を石化させるのは……相当な消耗だな。……だが、救える命は救う」灰黒色の光が広がり、暴走しかけていた怨念を封じていく。
――あの時。「俺は……必死に走った」ビンチェンの声は、わずかに震えていた。「信じていた人に裏切られて…… 剣を向けられて……」拳がぎゅっと握られる。「悲しみで、胸がいっぱいになった。振り返る勇気もなかった。ただ、前だけを見て……逃げるように歩き続けた」話を聞いていたチーディが小さく呟く。「……きついな、それ」チーランも静かに言う。「仲間だったのに、敵になるなんて……」ビンチェンは目を伏せたまま続ける。「だから……分からないんだ。あれは裏切りだったのか、それとも……守ろうとした結果だったのか」道場の空気が重くなる。「俺は……どうすればよかったんだろう」「……そのあと、その村には戻ったのか?お前の話だと、村人たちは今どうなってるんだ?」チーディが静かに尋ねる。ビンチェンは目を伏せたまま答えた。「戻っていない」「……そうか」そのとき、不意に電話の着信音が鳴り響いた。「――あ、電話だ」チーランが画面を見て言う。「ライトからだ」ビンチェンが受話器を取る。「もしもし、ライト? どうした」電話越しのライトは焦った声だった。「まずい、元素が出現した!」「お前一人じゃ対処できないのか?」「いや、できなくはないけど…… そいつ、誰かを探してるって言ってるんだ」「……誰を?」一瞬の沈黙。「ずっと叫んでる。“ビンチェンを出せ”って」空気が凍りつく。「……そうか。俺を探してるのか」ビンチェンは静かに息を吐いた。「分かった。俺が行く」チーディが立ち上がる。「俺たちも行く」チーランも頷く。「一人で行かせないよ」電話の向こうでライトが言う。「ビンチェン、気をつけろよ」
「……ああ」ビンチェンはゆっくりと目を開いた。「今度は、逃げない」
現場―― 「ジェンシャン、先に行け」ライトが低く言った。「ここは俺が相手をする」「……分かった。無茶するなよ」「ああ」ジェンシャンが退いたのを確認してから、ライトは目の前の男に向き直る。「ところで……お前、名前は?」その男――ヒレンは、薄く笑った。「まさか君が相手とはね」「当然だろ。俺はこの街の守護者だ」「へえ……じゃあ、やってみようか」次の瞬間。「くらえッ!」ライトの拳が直撃する。――確かに当たった。だが。「……何?」ヒレンは無傷だった。その代わりに、ライトの拳が――石へと変わっていく。「なっ……!」指先から、灰色の硬質が広がる。「緑の忍者、その程度か?」「ふざけるな!」ライトはすぐさま右手に源力を集中させる。「源力!」放たれた一撃は、しかし。ひらり、と軽くかわされた。「……くそっ」石化がじわりと進む。(時間を稼ぐしかない……!みんなが来るまで、市民に被害を出させない)ライトは距離を取り、翻り、跳び、避け続ける。攻めすぎず、隙を見て小さく打つ。だが決定打はない。ヒレンは余裕の表情で追い詰めてくる。十分――。永遠にも感じる時間を、ライトは歯を食いしばって耐えた。そのとき。遠くから駆け寄る足音。「ライト!」ついに仲間たちが到着した。「来たか……」ヒレンは静かに視線を上げる。その先に立っていたのは―― 「ビンチェン……」ビンチェンは一歩前へ出た。「ヒレン、もうやめろ」「やめる?……ははは」ヒレンは空を仰ぎ、乾いた笑いを漏らす。「ビンチェン、俺はもう戻れない。そのうち……君にも“真実”が分かる」「真実? 何のことだ」「どうでもいい。決着をつけよう」ビンチェンの瞳が鋭くなる。「望むなら受けて立つ」その横でライトが前へ出る。「一気に決めるぞ。長引かせるな」だが、ヒレンはふっと笑った。「……その前に」彼は遠くの高層ビルを指さす。「あのビル、まだ市民が残っているだろう?基礎を石化させれば、崩れ落ちる。全員、命はない」空気が凍りつく。「……何が望みだ」ビンチェンが低く問う。「簡単だ。ビンチェンと“二人きり”で話がしたい」「ふざけるな!」ライトが一歩踏み出す。「それは無理だ」「落ち着け、若い忍者」ヒレンの声は静かだが、脅しは本気だ。ビンチェンはライトを見る。「ライト、俺は大丈夫だ」「ダメだ!お前、聖剣を手にしてまだ間もない。力も完全に使いこなせてない。あいつが何か仕掛けてきたらどうする!」
ビンチェンは静かに答える。「でも、ここで見過ごせない。市民を犠牲にするわけにはいかない。それが俺たち忍者の責務だ」ライトは唇を噛む。「……もし負けたら?」ビンチェンは、迷いなく言った。「その時は―― お前たちに託す」一瞬、微笑む。「俺は信じてる。お前たちなら、止められる」「ビンチェン……」風が強く吹き抜ける。かつて“結伴”だった二人が、今、真正面から向き合う。「……ごめん。俺は、あの人たちが死ぬのを見ていられない」ビンチェンのその一言に、ヒレンの表情がわずかに揺れた。「ははは……いいさ。そんなに守りたいなら――守ってみろ」二人は同時に元素の力を解き放つ。氷の結界と石凍の力が交差し、周囲を覆う閉ざされた空間が生まれた。「先に入るぞ」ビンチェンが一歩踏み込む。「ビンチェン……必ず無事で出てきて!」外からライトの声が響いた。――結界の中。静寂。互いに向き合う二人の間に、言葉はなかった。やがてヒレンが口を開く。「さあ、見せてみろ。本当に強くなったのか」ビンチェンは深く息を吸う。「氷雪の白狼……」一瞬、聖剣に手をかけ――止めた。「……いや。聖剣なんて使わなくても、お前には勝てる。来い」ヒレンは口元を歪める。「はは、いいね。そうこなくちゃ」「氷!」ビンチェンが氷刃を放つ。ヒレンは軽やかに身をかわし、灰黒色の石凍を撃ち返す。
激突。氷と石が弾け、火花のように砕け散る。だが次第に、技よりも拳が前に出る。殴り、かわし、ぶつかり合う。それは戦いというより―― かつて森で剣を交え、笑い合っていた頃の延長のようだった。拳がぶつかる。息が荒くなる。そのとき、ヒレンがふっと笑いながら言った。「もう情けをかけるな、ビンチェン。俺は結局、“反面元素”だ。お前が俺を倒さなきゃ、誰も救えない」ヒレンの声は、どこか静かだった。「俺は……もう人を殺してしまった。今さら、お前みたいに皆に敬われる英雄にはなれない。でもな、ビンチェン――この人生で後悔してないことが一つだけある。お前と出会えたことだ」「もうやめろ……!」ビンチェンの頬を涙が伝う。「ビンチェン……決着をつけよう」「――抜刀。氷雪斬」氷の斬撃が放たれる。だがヒレンはそれをかわし、真正面から斬りかかった。剣と剣がぶつかり合い、凍てつく衝撃が空間を震わせる。互いに押し合い、火花ならぬ氷片が散る。僵持。その静止した一瞬の中で、ヒレンが低く呟く。「俺はな……この元素として生まれてから、友達なんてできないと思ってた」ビンチェンは涙をこらえながら叫ぶ。「お前はずっと俺の友達だ!確かにお前は元素で、決まった姿もない。でも俺を救ってくれた恩人だろう!」ヒレンは苦く笑う。「……もし俺が人間だったら、もっと胸張って“友達”って言えたのにな。はは……」そして―― ゆっくりとビンチェンに歩み寄ると、ビンチェンが握る聖剣の刃先を、自らの胸へと押し当てた。「なにをしてるんだ、ヒレン!!」「……お前の手で終われるなら、本望だ」刃が深く沈む。「やめろ……やめてくれ……!なんでだ! なんでこんなことを……!」




