氷封の結伴1-4
血ではなく、灰黒色の光がこぼれ落ちる。ヒレンは震える手で、一通の手紙を取り出し、ビンチェンに差し出した。「……これを、読んでくれ」その目は、どこまでも穏やかだった。ヒレンの身体は淡い光となり、やがて元素の姿へと戻った。その瞬間―― 外で待ち構えていたウーミエが現れ、その元素を吸収する。「待て……!」だがもう遅かった。その直後、街中に広がっていた石化が一斉に解け始める。「……あれ? 俺は……?」「体が動く……!」「見ろ、忍者たちだ!」ライトが叫ぶ。「石化が解けたってことは……ビンチェンが勝ったんだ!急ごう!」封じられた空間へ駆け込むと、そこには――膝をついたままのビンチェンの姿があった。「ビンチェン! 大丈夫か?」「……大丈夫だ」声は静かだった。ライトはビンチェンの手に握られた手紙を見る。「その手紙は……?」石化が完全に解除され、人々が周囲に集まり始める。「私は……どうなっていたんだ?」「助かったのか?」「忍者様、ありがとうございます!」「今回救ったのは、あの白い忍者だ」ライトがそう言うと、人々は一斉にビンチェンへ向き直る。「ありがとう!」「本当に助かった!」ビンチェンは小さく頷く。「……どういたしまして」誰にも聞こえないほどの声で、ビンチェンは呟く。「これも……お前の計画のうちだったのか、ヒレン……」その時、遠くから声がする。「みんな無事か!?」ジェンシャンが駆け寄ってきた。「大丈夫だ。全員無事だよ」ライトが笑う。「もう日も暮れる。今日は戻ろう。ビンチェン……無理するなよ」「……ああ」「じゃあな!」「またな!」仲間たちが歩き出す中、ビンチェンは一度だけ振り返り、静かに拳を握った。冷たい風が吹く。だがその瞳は、以前よりもずっと強く、澄んでいた。道場へ戻った夜。ビンチェンは自室に入り、静かに封筒を開いた。中に入っていた手紙を、ゆっくりと読み始める。「氷の忍者へ。俺はヒレンだ。」ビンチェン、すまない。最初から――俺はお前を殺すつもりだった。だが最後の最後になって、俺はどうしても手を下せなかった。お前と共に旅をしたあの日々を、俺は一生忘れない。実はな……村に入った時から、俺は違和感を覚えていた。あの村はおかしかった。村長は村人を人間として扱っていなかった。行動も自由も制限し、物資を集めさせては自分のために使っていた。命令に背けば―― 食事を与えず、殴り、時には容赦なく殺した。村人たちは逆らえなかった。食料はすべて村長が握っていたからだ。生きるためには、従うしかなかった。……あの子供のこと、覚えているか?お前に助けを求めたあの子だ。村長は何の感情もなく、あの子を殺した。お前に告げ口したと気づいたからだ。俺は助けようとした。だが――救えなかった。あの子は、俺の目の前で死んだ。あれが初めてだった。俺が「誰かのために」怒りを覚えたのは。それまでの俺は、人を殺しても何も感じない悪魔だった。お前が去った後、俺は村長を殺した。だが―― 村人たちは俺に感謝しなかった。むしろ責めた。そうだ。彼らはすでに洗脳されていた。命令に従う犬(めいれいにしたがういぬ )でいることを選び、自分として生きることを拒んだんだ。ビンチェンの手が、わずかに震える。部屋の中は静まり返り、ただ紙の擦れる音だけが響いていた。ビンチェンは続きを読んだ。「村の人間たちの安全のために、俺は村全体を石化させた。俺が死ねば、石化は解けるようにしてある。その時は―― どうか彼らを助けてほしい。お前と、お前の仲間たちならきっとあの村を変えられると信じている。それから…… 俺が“元素”であることを隠していたこと、すまない。あの時お前を助けたのは、最初はただ、哀れに思ったからだった。だが―― お前に出会ったあの日から、俺は変わってしまった。心が揺れ、明日を期待するようになった。お前の真っ直ぐさが、俺の中の何かを動かした。だが俺は、お前のようにはなれない。俺は英雄じゃない。人を傷つけ、殺してきた存在だ。だから最後に、もう一度お前と戦いたかった。それが……俺の願いだったのかもしれない。俺は死ぬ覚悟であの街へ向かった。お前の手で、この滑稽な人生を終わらせてほしかった。もし俺が消えたなら―― 村へ戻ってくれ。仲間を連れて、あの人たちを救ってやってくれ。……ありがとう。」……ビンチェンは手紙を読み終え、静かに涙を流した。「どうして……そんなに馬鹿なんだよ。俺は一度も、お前を責めたことなんてないのに……」道場・修練場の休憩室「みんなに頼みたいことがあるんだ。」ビンチェンの声はいつもより落ち着いていた。「何だよ、遠慮すんな。俺たちは仲間だろ。」とチーディ。「うんうん、言ってみて。」とチーランも頷く。ビンチェンは、村で起きたこと、そして手紙に書かれていた願いを、すべて話した。少しの沈黙のあと―― 「行こう。」ライトは真っ直ぐに言った。「忍者の仕事は、戦うことだけじゃないからな。」数日後・あの村村人たちはまだ忍者たちを警戒していた。だが彼らは何も言わず、ただ手を動かした。チーディは村人に火の起こし方を教えた。「ほら、こうやって空気を送るんだ。焦るな。」チーランは狩りと釣りの方法を教えた。「水の流れを読むの。焦らなければ必ず釣れる。」ライトは子どもたちに声をかけた。「家族は守るものだ。でも一人で抱え込むな。みんなで守るんだ。」ビンチェンは―― 亡くなった人々のための慰霊の場所を作り、壊れた家々を一つ一つ修復していった。冷たい風の中、村には少しずつ温かさが戻り始めていた。「おーい、遅れた!」振り向くとジェンシャンが立っていた。「ジェンシャン。」ライトは小さく笑う。「ここ、ほんと寒いな……」「この人は?」とビンチェン。「俺の仲間だ。」ライトは答える。「呼んだのは……報道のためだ。」「報道?」ジェンシャンが胸を張る。「そう。俺は記者だ。ここで起きたこと、村の現状、そしてこれからの希望を―― ちゃんと外の世界に伝える。」「それで、もっと多くの人がこの村を助けてくれるかもしれない。」村人たちは顔を見合わせた。「任せろ。」ジェンシャンはにやりと笑う。「最高の記事にしてやる。」「とにかく――これからはきっと良くなるよ。」ビンチェンは村人たちにそう告げた。「もう時間制限なんてない。今日からは、外に出たい時に出ればいい。誰にも縛られる必要はないんだ。」その言葉に、村人たちは静かに頷いた。――それから数日。荒れ果てていた村は、少しずつ活気を取り戻していった。子どもたちの笑い声が戻り、煙突からはまっすぐな煙が立ち上る。「ここ数日、あっという間だったな。」とチーディ。「ほんとね。」とチーランが答える。「でも……全然修行してないわね。」「お前さ、なんで毎日“修行、修行”なんだよ。」チーディが呆れたように笑う。チーランは腕を組み、ライトを見る。「仕方ないでしょ。実力が足りないって本人が一番わかってるんだから。」ライトは少し視線を逸らしながら言った。「だってさ……まだ強くなきゃいけないんだよ。俺の力じゃ、ウーミエには届かない。」「その前に、“自分を顧みない(かえりみない)で突っ込む病気”を治しなさい。」チーランはぴしゃりと言い放つ。「妹よ、あんまりプレッシャーかけるなって。」チーディがなだめる。「兄さんだって同じでしょ?」チーランは即座に返す。ライトがにやっと笑う。「それにさ……今お前と戦ったら、俺のほうが強いかもな?」「はぁ!?」チーランの額に青筋が浮かぶ。「言ったわね?」冷たい風が吹き抜ける中、二人の間に火花が散った。チーディは頭を抱える。「……また始まった。」だが、その空気はどこか明るかった。悲しみを越えた後の、ほんの少しだけ軽くなった日常だった。「おいおい、もうケンカはやめろって。今日はもう帰る日なんだぞ。」チーディが両手を振って止めに入る。「口げんかは帰ってからにしろ。先にみんなに挨拶してこい。」ライトとチーランは顔を見合わせ、ふっと息をついた。――村の広場。「お兄ちゃんたち、もう行っちゃうの?」小さな子どもが駆け寄ってくる。ビンチェンはしゃがみ込み、優しく微笑んだ。「ああ。でもな、また必ず戻ってくる。約束だ。」「ありがとう、白い忍者さん!」その言葉に、ビンチェンの胸が少しだけ締めつけられる。彼は振り返らず、静かに歩き出した。そして、小さく呟く。「……これは、お前のために作った場所だ。」村の端に建てられた、あの石碑の前で。刻まれた文字。――正義の浪客へ。




