炎の名を騙る者1-3
チ一ディは腰の剣を軽く持ち上げる。「これのことか?」赤い刃がかすかに熱を帯びる。「うん、それ!」「途中で怪我は? 何かあった?」チ一ディは少し間を置いてから答える。「聖剣を手に入れた後――」「ちょうど、変貌元素と遭遇した」チーランの目が鋭くなる。「それで?」「縛り上げた」あっさりと言う。「悪事を働いていたからな」「だから拘束した」チーランは小さく頷く。「……そう」
そのとき。ライトが近づいてくる。じっとチ一ディを観察する。「チーラン、この人が……?」「うん、私の兄さん」ライトは軽く頭を下げた。「炎の元素使い……ですね」「はじめまして。ライトです」チ一ディはぎこちなく笑う。「ああ……」「すまない、少し記憶が曖昧で」「名前を……思い出せない」チーランが目を見開く。「え?」「自分の名前、忘れたの?」「兄さんはチ一ディよ」「あ……そうだ」「チ一ディ……だな」ライトの視線がわずかに細まる。「変貌元素を拘束したあと」「どうやって操られたんですか?」チ一ディはこめかみを押さえる。「分からない」「何かの元素と遭遇した」「その瞬間、激しい眩暈がして」「……気づいたら、街を破壊するよう命じられていた」空気が、わずかに重く沈んだ。「もし本当に操られたのなら――」ライトが低く言う。「街は狙われている」「急いで師父に知らせよう」チーランも頷く。「うん、戻ろう」――その頃。本物のチ一ディは、依然として木に縛られていた。「くそ……!」縄を引きちぎろうと力を込める。「こんなところで……!」脳裏に浮かぶのは、ライトと師父、そしてチーランの顔。「絶対に……」「俺の名を騙らせるか(かたらせるか)!」歯を食いしばる。
「何か、方法は――」そのとき。遠くに人影が見える。「……誰だ?」――場面は道場へ。「師父!」ライトが駆け込む。「街が狙われてる!」師父が振り向く。「誰だ?」「操る系の元素だと思う」その瞬間。赤い忍装束の男が前へ出る。「師父」「帰りました」師父の目が見開かれる。「チ一ディ……?」「修行はどうだった」「順調です」落ち着いた声。師父は腕を組む。「操る元素か……」「私の知る限り、二つだけだ」ライトが問う。「どんな元素ですか?」「音と呪音だ」空気がわずかに緊張する。「だが音は違う」「彼女は我々の仲間だ」ライトが首を傾げる。「音?」チーランが答える。「メイジウよ」「兄さん、本当に覚えてないの?」チ一ディは少し間を置き、笑う。「ああ……思い出した」「メイジウか」「なら残るは咒術だな」チーランは兄の横顔をじっと見つめる。(……何か変)あまりにも冷静すぎる。
本来の兄は、もっと感情が前に出るはず。チ一ディは続ける。「操られている間に、少しだけ見えた」「街の……高塔だ」「そこにいるはずだ」ライトの目が鋭くなる。「分かった」「俺とジェンシャンで調べる」「チ一ディ、チーランと行けるか?」「問題ない」チーランは小さく頷くが、胸の奥の違和感は、消えなかった。――一方その頃。あの砂漠。縛られていた本物のチ一ディの前に、黒い影が立っていた。「……誰だ」影は無言のまま縄を解く。「なぜ俺を助ける?」低く問うチ一ディ。影は淡々と答えた。「計画に支障が出るからだ」「……何だと?」その言葉を残し、影はふっと消える。「待て!」しかしもう気配はない。チ一ディは歯を食いしばる。「くそ……」拳を握る。「先に行かれたか……」――その頃、街では。ライトとジェンシャンが移動しながら小声で話していた。「ジェンシャン」「警戒しよう」「うん」だがジェンシャンは少し考え込む。「でもさ、ライト」「おかしいと思わない?」「何が?」「チ一ディの“記憶喪失”」ライトが足を止める。「……どういう意味だ?」「それにさ」
「わざわざ俺たちを分けるような提案をした」「偶然にしては出来すぎてる」ライトは少し困った顔をする。「まさか……」「信じてくれる?」ジェンシャンの目は真剣だ。ライトは一瞬黙り、そして頷いた。「信じる」「でも――」「まずは様子を見る」「本当に何か企んでるなら、必ず尻尾を出すはずだ」ジェンシャンは小さく笑った。「それでこそライトだ」だが二人の背後。わずかに、誰かの視線が揺らめいていた。「……うん、わかった」そう言ったあと、ライトはふいに足を止めた。風が少し強く吹く。「ジェンシャン」「ん?」ライトはどこか遠くを見るような目をしていた。「最近、よく夢を見るんだ」「夢?」「子供の頃の……記憶みたいなもの」ジェンシャンの表情が一瞬だけ固まる。「俺、さ……」ライトは拳を握る。「自分でも分からないけど、何か大切なものを忘れてる気がする」「友達とか……」「一緒に遊んだ誰かとか……」声が少し震える。「なのに思い出せない」「俺、最低だよな」ジェンシャンは何も言わず、そっとライトを抱きしめた。「……ごめん」「え?」ライトは驚く。「どうしたんだよ、急に」ジェンシャンは顔を上げないまま、小さく笑う。「なんでもない」「俺はずっと隣にいるよ」「ライトが昔の記憶を取り戻すまで」
「いや、取り戻したあとも」ライトは少し照れたように笑う。「……ありがとう」優しく言う。「頼りにしてる」ジェンシャンはようやく顔を上げた。「任せとけ」二人の間に流れる空気は、どこか懐かしく、そして少しだけ切なかった。一方その頃、チ一ランの側では―― 「兄さん、そういえば……」「ん?どうした?」「昔、高い所が苦手じゃなかった?」チ一ディは一瞬だけ視線を逸らし、笑ってみせる。「ああ……まあな。でも修行を重ねれば、克服できるものもあるだろ?」「……そう」チ一ランはどこか引っかかりを覚えながらも、背を向けた。手はすでに聖剣に触れている。 いつでも抜ける体勢だ。「兄さん、どこが怪しいと思う?」「怪しい?」チ一ディの口元が、わずかに歪む。「お前だ」「……っ!」一瞬、反応が遅れた。次の瞬間―― 背後から衝撃。チ一ランの意識が揺らぐ。「くっ……!」振り向く間もなく、影が襲いかかる。変貌元素。それはチーディの姿を解き、本来の姿へと戻っていた。チ一ランは気絶し、引きずられていく。そして―― 変貌元素は、彼女の姿へと変わった。声も、気配も、完全に。「ふふ……これで聖剣は二本目」偽チ一ランは、喉を鳴らすように笑う。「いやあ……最高だねぇ」――――― その頃、本物のチ一ディは街へと辿り着いていた。「くそ……チ一ランはどこだ」焦りを隠せない。
――――― 一方、休憩していたライトとジェンシャンの元に、電話が鳴る。「もしもし?」ライトが出る。『ライト?』「チ一ラン?」声は、確かに彼女のものだ。『咒術元素は倒したよ。だから戻ってきて』「本当か?」『うん、大丈夫』ライトはほっと息を吐く。「チ一ディは?」『ああ……兄さんは用事があるって先に帰った』一瞬だけ、沈黙。ジェンシャンがライトを見る。ライトは気づかない。「わかった。すぐ戻る」電話が切れる。ジェンシャンは小さく呟く。「……早すぎないか?」「え?」「いや、なんでもない」だがその胸の奥に、小さな違和感が芽生えていた。街の中―― 本物のチ一ディは焦りを隠せずにいた。「一度戻って師匠に相談するか……この街で探すのは難しすぎる」だが、彼は知らない。その頃―― 道場ではすでに、師匠と本物のチ一ランが拘束されていた。「くっ……! 縛ったところで、ライトが必ず来る!」師匠が睨みつける。チ一ランも歯を食いしばる。それを見下ろしながら、変貌元素は笑った。「はは……さて、私の“変装ゲーム”がどこまで通用するか、楽しみだね」――――― 一方、ライトとジェンシャンは道場へ戻ってきた。「ただいまー」




